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HOT-在宅酸素療法な母と

2015年7月から母が在宅酸素療法をするようになりました。
ほぼ同時期、父が胆石のため胆のう全摘しました。
HOT導入に至った経緯や日々の生活など、
現在進行だったり遡ったりして記録します。

少々ごたついていたので、

ブログ更新できませんでした。

しばらく遡っての記事をアップしていく予定です。

自分用の記録としても。

今日はとてもいい天気。

母の見舞いからの帰り道、駅から自転車を走らせていて、

ふと「ああ、なんだか夢の中のようだ」と思ってしまった。

 

寝不足と、爽やかな風と、暖かい陽射し、

これらが合わさってなんだかふわふわと、自転車なので体も軽く、

意識や視界ははっきりしているものの、気分的にはまるで夢の中のよう。

 

本当に夢ならいいのにね。

ここ数年、また特にここ数日、いろいろなことがあり、私なりに苦労してきた。

それが全て夢だったのなら。

 

こんなことを考えるのは初めてだった。

自分自身のことだけで、このように思ったことはないのに。

 

道を歩いている方々で、父や母に年恰好、雰囲気が似ている人を見かけると、

父、母か?と見直してしまうことがある。

 

なんだかなぁ。

昨日、父から連絡があり、家族全員で決定したいことがある、とのこと。

次女は予定があるのでその日(11/2)の夜に話をする、

私と三女は本日AM、話をしてきた。

 

要は、もし、母が気管挿管をしなければならない状態になった場合、

実際にそれをするかどうか、ということ。

 

 a.気管挿管をする→意識はなく、いわゆる植物状態になる。

             そのままの状態で心臓が弱り止まるまで維持。

             もしくは家族の了承を得て機械を止める?まで。

 b.気管挿管をしない→緩和的な処置のみ、延命処置はしない。

 

それぞれの考え方はあるだろうが、我が家は上記b案で意見はまとまった。

緩和処置のみで、なるべく苦しみ少なく、早かろうが遅かろうが自然に時を待つ方向に。

 

母本人にはそのような状況になっていることは話していない。

ネットでブログなどを見る人ではないし、ガラケーしか持っていないので、

このブログを見て知ることもないと思う。

(万が一、知人などがご覧になっていて本人を特定しても、本人には内密にお願い致します。)

 

本来ならば、本人が決定すべき事項なんだろうけれど、

それを知った時の衝撃、またその後の気の落とし様を考えると、

やはりそのまま伝えることは、家族としては躊躇してしまう。

ただ、この病気になる以前、HOT導入のずいぶん前から、母は

「もし何かあっても胃ろうだけは絶対したくないからね!」

と言っていたので、そういう意味では本人の意志を尊重していることになるのではないだろうか。

 

この判断がいいのか悪いのか、これは誰にも決めることはできないのだろう。

 

ただ、この決定が、いい意味で無駄に終わることが一番望ましいのではあるが。