先日、David irvingの「Churchill」を読んだのだが、著者david irvingの毒気に魅入られたようだ。「Trail of The fox」をさっそく読んでみた。これもだいぶ昔に100ページほど読んで放り出していた作品だった。今回はあっという間に読了。30年の時間を経て、David irvingの叙述のスタイルが持つ独特の魅力にやっと気が付いたのかもしれない。

 

この作品は彼がまだ30代の時の作品(1977年の発表)で、この後10年後(1987年)に発表された「Churchill」とはだいぶ描写のスタイルが異なる。彼も若かったのだ。様々な公文書、多数の当事者の日記をベースとして叙述が進められるというスタイルは同じなのだが、この作品には彼が様々な人物たち(元ドイツ軍人)と行った無数のインタビューがアクセントしてところどころに挟み込まれており、叙述の臨場感を高めているのだ。そう、この作品が書かれた時代の1970年代前半にはロンメルを直に知る人物がまだ存命していたのだ。

 

Irvingが描き出したロンメル像は典型的な職業軍人の姿だ。ロンメルは戦略家としてはつまるところかなり近視眼的であり、戦場の戦いを越えた政治的、戦略的な状況に関しては理解が及ばず、常に当面の戦いの戦術的な要因の考慮にのみ目が向けられていたというのだ。結果としてドイツが抱える経済的な限界や補給の拘束に目が向けられることはなく、常に自分が直面する当面の戦術的な状況の打開のみが一義的な課題とされ、そこに彼自身の強い野望と結果オーライともいうべき機会主義的な「命令への不服従」が組み合わされていたというのだ。これがうまくはまった時、たとえばフランスへの「電撃戦」や当初の北アフリカでの侵攻の際は、当事者の思惑を超えて、みごとな戦術的な成功をもたらしたのだが、それ以降は単発的で局地的な成功しか収めていない。

 

というより、ヒトラーの戦争が、欧州という舞台を越えて、対ソ戦や北アフリカでの侵攻などという自らの限界を超えた地域にまで手を広げてしまった場合は、もはや「将軍」の個人的な力量が全体の帰趨に決定的な影響を与えるということはなかったといってしまっていのかもしれない。戦術の失敗は戦略で取り戻すことは可能だが、その逆は真ではないということだ。

 

本書でも、明らかにされるのが、英国によるドイツの暗号解読がもった重要性だ。ほとんどドイツ軍の戦闘行動は前もって英国に知られているのだ。皮肉なことに、初期の北アフリカ戦線でのロンメルの成功は、ある程度、命令へのロンメルの不服従と独断専行に帰する部分が多いのだ。

 

さて、「ロンメル神話」だが、これは当時のドイツの国内状況とロンメル自身の自己プロモーション(写真やフィルム)に依拠する部分が大きい。「神話」が実像を越えてドイツ国内外で一人歩きしてしまった。その延長線上で、ロンメル自身が知らないうちに、彼が距離を置いていた国防軍内部の参謀が主導する「反ヒトラー計画」に巻き込まれてしまったのも、皮肉な結果だ。というか、連合軍のノルマンディー上陸に対する防御ラインの構築と同時に、国防軍内部で「反ヒトラー」と英米との分離講和の陰謀が同時進行していたのだ。

 

脱線するが、これは日本の敗戦前夜の和平政策(ソ連を通じての講和斡旋)に見られる側面なのだが、連合軍相手に分離単独講和が可能であるとの幻想が反ヒトラー派にも浸透しているのだ。どうしてこれほどの大きな状況判断の錯誤が発生してしまうのだろうか。

 

ロンメル神話は戦後も続く。ホロコーストを経た戦後のドイツの国内状況と再軍備への動きが、ヒトラーに抵抗した「反ヒトラー運動」そしてその中心人物としてのロンメル神話を必要としていたのだ。

 

ロンメルの真価はあくまでも現場の指揮官としての能力。自らの生命を賭けている現場の将兵は偽物(詐欺師)と本物(偉大な指揮官)を本能的に見ぬく。そして敵味方を問わず、ロンメルは現場の将兵に尊敬されていた。そこにこそロンメルの真価があるのだ。

 

ちなみに、本書の表や裏表紙にはNEW YORK TIMEやWASHINTON POSTの推薦の抜粋が散見される。このころまでは、DAVID IRVINGもまだメインストリームメディアから村八分にはなっていないのだ。