自分が代表を務める



少年サッカーボランティア団体の



後継者がなかなか決まらない、営利団体なら



案外早く決まるのだろうが理念だけで活動している



団体の運営責任者はなり手が少ない。



家庭の大事な子供を100人も預かってサッカーを



指導しながら挨拶から仲間作りなどを6年かけて



養成する。



深く考えると大変なことだ。



グランド、怪我の保健、交通事故、学校関係



教育委員会関係、何よりも父兄との関係など



全体の運営は大仕事である、



30年もやって



慣れているとあまり負担は感じないが重圧は



気になる。



プレーを指導するコーチはボランティア



活動が理解されているのであまり不自由しない。



未来を背負う子供の地域教育を担う団体であるから



それなりの熱意が必要であるが、



成長した教え子を見たときの



喜びも大きいものである、



もう少し大きく物事を見ながらじっくりやってくれる



人が出来てくるのを待たなければならない、



気長に。



この不況を逆手に利用して



好決算の企業が多々ある。



経費節減の徹底を勧めて



物流部門を一括請け負う会社が



最高の利益を出している。



この例をみるとやはり進め方と



それなりのノウハウを駆使しているようだ。



仕事を出すほうも一括アウトソーシングするとなると



慎重にならざるを得ない、



当然である。



受け側が実績を持っていると



出す側が安心する、



その好循環が動き始めると良いのだが



その手始めが難しく大変なのだ、



我が社も早く循環を動かし始めたい、



じっくりと見定めて。

私の妻は3歳のときに父親を戦争で失った。



父の面影は記憶になく、居ない者として65年



が過ぎた。



妻を含めて3人の子供を育てた母親は



苦労の連続であったろう、今存命である。



海軍であったが乗っていた船名も沈没場所も



いまだに知らない。

 


ただ戦死の通知のみで



南方洋上の他なにも書いてなかったようだ。



今回戦艦大和と護衛艦6隻の沈没海域に慰霊団が



行くことを知り、どうしても行きたいとのことなので



足の悪い妻なので自分も同行することにした。



その船団に父が乗っていたかどうかはどうでもよい、



南方洋上で戦死、



だけを一途に思い冥福が祈れれば良い。



かたい決心である。



65年間の父に対する思いを



一気に吐き出したいような気持のようだ、その身になって



見ないとわからない心の中ではある。



戦争は頭から離れない年齢であるが直接被害者



も高年になりその悲しさがあと何年続くか心配である。



一緒に行って義父の冥福を祈りたい。