2005年に、カナダに語学留学してた間にさ、

イギリスのエリザベス女王がカナダに来たことがあってね。

けっこう新聞とかで大騒ぎしてたんだわ。

それまで、あたし、カナダって、それで一つの国だと思ってたの。でも実際は、

カナダは今でも、英連邦の国であって、国家元首はあくまでもエリザベスなのよね。

カナダのお札にも、エリザベスの肖像が刷ってあるのよ。いまでもね。

 

 

政体立憲君主制である。公式にはイギリス国王が国家元首(但しカナダではあくまでカナダ国王の扱い)となる[22]。形式的にはカナダ総督がカナダ国王の代理を務め、また実質的な首長は、総選挙により選出される連邦政府首相である。(from Wikipedia)

 

 

ちなみに、今のカナダ総督はディビッド・ジョンストンという人らしいです(しらねー・・・)。

例のトランプを批判した(で、イケメンと騒がれた☆)あのトルドー首相とは、また別な訳。

 

でね、2005年にエリザベス女王がカナダに来たとき、

カナダがイギリスの植民地であったこと、今でも英連邦の一部であることを

そこまで祝わなくてもいいんじゃないか、もう我々は「カナダ」という国なのだから、

という意見もけっこうあって、

それと、イギリスの一部であったことは大切にすべき伝統なのに何を言う!

みたいな意見とが対立してて新聞で報じられてた。

 

イギリス領だったことがそんなに誇らしいんか?理解できねぇな??と思ったが、

じゃあ「カナダ的なるもの」とは何か、カナダというアイデンティティの源は何か、

って言ったら、正直よくわからない。

多民族・多文化との共存とか、そういうことになるんだろうけども・・・。

 

カナダのトルドー首相は、今回のトランプのムスリムバンを受けて、

カナダはウェルカムだ!と早々に表明していたけれど。

ほんとに本気で、白人が少数派になってでも、第2の中国みたいな土地になってでも、

それでも良しとするのかな。本当に?

とある友人から、海外留学についての相談を受けた。

いろいろ、状況は違うんで一概にはいえないんだけど、

思うところをそれなりに率直にしゃべらせていただいた。

 

2005年当時と今とでは、やはり違うところもあると思う。

当時は、はっきり言って、日本人であることに、うんざりしていた。

 

当時なりの状況があったようにも思う。

2011年の311よりも前と後とでは、日本人のものの見方は、

やはり決定的に変わったんじゃないかな、という気もする、今は。

 

そもそもは英語圏の大学院に行きたかった。

結局大学院は断念したけれど、それでも、今でも、カナダでの生活は美しかったよな、

と思っている。たった半年の語学留学。。。それでも、とても濃密な6か月間だった。

 

ちなみに6か月間ってのは、カナダでのノービザで滞在できる最大期間です。

6カ月以内にちょっとどこか国外(例えばアメリカのシアトル。

単純な距離で言うと、バンクーバーから車で1時間くらいのロケーション☆

実際は、税関越えるのでえっらい時間かかるんだけれどもね💦)に出れば、

またそこから6カ月滞在できる。

 

私のいた英語学校でも、ただただ滞在期間を延長するためにだけ、

アメリカに行く人は多かったよ。近いしな~シアトルなら。

 

あのとき、半分以上本気で移民を考えた。

ま、二重国籍が可能(=日本国籍を放棄しなくてよい)なので、

そんな深刻な話ではないんだけども。

 

で、結局やめました。直接的な理由は、カナダでまともな職が得られそうになかったから。

それなりの職についてないと、申請が通らないんだわ。当たり前だが。

当時ただの大学院生で、特に何も準備してなかったからねぇ。。。

特別なスキルでもなけりゃ、ジャパレス(ジャパニーズレストラン)の

ウェイトレスか、日本語教師くらいしかない。

そこまでしてでもカナダ人になるぜ!!という気にはなれなかった。

 

直接的な理由はそうだけど、間接的には、

カナダ社会において、自分が異物に過ぎないなーと思ったこと。

自分の存在は、カナダ社会に必要とされていない、想定されていない。

一時的に存在を許されているだけ。。。そんなかんじがして。

 

多文化社会だからね~。カナダならではの何かって、実はあんまりないし。

一見同じよーに見える白人たちでも、訊いてみると

見事なまでに、ルーツさまざまだったしね。

 

ちなみに、私のホストマザーはクロアチア移民だったんだけどさ、

彼女とその息子のガールフレンドであるポルトガル移民の女の子とが

バっチバチの大げんかしてたりさぁ・・・

(いや、まじ、こっえぇよ・・・( ;∀;) てか、彼女ら、ド迫力よ??

