さん☆おとぴ presents いのちのしくみ ~いのちを生きる~

~宝はいまここにある 感じるカラダ この想い われいのち~元精神科ナース 主婦 兼 いのちの革命家 さん☆おとぴのブログです

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それでね、わたしが思うに

アダムとイブのはなしにでてくる

 

 

知恵の実と、生命の実

 

 

人にも知恵の実タイプの人と

生命の実タイプの人がいると思うの

 

 

それはどちらが良いというわけじゃなくて

陰陽とか男女みたいな感じで役割分担していて

どちらも必要であり互いに活かし合う必要があるの

 

 

知恵の実タイプの人は

知恵を駆使して理想を求める感じで知性の人

 

 

生命の実タイプの人は

いのちを育み現実を生きるタイプで感覚の人

 

 

これ本当にどっちも必要なのよ

 

 

理想を求める知恵の実タイプの人は

理想を求めれるが故に、時に現実的じゃないだろうし

 

 

生命の実タイプの人って

例えば、わたしなんかがそうなんだけど

すごく感覚的だから、あんまりボキャブラリーがいらないのよ

若い子たちが「やばい」と「かわいい」だけで

会話が成立するような感じで

同じことばでも感覚的な違いをキャッチできるから

あまりボキャブラリーが必要じゃない

 

 

例えば、生命の実タイプの人が

農耕民族でずっと農業だけやって生きて行くならば

それでも、いいだろうけど

いのちには、いのちを発展させたいって

イヤサカの想いがあるから

生命の実タイプの人たちだけだと、発展力に乏しいのね

 

 

そこで知恵の実タイプの人たちが加わることで

色んな感覚の些細な違いを

言葉で表現してみたりしたから

たくさんの美しい言葉が産まれて来たんじゃないかな

 

 

知恵の実タイプの人は美を追求するような感じがあってね

色んな面で理想を求めてこの世界が発展してきたような感じがするの

 

 

生命の実タイプの人だけだと

この世が発展しないのよ

 

 

でも、智恵の実タイプの人だけだと

理想を求めるがあまり

時にはいのちを軽視することもあると思うし

理想と現実がそぐわなかったりすると思う

 

 

人は知恵派、いのち派って明確に別れる訳じゃなくて

それぞれに持っていて、男性性、女性性みたいな感じで

両方持っているけど、男性性が強いタイプとか色々といると思うの

 

 

ただ前時代は、この知恵が強欲な感じのヘビエネルギーに

すごく浸食されていたような感じがあるのね

 

 

だからね、ほぼすべての人が

なんらかしらの形でヘビエネルギーに侵されているように思うんだけど

誰も彼も少なからず知恵派のエネルギーを持っているからだと思うのね

 

 

 

特に女性のほうがヘビエネルギーが表れやすいように思うんだけど

なんかヘビエネルギーの現れ方も

知恵派といのち派の人で違う感じがあってね

 

 

みんな両方持っているから

よーく視ると、両方あるんだけど

 

 

元々、智恵の実タイプの人に

ヘビエネルギーが強く現れたら

やたらと反応が早いっていうのかな

知恵がまわるぶん、頭の回転も早いのかな

 

 

返事が超早い感じで「分かりました」とか「気付きました」を

やたらというとか、やたらと結果を出したがる成果主義な感じがあって

すぐに「悟った」とか「シフトが起きた」とか魂がうんちゃらかんとかとか

すごく大きな出来事にしたがるというか、

パフォーマンスとかアピールがすごい感じがあるの

 

 

最近、ヘビ系の人が妙になっているっていったけど

主にこのタイプの人が多くて

元々、感覚的じゃなくて思考が強くなるタイプの人たちだから

脳内ファンタジーが炸裂しているみたいなんだけど

感覚的には、全然、伴っていないから

傍から見ていてすごく妙にみえるの

 

 

ただね、感覚的に伴っていなくても

理想を追求して、実際に動けるタイプの人は

結果も出せるだろうから、一般的には

このタイプで結果を出せるタイプの人は人気があるよね

 

 

あとね、生命の実タイプの人が

ヘビエネルギーが強くなると

 

 

ぼーっとしていて反応が鈍かったり

天然ボケな感じが強くて話しが通じない印象があるよ

 

 

