久しぶりに読んだ第二次大戦史。この作品を読む経緯はすでにblogに挙げた。前評判にたがわぬ面白さ、あっという間に完了。

 

全体で800ページ。本文は670ページの大著。

 

本書の類書との違いは以下の点だろうか。これらの点は従来の正統史観では無視されていた論点だ。

 

まず、独ソ不可侵条約締結後のスターリンのやりたい放題の侵略行為が詳しく分析されている。資本主義国の間での戦争を利用して、ポーランド分割、バルト併合、フィンランド侵攻、ルーマニアからの領土割譲など、スターリンはヒトラーと並ぶ侵略の「共犯者」なのだ。決してヒトラーの侵略の一方的な被害者ではない。特に1941年の6月以前には。「侵略のパートナー」から「被害者」へのイメージ変更が巧みに行われているのだ。ソ連側の対戦準備は着実に進められており、遅かれ早かれ、どちらが先に手を出すかは別にして、独ソの間に戦争は起きていた。

 

次に、巨大な米国の対ソLend lease programe (一種の武器貸与計画:LLP)の役割と実態が詳細に解き明かされている。従来は、もっぱら対英支援の観点からのみ語られていたこのLLPだが、本書では、ソ連の戦争遂行を支えたという観点から、詳しく語られれている。

 

武器(飛行機、戦車、弾薬)だけでなく、戦略物資(鉄、アルミや金属資源)、科学技術さらには衣類、食糧(バターや肉の缶詰)にまで範囲がか含めた巨大なLLPの規模は驚くほどだ。これほどの援助が、米国の参戦以前に秘密裏の内にソ連に供給され始めたのだ。特に初期の時点では英国への供与部分がソ連に回されて(regift)いるほどだ。また対英LLPには厳しい供与や返済条件が付けられたにもかかわらず、対ソLLPはほとんどスターリンの言いなり。決定的な時点(モスクワ、スターリングラード、クルスク)でのこのLLPのmarginalな、しかし決定的だった貢献が本書では指摘されている。さらには本来は独ソ戦でのソ連の巻き返しに伴い縮小されるべきだったこの対ソLLPだが、ソ連の対日参戦を支える形で1945年まで継続しているのだ。結局のところ、アメリカの経済力(Capitalist rope)を通じてソ連というモンスターの誕生とその東欧占領を助けたという結果になっているのだ。あれ、これは米国の対中関与政策の帰結と同じじゃないか。


この奇妙なほどまでのソ連への入れ込み。類書では、ハリー・デクスター・ホワイト(HDW)などに代表される米政権内部のソ連のスパイの暗躍が強調される。本書でも、その浸透度合いについてはもちろん言及されるが、むしろ強調されるのは、最高指導者ルーズヴェルト大統領(FDR)とチャーチルの対ソ宥和への変貌ぶりだ。

 

特に突出しているのが、FDRの奇妙なまでの対ソ宥和政策。ここに絡んでくるのが、FDRの個人的なアドヴァイザーとしてスターリンに接近したハリー・ホプキンス。この両人の奇妙なまでの対ソ宥和政策ぶりがこれでもかというほど全編を通して語られる。「カチンの森」などのソ連の虐殺事件の露呈などにもかかわらず、ほとんど見返りなしの援助をずるずると続けていく。FDRの死まで変わらないまま継続される。このFDRという人物の頭の中とその謎はいまだよくわからない。ところで、英国へのLLPの返済は2000年代まで続くのに対し、ソ連へのLLPはそのほとんどが返済されないまま1951年に処理されているようなのだ。

 

戦後ドイツ経済の壊滅を狙いとしたグロテスクなMorgenthau planと「無条件降伏」ドクトリンの導入へのFDRの決定的な関わりも問題だ。特に後者はドイツや日本の抗戦意欲の枯渇を遅らせることにより、結果としては、ソ連の東欧占領、さらには東アジアでの共産主義の浸透を助けることになったというわけだ。

 

スターリンの戦争は1945年の時点では終了しない。その後も、戦火の終了にもかかわらず、大量の敵国捕虜(独伊日)の強制的な労働への動員、ソ連の帰還捕虜の収容所送り、国内での諸民族の強制移住など、ソ連の経済は一種の「奴隷労働」を前提としたまま継続しいていく。奴隷労働に依拠する異形の経済なのだ。

 

さて、本書の弱点はというと、日本への言及がかなり限定的な点。日ソ中立条約、南進への決定やゾルゲ、尾崎秀実などの暗躍、HDWなどによるハルノートへの関わりさらにはソ連の対日参戦への言及はあるが、全体でのウェイトはかなり小さい。そう米国はあくまでもヨーロッパ戦線を第一とした戦略を取っており、対日戦はあくまでもその次の優先順位しか与えられていなかった。欧州以上に交渉では解決できない大きな論点はここにはなかったのだが、その内実が詳しく扱われることはない。

 

さて、最後に読後感として残ったのは、いったい「15年戦争」などと言う「共同謀議」に基づく長期戦を遂行したのはどこの国だったのかという素朴な疑問。資本主義諸国間の矛盾を利用して戦わせ、漁夫の利を狙う、そして領土を拡大し、資本主義国の援助(capitalist rope)と敗戦国からの資産の現物徴収(booty)と人的資源の徴用で、経済を成り立たせる、これこそが一貫したスターリンの戦略だったのだ。