戦死した父親の顔も知らずに昭和18年に出生し、
66年間家族の柱となって懸命に生きてきた。
癌が見つかったのが1月で、この一年間特に頑張った。
最後まで死を口にすることなく、生き続ける意思があった。
特養ホームにいる母親の健康を心配しながら
姉妹、甥姪、従兄に看取られて眠りに就いた。
戦後の一生はたぶん概ね満足であったと思われる。
御苦労さまでした、
そして諸事世話になり有難うございました。
戦死した父親の顔も知らずに昭和18年に出生し、
66年間家族の柱となって懸命に生きてきた。
癌が見つかったのが1月で、この一年間特に頑張った。
最後まで死を口にすることなく、生き続ける意思があった。
特養ホームにいる母親の健康を心配しながら
姉妹、甥姪、従兄に看取られて眠りに就いた。
戦後の一生はたぶん概ね満足であったと思われる。
御苦労さまでした、
そして諸事世話になり有難うございました。
私が18歳の時毎日大森からお茶ノ水までの
通学時に電車から少しづつ高くなってゆく
骨格を完成まで見ていた。
昭和33年に333メートルのタワーを
3月3日生まれの自分が見ていた。
当時こんな事を思いながら
世界一を都民の一人として誇りに思った。
以後時がたつにつれ無意識になっていたが
ライトアップされた頃からまた見るようになった。
今は自社もその下の浜松町なので深い愛着を感じている。
50年を経ても堂々とした雄姿は見習わなければ。
都会に住むと真冬と真夏に
温暖化現象を感じることが多いい。
12月20日に所用で新潟に行ったらビックリです。
山にも平地でも雪のかけらもなく
青草が芽吹いている、
たまたまかも知れないが、
昼間はシャツ一枚で汗ばむほど、
50年前はこの時期一面真っ白で
地はだなど探してもなかった。
寒さも冬も冬至からというが、
2月の積雪も以前は2メートル今は0・1メートル。
南極の氷の減少も実感できます。
50年をさかのぼるのに何年かかるののでしょう。
人間の贅沢が起こした現象だから無理なのかな。