このタイプの人は知恵じゃなくて

感覚で閃くことで色々と判断するタイプの人なのに

それが麻痺してしまうと

何を基準に選んでいいか分からないから

物事を選ぶのがすごく怖いというか

本来、感覚が優位なのにそれができないと

自分が立っている場所すら疑わしい感じで

だから例えば目的の駅に降りても、

本当に合っているかの自信が持てなくて

常に確認しないといられないような感じになるみたい

 

 

このタイプの人が感覚的に狂うと

目の前に探し物があっても見つけられなくなるのよ

このタイプの人は物を探すのも目で見て探しているというよりも

無意識に感覚的に探しているのね

 

 

逆に調子が良いと、探さなくても

それがある場所が閃くように分かる感じなんだけどね

 

 

だから、感覚が狂っている状態だと

色んなことに自信が持てないから

人に判断を委ねてしまったり、

クレクレ星人になりやすい傾向があるみたい

 

 

それでね、ヘビと原罪と人が抱える矛盾とパラダイムシフトのはなし①

でも、書いたように

人は無意識に自分を生きようとしないで

自分でない何者かになろうとしたがるの

 

 

それも、この原罪による

自分のいのちを生きていないという

罪の意識に触れたくなくて

無意識に感覚を逸らすからじゃないのかなって思うのね

 

 

冷静に見ると、人がね

感覚を麻痺させて、脳内ファンタジーで生きているさまって

すごく滑稽に見えるし

こんな生き恥をさらして生きていて恥ずかしくないのかな?って

不思議に思うぐらい、妙なことを多くの人はしているんだけど

感覚が麻痺していて、それを感じないみたいなの

 

 

むしろ、わたしからしたらどうでもいい世間体とかの

恥ずかしさとかはやたらと気にするから、余計に妙にみえるし

でも、本当は感じない様にしていても、どこかで感じているから

恥ずかしすぎて、余計に気付かない様にしているのかもって思うの

 

 

だから、無理に感じるようになったほうがいいとかは言わないけど

そのままほって置くと、旧世代とかの人みたいに

どんどん感覚が麻痺して行くだろうし

若い人の場合は感覚が良いし、いまは時代のエネルギーが

どんどん本質に触れるような感じになっているから

旧世代の人以上に、妙な感じになる人も増えると思うし

どんどんそれらが浮き彫りになって行くと思うよ

どうするか決めるのは、いまが大きな分かれ目だと思う

 

 

 

それでね、多くの人は夢を見るような感じで生きているって言ったけど

だからこそ出来上がったのが、この世界なの

 

 

でも、もう目を覚まさないといけない所まで来ている

 

 

ただ、目を覚まさないでいることを選んでいる人たちも

たくさんいるように思うの

そういう人は脳内ファンタジーにどっぷり浸かっているだろうけど

それはそれぞれの選択だから、どっちが良いとかじゃないの

 

 

ただ、おとぴ的には

怖くてもしっかり目を覚まして

少しずつでもいいから、

この世界の本当を見る勇気を持てる人が増えたらいいなって思う

 

 

ヘビって脱皮するから、生まれ変わりを象徴するらしいし

生まれ変わるように、変わる時が来ると思うの

 

 

そして、目を覚ましてこの世の本当を見ることが出来たら

こんな風に人が生きてしまっても仕方なかったんだなって

自分自身も、人も世界も許して、

互いにみんなで許し合えるようになれたらいいなって思う

 

 

それがいまの時期のパラダイムシフトにかける

おとぴの祈りです

 

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うー、気持ち悪いゲロー

 

 

ヘビ系のはなしをしていると

よくアダムとイブの話しがでてくるのね

 

 

わたしは宗教に興味が無いから

よく知らないんだけど

博学な人たちは、ヘビから聖書のはなしを連想する人が多いみたい

 

 

聖書にある、智恵の実と生命の実のはなし

 

 

神が食べることを禁じていた

知恵の実を、ヘビがアダムとイブをそそのかして

食べさせたはなし

これも最初に女性であるイブがそそのかされて食べたらしいんだけど

その辺りも、女性性とヘビエネルギーの関係性の深さを

物語っている気がするのね

 

 

なにぶん、わたしはこのことを語れるほど

知識がないから、原罪についてとか

アダムとイブのはなしをネットで調べてたら

頭痛くて、気持ち悪くなってきて

どうにも、そういうサイトのエネルギーが

閉鎖的な窮屈な感じがあって

人の思考能力を奪うような感覚になって

わたしには気食悪く感じるの

 

 

