隻手の声 鬼籍通覧 (講談社文庫)/椹野 道流
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 鬼籍通覧シリーズ第4弾『隻手の声』のご紹介です

 「隻手の声」というのは、片手の音の意味

  両手を打ち合わせると音がする。では片手ではどんな音がしたのか、それを報告しなさい。

 という禅宗の公案です

 音というのは何かと何かが打ち合わさらないと鳴りません

 だから、打ち合わせたものの片方だけの音というのは判別できません

 しかし、ここで述べられているのは、心の声で聞きなさい、という教えなのですね


 そのような立派な名前がついたこの作品、虐待をテーマにした作品です

 虐待というと通常、子どもに対する虐待を想像しますが、高齢者虐待というのも存在します

 DVも虐待の一種ですね

 今回は、虐待そのものよりも、虐待を発見したときの報告義務について、登場人物たちが思い悩むことになります


 主人公で法医学教室の大学院生である伊月は、ネットゲームで知り合った子どもから、学校ではいじめを受け、母親の恋人には虐待を受けていると打ち明けられます

 しかし、ネットの中だけの知り合いのため、事の真偽を確かめることが出来ません

 また、名前も住所も分からない以上、虐待を通報しても何も解決になりません

 周囲はネットゲームの知り合いに感情移入しすぎるのは危険だと警告します

 ネットでは操作者の匿名性が保たれるため、年齢や性別を偽っていることはザラで、本人の話す内容が作り話でない保障はどこにもありません

 伊月の信じたい気持ちと、信じたところでどうにも手が出せないもどかしさ

 折悪しく、そのころ伊月の所属する法医学教室には虐待死と思われる検案が立て込んでおり、伊月は苦悩の迷路にはまり込みます


 私はそんな伊月を偉いと思います

 羅列された言葉を額面どおりに受け取るか、裏を勘繰るか

 真意を知るためには、相手の発する言葉に神経を集中させなければいけません

 必死で聞き取ろうとしなければいけません

 伊月はその努力を最後まで怠らなかった

 そして、信じようとする気持ち…

 そういう心の広さとかあたたかさとか、真摯さが、子どもたちと接する人間には持っていてもらいたい資質だなと思いました


 さて、この作品のテーマになっている虐待

 この問題を扱った作品に、よしもとばななさんの『マリカのソファー』、木地雅映子さんの『マイナークラブハウスへようこそ!』 、村山早紀さんの『コンビニたそがれ堂』 、香月日輪さんの『妖怪アパートの幽雅な日常①』 、篠田真由美さんの『建築探偵桜井京介の事件簿 原罪の庭』 があります

 いじめの問題は、嶽本野ばらさんの『エミリー』や梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』 でも触れられています

 どの作品も、はっとさせられるいい作品ですので、次読む本にいかがですか?