昭和18年生まれの義弟は


戦死した父親とは半年の付き合いである。


そのせいかとても個性が強く


周りと協調性が少ない。


それでも甥や姪と外戚には


しっかりした付き合いをしてる。


しかし独身で過ごすしかなく、


母親も施設に入ったきりの状態で、


癌にかかり一年になり


独り歩行が出来なくなってしまった。


戦争が無ければ結婚も出来、


病魔にも襲われなかったと思うと


可哀そうでならない。


これも戦禍のひとつである。


父を戦争で亡くした人は大勢いるでしょうが、


身内となるといろいろ考えさせられる。


戦後60年以上経った今でも


その暗い影は消えない。


戦後の復興に65年を捧げ続けた一人の男である。



学生時代からの友達が少しづつ地方に散らばっている。


何年かに一度行ったり来たりで会っているが、


毎年その地方の名産物を送ってくれる。


浜松の蜜柑が今年もついた


広島の牡蠣は年末ぎりぎりに送ってくれる、


仙台の日本酒は一月の初絞り限定品である。


当方からは千葉の梨か葡萄である。


品物が着く度に電話をしてお礼とともに


その後の状況話に花を咲かせている。


何年たってもこれは続いているが


話の内容は徐々に加齢してゆく、


持つできものは友人ですね。



人間社会は独自では暮らせない、


あらゆる団体に属して実力を提供し、


他人の力にも世話になって生活が成り立っている。


ともすると自分本位で他を容認しない面の多い人がいるものです。


他人の批判をすることによって


自分を立てようとするのは全く見当違いである。


自己の実力判断で意見を持ち、


可能な限り実行に移して行きたいものです。


忍耐すべきはして、確固たる意見をはっきり持って、


コミュニケーションをとってゆければ


お互いに理解が生まれるのではないでしょうか。


日本を背負って立つ国会議員の団体諸氏は、


テレビに映れば相手の悪口しか言わない、


なんと情けないことでしょう。


我々零細企業の会社(団体)に属する者は


無言のうちにそれをやってはいけないことを理解していると思う。


個々の各人が少しづつ努力してゆけば不可能ではない、


一歩一歩。