いくつかの、サイトを見ただけだから

全部がそうとは限らないと思うし

そういうのを感じないものもあるのかも知れないけど

この閉鎖的な窮屈な感じって

ヘビエネルギーに感じるものとすごく近いし

ここ1カ月ぐらい、感じてたものとすごく似ている

 

 

だから、いまの時期のシフトに

このエネルギーがすごく大きく関係していると思う

 

 

あー、あのね

これを書いておかないと

ほとんどの人が誤解するだろうから

一応、書いておくけど

わたしはヘビエネルギーを感じる

そういうサイトが悪いって書きたいんじゃないのね

 

 

ただ感じたものを書いていて

いま、必要な情報を読み解いているのね

 

 

ほとんどの人はそれを良い悪いで判断して

あー、そういうサイトは悪なんだとか

宗教にはまっていると、ダメなんだとか

宗教やってないわたしは大丈夫とか

そこに良い悪いの判断が加わってしまうのね

 

 

多くの人は

そうやって善悪で判断してジャッジすることで

自分を感じることから逃げているのね

 

 

だから、良い悪いで判断すること自体が

ほとんどの人がひっかかるポイントだし

これこそヘビエネルギーのなせる技なのね

 

 

こういった善悪で判断する感覚が

人に深く根付いているから、

人が人よりも優れた人間になろうとして

人を蹴落としたり、色んな欲望に走るの

 

 

前にも言ったけど

欲自体は生きるために必要なものでもあるから

なくす必要はないんだけど

多くの人が翻弄されている欲って

原始的な生きるためのものであったり

自分の本来の目的を果たすためのものではなくて

承認欲求から来るものが多くて

色んな欲望に囲まれることで感覚を麻痺させるし

麻痺させたことで、より強い刺激を求めるって言う

無限ループの中に人はいるのよね

 

 

突き詰めていくと、こういった欲求って

ヘビエネルギーによるものだと思うから

聖書にすごくリンクするのよ

 

 

アダムとイブが食べた知恵の実は

神と等しき善悪の視点を手に入れるって

ヘビにそそのかされて食べるらしいけど

そもそも神は善悪で物事を判断しないと思うよ

 

 

この世のすべてはエネルギーだから

すべてはエネルギーで引き合い

エネルギーによって起こるし

神様は、主にこのエネルギーを視ていると思うよ

 

 

どんなに形を尽くして良いとされている行動をしても

それが承認欲求から来るエゴまみれだったら

神様にはエゴのエネルギーが際立って視えると思う

 

 

人はこのエネルギーを感覚によって

知覚できるから、すべては感覚だって言ってもいいと思う

 

 

だから良い悪いじゃないのよ

すべてはこの感覚にフィットしているかどうかだけなんだけど

人は感覚が麻痺しているからそれを感じられない

 

 

感じられないから、どうするかっていうと

善悪というものを作り出して判断するしかなかったんだと思うの

 

 

感覚があれば

自らの中に神を感じることができるから

外側の何かにすがる必要なんかなくて

自分の感覚を当たり前に信じていればいいんだけど

それができないから、外側に神を作り出して崇めたのが

宗教なんじゃないかって気がするのね

 

 

だからそういった宗教的なものにも

前時代的な善悪で判断するヘビエネルギーを強く感じるのね
特定の宗教がどうのとかじゃなくて
色んな宗教にヘビエネルギーがからんでいる気がする

 


ヘビを祭っている神社とかも多いけど
前時代の神的エネルギーには
ヘビがそうとうからんでいる気がするの

 


だけど、ヘビが悪い訳じゃなくてね

ヘビ本来のエネルギーって
もっと神々しくて、知的で聡明な感じがするの
わたしはボキャブラリーがないから
表現が難しいんだけど、

意地悪かったり、強欲な感じじゃないのね

人の欲とかでそうとうエネルギーがゆがんでしまっている感じする

 

 

 

そもそもね、感覚が生きていたら

必要なことって、全部、感覚で分かるから

してはいけないこと、相手が嫌がることも感覚で分かるから

そこに善悪の判断なんて必要ないのね

 

 

これね、感覚的なことだから

頭で生きている人には伝わらないと思うけど

必要なことって閃くように思いつくし

必要無いことって思いつかないのよ

 

 

善悪で判断することもそうだし

物事を形で決めつけて判断することもそうなんだけど

そうやって何かを決めつけても

この世は流動的にいつも動いているから

いつも同じ方法が良いとは限らないじゃない

 

 

そういうのも、感覚的に生きれていたら

無意識に察することができる

 

 

