想いの道 ~会長の独り言~ -214ページ目

『自分を知ることの大切さ』

 私達は外出する時にはたいてい鏡を見ます。それはたぶん自分がどんな格好をしているのか分からないままで外へ出る事に対する不安や、周りの人からへんに思われないだろうかという心配の気持からでしょう。髪の毛が立っていたり、ストッキングに伝線があったり、ファスナーが開いていたりしたら恥ずかしいでしょう。だから、鏡の前で前から後からあらゆる角度から自分自身をチェックするのです。そういう事に無頓着な変わった人なら別ですが、普通の感覚をもつ人なら周りの人の目を気にするものです。

 ところが、自分の心の中、精神面がどうなっているかをチェックする人は少ない。身だしなみをいつも綺麗にしている人でも、たぶん自分の精神面がどんなふうになっているかは、チェックしないに違いありません。あるいはまた精神のチェック方法を知らないのかもしれません。皆さん方はおわかりですか?

 いずれにしても、精神面ではほとんどの人が、野放し状態で街へ出ているのです。健常者ならまだいいが、そうでない人も私達の周りをうろうろしているかもしれない。しかし、実際は精神面も第三者に見えるのです。それは顔の表情やファッションのバランス、ちょっとした行動パターンを通して外見上にも表れるのです。さらには会話を交えたり、生活を共にするとその人の精神面がもっとわかるようになります。一番いい例が結婚前と後の男女の間です。気付いていないのは本人だけで、精神面も第三者には見えているのです。

 自分を知らないで生きていくということは、鏡を見ないで外出するようなものです。何となく周りとうまくいかない、何となく人が自分から離れていくということが起きるのは、周りの人には見えているその人の問題点を本人が全く気付いていないのかもしれません。ちょうど、ズボンのファスナーが開いているのを気付かないで電車に乗っているのに似ています。周りは気付いて笑っているが、言い出せないでいる。しかし本人はオシャレして気取っているつもりでいるのです。

 このような外見上のことは誰かがファスナーのことを注意してくれればすぐに直せますが、精神面は忠告を受け入れて直す人はごく稀で、多くの場合注意してくれた人を恨んだり、喧嘩やトラブルの元になります。だから大抵の場合、周りの人はその人に注意しないで陰で悪口を言ったり、笑ったりして、その人から離れてしまって関わらないようになってしまいます。

 突き放した言い方になってしまいますが、精神面のことは自分自身で気付いて納得して自分を改めるしか方法はありません。自分を知らないで自己の向上を図ることは、見当違いでムダな努力をする可能性が高くなります。まず、自分を知ることによってこそ問題点もはっきりして方向性が定まり、無駄のない効率的な対策で自己の向上を図ることが出来ます。まず、自分自身を深く知ることです。秋の夜長、ビール片手にテレビをみるのもいいでしょうが、時には『自分とは何ぞや』と沈思黙考する時間も取って見てはいかがでしょうか。