こんにちは、ジロです。
これまで、韓国各地の地域の魅力を少しずつご紹介してきました。
今回は、全羅南道・潭陽を守り続けてきた「森」の物語です。
実はこの場所、
韓国の有名な古典小説 『春香伝』 と
深い関わりがあると言われています。
それでは、さっそく見ていきましょう。
なぜ、堤防が必要だったのでしょうか。
潭陽川では、かつて
毎年のように洪水が繰り返されていました。
朝鮮王朝・英祖の時代の記録には、
次のような記述が残されています。
「龍泉山から水が流れ下り、
毎年洪水が起こり、
六十余りの家々が押し流され、
多くの死傷者が出た。」
こうした自然災害から
人々の暮らしを守るために、
堤防が必要とされていたのです。
官防堤林のはじまり
1648年、潭陽の府使であった
成以性(ソン・イソン)によって、
堤防の築造が始められました。
役所主導で造られた堤防であったため、
この堤防は 「官防堤」 と呼ばれるようになります。
のちに、森を伴う防災施設として
官防堤林へと発展していきました。
土で防ぎ、木で守る。
ただ堤防を築くだけではなく、
木を植えることで水の勢いを和らげ、
浸食を防いでいました。
それは、
自然を敵とせず、
自然の力を活かして守る
朝鮮時代ならではの防災の知恵でした。
官防堤林のいま
こうして生まれたのが、
樹齢300年を超える木々が並ぶ、約2kmの森の散策路です。
ケヤキ、エノキ、ムクノキなど、
160本もの保護樹が大切に守られ、
堤防沿いの道も、今なお美しい姿を保っています。
官防堤林は現在、
その歴史的・自然的価値から
天然記念物 第366号に指定されています。
韓国古典小説『春香伝』の舞台として知られる広寒楼苑
『春香伝』とのつながり
官防堤林を築いた潭陽府使・成以性と、
『春香伝』の主人公 李夢龍(イ・モンニョン)との関係は、
文学史の視点から語られてきた解釈に基づくものです。
その物語の出発点となるのが、
成以性自身が残した記録でした。
韓国古典小説『春香伝』の舞台として知られる広寒楼苑
成以性は南原で育ちました。
彼が記した『啓書日記』には、
暗行御史として各地を巡っていた頃、
南原の広寒楼で
『春香伝』の原作者とされる
趙慶男(チョ・ギョンナム)進士と出会い、
語り合ったことが記されています。
こうした史料と文学史の解釈から、
成以性はしばしば
李夢龍の人物像のモデルとして
語られるようになりました。
ジロ今回は、
『春香伝』ゆかりの人物が築いた
全羅南道・潭陽の官防堤林をご紹介しました。
韓国の古典小説を手がかりに、
一つの地域の歴史と風景をたどってみましたが、
いかがでしたでしょうか。
潭陽を訪れる機会があれば、
『春香伝』の物語を思い出しながら、
官防堤林の森をゆっくり歩いてみてください。
それでは皆さん、
今日もどうぞ、穏やかな一日をお過ごしください。
ジロの最新情報が気になる方はこちら!
ジロ公式ホームページ:
https://jp.localnow.kr
ジロ公式インスタグラム:
https://instagram.com/localnow.kr
ジロ公式YouTube:
https://www.youtube.com/@localnow_kr