例えばね

時間を守らないといけない

遅刻しちゃいけないって、

善悪で判断すると、そうなるじゃない

 

 

でも、不思議となんか待ち合わせに遅れそうになっても

急がないでいい気がしていると

相手から遅れる連絡が来たとするじゃない

そうしたら、「ラッキー」って感じで焦らず

のんびり行くことができる

 

 

それを遅刻しちゃいけないって

頑なに思いこんで急いでいる時に連絡が来たら

わたしがこんなに急いでいるのに、気軽に遅れやがってって

すげームカつくかもしれないけど

こっちも急がなくていい気がしてたら

「わたしも遅れそうだから、焦らないで来てね」って

落ち着いて連絡できると思うの

 

 

それって別に相手に気を使って

本当はムカついているのに、我慢して

大丈夫なふりをしたとか

無理しているとかじゃないのね

相手と自然と通じ合っていれば

互いの無理のないように、無意識に行動できるのね

 

 

人は本来、そうやって通じ合って

互いのことを自然と察知して、

通じ合って、想いやって生きることができるのに

善悪の判断がそれを狂わせるんだと思うの

 

 

わたし、色んなタイミングがいいらしくて

よく人から驚かれるんだけど

わたしにとって、それが当たり前のことだから

それが特別なこととか思っていないから

それで得意になったりしないのね

 

 

きっと、そこでタイミングばっちりなわたしすげーって

なると、タイミングが合わない時は

ダメなわたしになるだろうし

そうやって判断することで、また感覚がくるっていくと思うの

 

 

こうやってタイミングがあう時もあれば

天体の影響とかで、合わない時もあるけれども

この世は一辺倒にできていないのが

この世のすごさでもあるのね

 

 

 

そもそもね

いのちは無限であるけど

肉体は有限なのね

 

 

無限の存在であるわたしたちが

肉体を持つことで有限となる

 

 

無限と有限

対極するものを同時に持っていることで

人は色んな矛盾にさらされるの

 

 

肉体を持つことで、

初めて矛盾を経験できるから

矛盾を経験することも生きる喜びであるのね

 

 

だけど、頭で考える形を生きる世界だと

矛盾には対応できないのね

 

 

これが、前時代の色んな混乱の大きな原因のひとつだと思うの

 

 

前時代の人たちは

この矛盾を修正できなくて

矛盾をとらえられないし、把握できないから

余計に感覚を麻痺させて来たんじゃないかなって気がする

 

 

麻痺しちゃっているから

結果、手のひらを返すような発言をしている自分を

とらえることができないんだと思うの

 

 

そもそも矛盾は、修正する必要がないというか

修正とかいう概念ではないのね

矛盾は生じてしまうのは当たり前なんだけど

問題があるならば、矛盾につまづく感覚だよね

そのつまづく感覚があるうちは、矛盾の先の領域には行けないと思う

 

 

この矛盾につまづく感覚こそが

前時代的な形にはめたがる性質であったりとか

善悪で物事を判断するがためにできあがったものだと思うよ

 

 

それで、ヘビエネルギーと原罪のはなしに戻すけど

 

 

わたし、色んな人と接して来てね

特にヘビエネルギーが強い人に、これを強く感じるんだけど

 

 

人は

自分ではない何かになりたがる

 

 

ようにしか見えないのね

 

 

色んな欲望に走るのもそうだし

承認欲求に走るのもそうなんだけど

 

 

求めれば求めるほど、自分から遠ざかっているし

自分ではない、なにかすごいものに

なりたがろうとしているようにしか見えないのね

 

 

そうそう、原罪だけど

人は生まれながらに罪を背負っているって

 

 

わたしは人が背負っている最大の罪って

 

 

自分を生きないこと

 

すなわち

 

 

いのちを生きないこと

 

 

だと思っているの

 

 

だから、罪を背負った人は

無意識に自分を生きないように、生きないように

無意識に自分ではないものになろうとしているんだと思う

 

 

 

 

つづく

 

 

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なんか、冥王星の逆行が一昨日の夜に終わったらしいですね

 

 

それでなのか

昨日ぐらいからカラダも超楽になって来たんですが

 

 

毎回、天体の動きって本当にすごいなーって思うんですが

4月18日から逆行していたらしいんですが

 

 

冥王星って死と生とか破壊と再生の星らしく

変容とか再生とか生まれ変わりを意味するらしく

逆行中は深層心理レベルでの破壊が起きるらしく

ものごとを根本から変えてしまうぐらいのチカラがあるそうです

 