 身体のボリュームも・・・いやいや・・・げふんげふん・・・

 ステイしてる身としては、マジいたたまれないこと、この上ないっす(泣))

 

当時は香港返還のちょっと後だったこともあって、

すごい数のカントニーズ(広東人。要は、香港人)がいた。

新参として、台湾人や中国本土の人も増えていた。

 

ブリティッシュコロンビア大学(UBCthe University of British of Columbia)の

英語学校(ELIEnglish Language Institute)に通ってて、

普段は気になってなかったんだけど。

5月がUBCの卒業式だったのよね。で、その日のキャンパスは、

ものの見事に!アジア系の人間であふれかえっていてね。構内が。

 

あれ見て白人たちはどう思うんだろ、とか思った記憶がある。

反発抱いたり脅威を感じたりしても、不思議じゃないよなーって。

 

ほんとは、ほんとのあたしをわかってほしいの・・・

 

大阪で、不登校の子のスクーリング事業のNPOで働いてた頃、

少し不満を持つようになっていた。

 

結局さ、子どもたちの話を聴くばっかりで、

誰もあたしの話を聴いてくれない、って。。。

いや、当たり前なんだけど。あの場所の主役は子どもたちであって。

 

わかってはいたけど、それでも、どこかで、あたしだって

スポットライトあたりたい、みたいな気持ちが疼いてた。

そんなこと思ったの、初めてだったかもしれない。

 

本当の自分をそのまま出して、

それでいい結果になかったことがなかったから。

受け入れてもらえるカタチを探してた。それが習い性になっていた。

 

小1の夏休み、八ツ切の画用紙に絵を描くという課題があって、

あたし、楽しく、「ドレス着たお姫様と王国の絵」を描いて提出したの。

そしたら、教室に貼りだされた別の子の絵に、金色の紙(短冊?)がつけられてね。

 

「あぁ、こういう絵がいいのか・・・」と思ったよ。

翌年、それっぽい絵を描いた。そして望みどおり、金色だったか忘れたけど

なんらかの紙を貼ってもらえて、“良い絵”という評価を得た。

 

小4のときだったっけ?写生大会で、先生に「見えたままに描け」と言われた。

でも、そんなんできないじゃん??で、それでもなんとか、

木々のぶつぶつとした立体感を表現したくて、小さな葉っぱを

一枚一枚微妙に色を変えて重ねていく、という手法を編み出した。

 

そしたら、他の子がマネしだしてね。みんなそんなふうに描くようになっちゃって。

しまいに先生が、あたしに言ってきた。ちょっと迷惑そうに。

「本当にこんなふうに見えてるの??」 叱られちゃった、と思ったよ。

 

しょんぼり。私、何か悪いことしたの?

せっかく自分なりに工夫したのに。

ちょっとだけ、見えたままに近づく方法をみつけた!と思ったのに・・・。

 

どれだったら、どういうのだったら受け入れられるんだろう

・・・って、窺うのが習い性になってしまった。

 

でも、もうそれを終わりにしたい。

あたし、今、これだけ自由な環境になったのに、

それでも抱えてる苦しい感じ。

それを解きほぐし、解き放つには、それしかないように思うもん。

ご無沙汰しております。てか、あけましておめでとうございます、かも。

 

星乃珈琲店に来ております。まさか野田にあるとは思わなかった☆

 

なんかねぇ、もう、とにかく怖いんだよね。自分の考えを、自分自身をさらすこと。

怖くて怖くてしかたない。絶対できない、と思ってる。Facebookとかさ。

なんでこんなにも怖いんだろうなー。

 

これまでいろいろやってきてさ、あたしだいぶ傷ついてきたみたいだな、って。

 

明らかに、過干渉だったし、暴力振るわれることもあったし。

へし折られてきたよなーーーって。

だから、激しい怒りを覚えていても仕方ない、はずなんだけど、

正直なところあまり感じていないなぁ。。。というか、感じられてない、のか。

 

自分の考え、親とは違う考えを、もつことがなかなか難しい環境だった。

 

話しても、納得してもらえることがあまりなくて。まぁ、それはわりとみんなそうかな??

