朝青龍と大相撲 | 平凡なものを緻密に見れば、 非凡なものが見えてくる

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朝青龍が引退した。

確かに数々の問題を起こした彼ではあったが、実績を見れば一流の横綱であったことは言うまでもない。

その彼がこのような形で引退をしてしまった。
正しくは、「させられた」と言った方が適切か。

個人的には、朝青龍はメディアが垂れ流す情報で語られるほど悪い人間ではないと思う。
単に自分に正直で真っ直ぐな生き方しか出来ない不器用な人間なだけな気がする。

もちろん、他人を傷付けたりした行為がそれで正当化されるわけではないが、今回の引退劇は
彼が相撲界に残した実績や影響を余りにもないがしろにしすぎだと思う。

まぁ日本のマスコミの「上げて↑下げる↓」は今に始まったことじゃないから、いつも通りと言えば
それまでだが。

朝青龍が一人横綱として相撲界を支えていたときはあれだけ祭り上げておいて、切るときは
こうもバッサリとは。

やはり見ていて切なくなる。


「相撲」という日本の伝統的国技でトップをはる人である以上、確かにある程度の品格や常識が
求められることは言うまでもないし、一般の模範となるべき行動を取る必要性があることも否定
はしない。

ただ、(数年前から続く)一連の朝青龍についての報道はあまりにも偏っているとしか思えない。
つまり、もっと重要な「何か」を隠すために、朝青龍はやり玉に挙げられてしまった感がある。

個人的には、「引退」は仕方ないかもしれないが、もっと全うに引退させてあげることは出来た
だろう、と思えて仕方ない。


あと、大衆的国民は相変わらずのおバカぶりをさらけ出したことは言うまでもない。
どれだけメディアに扇動されたら己の愚かさに気付くのか。
朝青龍問題にいちいち街頭でコメントしてる暇があったら、もっと別に考えるべき重要なことは
いくらでもあるだろう。

自国が刻一刻とヤバイ状況になっていっていると言うのに、有名人とは言え一個人の行為に
対して「いじめ」と言って差し支えないほどの人身攻撃をくらわしている。
眼前にある問題からただただ目を背けて、烏合の衆となって朝青龍をいじめて楽しんでいる。
いずれそのいじめにも飽きて、まだ別のカモを見つけて遊ぶんだろうが。
長年の衆愚政治による実害はここまできてしまったと言わざるを得ない。


ただ、今回の一連の問題で、日本相撲協会という極めて前時代的なおつむを持った組織の
数々の問題点を、白日の下にさらされたことは明らかである。

奴らは「横綱の品格」という言葉で朝青龍を社会の攻撃の的にすることで、自分たちのやっている
ことの愚かさをひた隠しにしようとしているだけだ。

マスコミもそれにあやかってここぞとばかりに偏向報道を垂れ流し、まんまと国民を洗脳し、
ますます重要な問題から目を背けさせようとしている。

そして、日本の世論は完全に朝青龍に対してアンチとなり、日本相撲協会からすれば
願ったりかなったりの状況だろう。

それから、横綱審議委員会。

これの存在意義もよく分からない。
自分が相撲にあまり興味がないせいもあるんだろうけど、よく分からない。

そもそも、何で「横綱」審議委員会なんだ?
どうせ審議するなら、「大相撲審議委員会」で良くないか?

なんぜ大関以下は対象に入らないのか?
極めて疑問である。

伝統と格式を重んじる大相撲、と呼ばれているのはもはや形骸化している気がする。

時代は変わる。

当然変えるべきところは変えていくべきだし、それは人も仕組みも然りである。

今の角界がやっていることは、独りよがりでしかない。

こんなことばかりやっていては、相撲に憧れる若者は減る一方だと思う。


朝青龍問題。

角界が抱える闇は深い。

今変えないと、日本の国技としての相撲は終わるかもしれない。

おちまさと氏がブログで書いていたけど、「スモ1グランプリ」と化しつつある。

伝統と格式を重んじる。

これからもそうありたいと思うなら、時代の変化に合わせるべきところは合わせた上で、仕組みを
再構築し、あり方を見直さなければいけないんではないだろうか。