 

このサイトによると

人間のダークな部分の表面化

 

根本的な自我や自己のコントロールが効かない

 

自分独自のやりかたをつらぬこうとする

 

 

思えば、ちょうど4月のそのころから

般若ブームとかで、いままでにないほどの恐怖を感じてました

 

 

いま思うと、般若さんとか、ヘビ系の人達の異様なほどの暴走も

冥王星のチカラだったのかもびっくり

 

 

わたしもこの間、信じられないほどの

大きな解放をたくさんしてきて

本当に生まれ変わってみたいです

 

 

冥王星さまさまです

 

 

そうはいっても、天体とか宇宙の動きって

人が認識できるれべるを遥かに超えて完璧なので

他にも色んな要素がキレイに重なって

わたしたちを動かしてくれているんだと思います

 

 

なんだか最近、すごく気持ち的には楽なんですよ

 

ちょっと前まではカラダは重かったりしましたが

それでも気持ち的にはすごく楽な感じがあって

なんていうか心の底からほっとした感じになることがよくあります

 

 

わたしの人生

消えてなくなりたいほど苦しいこともあったけど

本当に生きて来て良かったって思います

 

 

それで、いつもながら前置きが長くなってしまいましたが

今日の本題です

 

 

映画「君の名は。」にどはまりして

計4回観ているし、また観に行こうと思っています

 

 

調子がいまいちな時とかも

君の名は。を観に行ったらすごくすっきりしたんです

 

一緒に行った友達も不調が一気になくなったって驚いてました

※個人の感想です

出典:http://eiga.com/movie/83796/photo/

 

初回に観た後のリプログ

 

初回観た時は、とにかく感動して

号泣しまくりで、よく分かんなかったですけど

あれは観るというよりも、感じる映画ですね

 

 

感じながら、映画を観て、登場人物の純粋さとか

色々と気持ちが浄化されるんでしょうね

だから映画を見るとすっきりするんだと思います

 

 

今回もネタばれにならない程度に書きますが

多少、内容に触れるようなことも書くので

全く事前の情報なしに観に行きたい方は

ここから先は読まないでください

 


とにかく内的感覚に訴えかけてくる映画だなーと思って

新海監督は何か内的な確かな感覚があって

創っているんじゃないかって不思議に思っていたんです

 

 

そうしたら何かのインタビューで新海監督が

 

 

高校生のころに夕日を見てすごくキレイで

悲しいわけじゃないのに、自然と涙が出てきた

 

 

あー、自分もこの美しい景色の一部なんだって思ったら

自然と一体になったような感覚になった

 

 

その感覚が自分で原点になって作品を創っている

 

 

大人になってから社会の汚さを見ても

 

 

ふと自分の中を振り返れば

あの美しい景色がある

 

 

それで、どんなに世の中は汚くても

自分の中はキレイじゃないかって思えた

 

 

自分の作品がそんな風に自然の美しさに

気付く作品にしたいという想いで書いている

 

 

おぼろげにしか覚えてないで、

言葉の違いはあるかもしれないですが

だいたいこんなニュアンスのことをおっしゃっていたんです

 

 

わたしが、ブログで訴え続けている感覚って

まさにこういうものなんですよ

 

 

人は感覚に当たると自然と涙が出てきます

 

 

こんな風に自然に感動したとかじゃなくて

自分の中にあった悲しさに触れたりしても

自然と涙が出ます

 

 

頭であれこれ考えていても

涙は出ますけど、そういう時と大きな違いは

なんで涙がでるのか分からないけど

感覚が込み上げてきて涙が止まらないって感じだと思います

 

 

それが自分をちゃんと見てあげている状態ですし

それが自分に優しくすることなんです

 

 

外的に、美味しいものを食べたり、欲しいものを買ったりとか

そういうことを自分に優しくすることって

人は誤解されていますし、

何もしないよりも、ましかもしれませんが

こうやってちゃんと自分を見てあげていると

自分自身がとても柔らかくゆるんだ状態になれるんです

 

 

その状態だと、自然と人にも優しくなれますよ

 

(ちなみに、内的な感覚がつかめてきて、当たりっぱなしになっても

泣きっぱなしになるわけじゃないです。慣れます。

それでも、より深い感覚に当たると自然と涙がでますけど

 

 

いつも言っていますが

優しさって何かをしたら優しいとか行動じゃないんです

 

 

状態なんです

 

 