とにかくね、過干渉で、自分の思い通りにあたしを動かしたい親だったから、

あたしは自分の情報管理にかなり慎重な人間になった。

自分はこういう人間です、って言うのを、基本的に公にしない。

 

大阪で働いてた時の友人が、引越し手伝いに来てくれたとき

あたしの部屋にスピ本がいっぱいあるのを見て、あぁやっぱり、見たいなこと言ってて、

あーそーだよなーーーと。あたし、そういう本読んでるなんてことは、

おおっぴらには言わないものな。ヘンな人扱いされるの嫌だから。

 

やっぱりさー、さん☆おとぴさん宅のお茶会に行ったんだけど、その帰りに、

いきなり、天使だのなんだのの話を大真面目にしてくる人がいてさ。

やっぱちょっとどうなの、とひいてしまうもの。

 

だからあたしも、世間の人から「ヘンな人」と思われないように

ふるまう癖がついている。

それでも、やっぱり、ヘンだけど。

最近は、私スピ本あんまり買わなくなったけど、

90年代、2000年代は、ものすごい勢いでアメリカ(orヨーロッパ)からの本が

翻訳されて書店に並んでたな。最近は逆に、日本の著者のものが増えたように思う。

・・・そいや、こないだ買ったBasharの本も、あまりおもしろくなかったんだよな。

なんでだろ??あまりに一般論に終始してたから、かなぁ??

ときには「日本人には独自の使命があります!!」くらい言ってほしかったんだろうか。

 

まぁでも、日本人に生まれるということは、かーなりおもしろいことなのかもしれない。

アメリカ人に生まれるのも楽しそうだけど☆キッツそうやなー・・・

 

日本の特殊性というものに改めて気づかされつつある。

江崎道朗さんが強調してる、

白人でもない非キリスト教徒の国なのに、唯一近代化に成功した国。

日本がそーゆー存在としてあること自体が、

アジア・アフリカ諸国にとっては非常に大きいことなのだと。

でも当の日本人には、そーゆー自覚、ないもんねぇ。。。

 

あたしがカナダにいた頃(2005年)は、アラサーの日本人がけっこう周りにいた。

帰国する子と2人して「いまさら日本でも・・・ねぇ?」とか言ってた(爆)

日本、どーでもいいと思ってた。ほんとよ。

半分本気で、イミグレ(移民。カナダ国籍取得)を検討した。

カナダの場合、日本国籍を放棄しなくても、カナダ国籍とれるからね。

ま、今となっては、それぞれいい経験だったね(´▽`*)、ってとこだけど。

カナダは急激に中国系が増えてるようだ。当時も日本は影薄かったけどね☆

カナダがNew Chinaになるんなら、もうそれでいいんじゃね、と思ったりもする。

感情を解放するというワークをやりたい気はあるのだが、
なんかめんどく感じてやってない。
 
なんでこんなにも、身体の一部がコリコリになるんだろう?
不思議。血だって最低限は通ってるだろうに。・・・通ってないのかな??
いや、そしたら細胞が死ぬし、死んだ細胞はさすがにそのまま放置はしないハズ。

存分に、この世界で、この人生で遊べばいいのだと、
あれこれ読んでると複数の本の著者さんが言ってる気がする。
あたしはまだ新年になったという感覚があまりないけど・・・。
ようやく少し、動き出したのかしらねぇ2016年は。
2017年は、さらに動けるようになるといいな。

書くことは? それはずっとやってる。
書く内容が変わってきてるのかどうかはわからない。
とっとと昨年に打ち込んだ分をUPしてしまいたい、とは思っているけれど。

馬渕さん、宮脇淳子さん、池添恵子さん、江崎道朗さん、そのへんの人の本を、
ここのところ、がっつりと(そうでもない?)、集中的に読んだ。
ユダヤ思想。グローバリズムとコミュニズムとナショナリズム。

かつて私は、私自身が、「悪いことをした日本人」観に染まっていた。
そう、左翼思想が強かったの。戦争がらみのお話を一杯読んで。
 
左翼に対する警鐘を鳴らす本たちを、ここんとこ読んでいて、今それを
どう消化吸収しようか、というところ。
いやさ、弱者救済はやっぱり正しいことだと思うじゃん?
権力の横暴で踏み潰されてきた人たちだっていっぱいいるしさ。
反権力だったのよ。それはもーしかしたら、父親の影響があったのかもしれない。
警察嫌い、官憲嫌いだったからね。私が国家公務員になるのやめたとき、
喜んでいたらしい。あとで知ったけど。母から。

池田市の、その施設を管理するための規則がいくつかあった。

それを破ると、下手するとウチは使えなくなってしまう。スクールの活動が

できなくなってしまう。代わりの施設なんて、そーそー見つかんないからさ。

 

だから、これらの規則は守らなくちゃいけないんだと、子どもたちを説得していた。

ときどきゴネる子がいたけど、あかんもんはあかん!って押し通した。

もちろん言葉は尽くしてのことよ?泣かれたって暴れられたって動じなかった。

だってそれは、ここの活動を守るというあたしの責任において、

揺るがせにできないものだったから。

 

そーゆーもんなんだと思う。「法」って。

基本的には。新しく入ってくる場合には、そこのルールを承諾した上で入ってもらう。

守れないんなら、最終的には出ていってもらうしかない。

移民だって同じこと。

不法に入り込んでる時点で、その場所のルールをないがしろにしてるってことでさ。

そんなもの許容してたら、その場所がめちゃくちゃになる。

 

だってさ、それがイヤなら、出ていって別のルールで、自分たちで、

別の場所を創ればいいじゃない。

そんで、自分たちの思うようなルールで、そこを運営すればいいじゃない。

 

まぁ、公立小学校なんかはそうもいかないんだろうけど。

外国人の子どもであろうと、なんだろうと、学習権の保障をしなくてはならないし。

でもそれは、子どもという、自力では自分の権利保障をできない弱い存在だからこそ

認められてるモノであってさ。

それと、外国人一般の権利を同列視するってのは、

逆に、彼らを大人扱いしないってことで失礼になるんじゃない??

 

この先、日本に、もっと移民を受け入れろという圧力は強くなるかもしれない。

その時の最低条件は、既存の、日本の社会のルールを守ってくれる人、

ってことに、なってほしい。てか、そうでないとヤバい。そう思っている。

そう。大学院生の頃に、私は私なりに、西欧の政治思想をあれこれ読んで、

そして自分は“古典的自由主義者”である、と規定したんだ。

 

ハイエクのような、極端なまでの、リバタリアン的な自由(とそれに付随する責任)

にまではついていけない。

アメリカにもいるけどさ。銃ぶっぱなしてまで自分の安全を守るぜ!

というほどのワイルドな根性は持ってない。

 

いわゆる『夜警国家』というやつですな。J. S. ミルのね、

軍事や外交などは国家が担うべきで、それ以外については、基本的に

自由を享受できるようにすべき、という・・・わたしはそーゆーのが良いと思ったの。

 

やっぱりさ、がちがちに縛られるのはまっぴらごめん、だけど、かといって

ある程度の枠がないと、自由ってうまく機能しない。

それは、大阪の不登校のスクールでも思ったこと。

 

不登校の子たちは、基本的に、自分の納得のいかない規則を、

無理矢理押し付けられることをひどく嫌う。

だからね、あのスクールは、初期に子どもたちと話し合って、

スクールのルールというものを決めたのね。

 

私が行ったときにはすでにそれはあって、事務室の壁に貼られてあった。

新たに通学を希望する子が来たときは、そのルールを説明するの。

このルールに従ってもらいます。もし嫌ならば、通うことはできません、って。

 

それとは別に、池田市の施設を使わせてもらってたから、

その施設を管理するための規則がいくつかあった。

2階の畳の部屋での飲食禁止とか、土足禁止のエリアとか

火気の取り扱いとか、そーゆーことだけど。

 

それは、この施設を使わせてもらう上で必要なことで、それを破ると、

下手すると、スクールの活動ができなくなってしまう。

代わりの施設なんて、そーそー見つかんないからね。

(スタッフが市の施設の管理業務を請け負う代わりに)タダで、

かーなり広めの、緑豊かな2階建ての施設を使わせてもらってたんだからさ☆

 