動物とか、小さな子どもはいつもこの優しい状態なんです

だから見ているだけで優しい気持ちになれるんです

 

 

自分解きをする上で

色んな苦しみとか悲しみとか怒りとかを

思い出して解放することも大切ですが

それと併用して、

こうやって自分に優しくしてあげられる瞬間も創ってあげてください

 

 

自然と涙がでるほど感動できるものがあれば

繰り返し、それに触れてあげてください

 

 

「君の名は。」の映画なんかもそうなんですが

観た人がなんで泣いているか分からないって言う方が

多いそうですが、新海監督の想いが映画に入っているので

その優しさに多くの人が共鳴しているんです

 

 

この映画は多くの人を共鳴させられるほどの

チカラがあるすごい映画だと思います

 

 

 

それに、美しい景色の映像が評判な映画だけど
人が頭にとられないで
本来の感覚で生きていれば
世界は新海監督の映像に負けないぐらい美しく見えますよ

 


多くの人は本来の感覚が死んでいるので
その美しさが見えなくなっているけど
どこかでその美しさを憶えているから
これほど、人の感覚に訴えかけてくるのもあるんじゃないかな
 

 

 

ネタばれになるので、あまり書けませんが

主人公の二人が自分の感覚や直感を大切に行動していること

それも、いまの時代にとても必要なことだと思います

 

 

カラダは俯瞰して色んなことを知っているので

とにかく色んなことを教えてくれるんです

だから頭であれこれ考えるよりも

カラダから湧いてくる感覚を大切に行動したほうが

嘘のように、まるでパズルのピースがはまるように

物事がスムーズに行ったりします

 

 

別にスムーズに物事が進むことが

良い訳ではなくて、時には困難も必要な経験だったりしますが

まずはスムーズに進む経験をして

自分自身を信じられるようにならないと

困難を楽しめるようにならないと思うんです

 

 

 

頭であれこれかけている制限を

超えたことをカラダは教えてくれる

 

 

感じることが苦手で頭にとられてしまう人が多いので

感じる練習をするのに、この映画を繰り返し観るといいと思いますよ

 

 

あー、そうそう

話しは変わりますが

映画のレビューとかでね

不評な理由で、

主人公の男の子が、

いつ女の子を好きになったか分からない的なのがあって

びっくりしたんですが

 

 

主題歌で

 

前前前世から君を探し続けたよ♪って

言っているほどの縁のある相手ですよ

 

 

そもそも、男女入れ替わりが起きるほどの

縁のある相手です

 

 

ある意味、一心同体みたいなものなので

理由とか、理屈とかじゃなくて

自分が自分を愛するように自然と相手も愛せると想います

 

 

一般的には

むしろ頭がその自然と惹かれる感覚を

否定していて気付けないことが多いんじゃないかな

 

 

しっくりし過ぎていて、

むしろ好きだって気付けないほどかもしれないほど

まるでずっと昔から、ずっと一緒だったように

出会う前はどうしていたか思い出せないほど

自然に惹かれあうんじゃないかと思うんです

 

 

何かで好きになったとか、そういうのがないから

余計にこの映画がすごいなーって思うんです

 

 

うーん

前時代って、条件とか色んなもので

誰かを好きになっているのが多かったのかもしれませんが

たぶんこれからの時代の恋愛は

そういう理屈じゃなくなって行くと思いますよ

 

 

わたしもダーリンに出会って

他の人なんか考えられないし

彼と一緒にいない未来なんてありえないし

何をしたら彼を嫌いになれるかも分からない

 

 

もうパズルのピースがひったりはまったとしか

いいようがないぐらい、

別にがまんしているわけでも制限しているわけでもなく

彼しかありえないんです

 

 

たぶん、これからの時代に

そういう風に理屈じゃなくて惹かれあう人たちが増えて行くと思うんですが

そういう人って、自分の本質に触れてくるので

惹かれることが恐く感じる人が多いでしょうから

その練習のために、繰り返し映画を観ている人も多いんじゃないかな

 

 

わたしも、周りの友達も

繰り返し観ている人が多いのよ

 

 

わたしはもう理屈じゃなく惹かれる人に出会っているけど

とにかくこの映画のことを考えていると

楽しくてしょうがなくて、まるで恋をしているみたいになれるので

すごくこの映画が好きなんです

 

 

きっと映画をつくった人たちが

恋をするようにこの映画が好きなんだろうとも思うんです

 

 

とにかくお勧めの映画なので

ピンときたらぜひぜひご覧になってください

 

 

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