(さらにつづく)

いろんな立ち位置があって、それぞれにやはり歴史的な必然があって、

中立、とか、中庸、とかが、一番いいんだろうな、とは思う。

だからこそ、それは本当に難しいんだろう、と思う。

 

今は簡単に、両極端に行ってしまうからさ。それはほんとうに怖いから。

だからこそ。。。中立や中庸が、実際にはほとんど不可能なほど難しいものだと

思うから(無自覚なバイアスがどうにも入るでしょ)こそ。

中立・中庸をそのまま目指すのは無理があるにしても、揺れる余地がほしい。

どちらかにふり切ってしまうのではなく。

 

「自由な言論空間がほしい」、と書こうとしてやめた。

自由だと、どうしても弱肉強食になりやすいし、

結局は一部の管理者が管理してる「自由」であって、

本当に完全なる自由ってのは、やっぱりちょっと想定しづらくて。

でも、なんだか、自分の考えに賛同しないとすぐにレイシスト!とか

言われてしまう風潮は嫌だ。怖い。てか、これむしろ「全体主義」じゃんね。

 

移民の働く自由、人々の移動の自由は確保されるべき、そういう意見があるときに、

不法移民を強制送還する!といったら差別主義者になってしまう。

日本のようにそこそこ審査が厳しくて、そんなに多くの外国人を入れてない国も、

「排他的で差別主義の国」になってしまう。

 

なんかさ、人々の移動の自由自体は、まぁ、基本的にはあるとしましょう。

でも、それを管理する(許可・不許可を下す)権利も、国家にはあるでしょう?

それ自体がけしからん、ということみたいだ。

国家nation stateの否定なのか?

ハイエクやフリードマンあたりを一時期読んでいた。

彼らの、国家への不信感はものすごく強いと感じた。

それは、やっぱりユダヤ系だからなんだろうか。

 

私が自由に関する本をあれこれ読んで、いちばんしっくりきたのはJ.S.ミルだった。

法政の高野良一先生のゼミでね。言論において中立などありえないのだから、

仮にでもいいから自らの立ち位置を定めて、その上で議論すべき、

というのが高野先生の持論だったの。

 

で。私なりに、西欧の政治思想をあれこれ読んで、そして自分は

“古典的自由主義者”である、と規定したんだ。そんで、高野先生に褒められた。えへ♪

 

(つづくのだ☆)

この1つ前のエントリで備忘録あげたけど、江崎道朗氏の音声を聴いていた。

倉山満氏もでてるやつ。ここんとこ、YouTubeの音声をいろいろ漁ってて。

馬渕睦夫氏のをこの前は聴いていて、その前は、宮脇淳子氏のを聴いてた。

 

この宮脇さんは岡田英弘氏の奥さんらしい。

岡田さんの本は、数年前にも読んでいた。『日本史の誕生』、という本。

すごいね、夫婦で学者やってんだな。宮脇さんは、311のあとにさ、

やっぱり本当に言いたいことをもっと言ってかなきゃダメだ!、と思ったんだって。

これまで、学者として真実を書いてればそれでいいと思ってたけど、

やっぱそれだけじゃダメだ!って。。。

 

江崎道朗氏の話で、ホワイト・ギルト、という言葉をはじめて聞いた。

アメリカの白人たちの間にも、自虐史観ともいうべきものがあるらしい。

この江崎さんという人の本、読んでみなくちゃーと思う。日本の戦後とシンクロするわ。

 

そりゃぁ,ジェノサイダルに日本人を殺されました日本人の私としては、

いや、実際、アメリカの白人たちは非道なことをしてきたじゃんよ!とは思うがね。

 

ようやく? いや、まだ足りんわむかっむかっまだ、日本を悪者にしてるスキームは

変わらないまんまなんだろ?!って思うけど。

正直に言って、白人たちに少しは罪悪感を持ってほしいとは思うけど。

だからといって、今のアメリカにおいて、

白人たちは悪いことした、だから黒人たちを優遇しろ!に、

直行するのはどうなのよ、とは思うわ。

差別の是正を目的とする政策なのに反対するなんて人でなし!!とか、

黒人による白人の暴行はいっさい報道しない!とか、

そーゆーのは行き過ぎやろ、と思う。

 

(つづく)