おやすみかん読みあさる。元気がなくなる。眠いのに、眠れなくなる。やっぱり形で残すことが私には重要なことらしい。それが嫌になるときももちろんあるけど、心ここにあらずな私には仕方のないことだな。記憶は整理してしまっておきたい。といいつつ、散らかっている。笑明日から、あたらしい日々の始まり。
野菜チーズフォンデュこんなに野菜をむさぼったのは久しぶりだった。返ってくる言葉は予想に反していて、迷いと葛藤を呼ぶものだった。これしかない、なんて選択は与えられたときだけ。私はまた言い訳しているだけなのだろうか。下をみている。前ではなく、下を。良く見られていたい、その一心で生きてきた気がする。だからいざ選択を迫られたら右往左往しているのか、わたし。とりあえず、の精神。と言った私だけど、何でもやってみてから考えればいいと開放的になれるほど、いつも攻めの姿勢ではいられないよ。でも彼女みたいにはなりたくなかった。事後報告は毎度のこと。すがるのはまた違う気がして、後ろは振り返らないことにした。マイナスの勇気も必用なことだな。大切な人の一番でありたいと思う気持ちは誰でもあるのか。
彩り人は 自分のためにしか泣けない。誰かが死んで流す涙は、残された自分が可哀想だから。人のために流す涙なんてない。そんな文章があった。胸が痛かった。別に誰のための涙だっていい。そんなのどうでもいい。所詮人間なんてエゴの塊だ。私は最近、言葉にのまれている。言葉そのものにのみこまれている。見えないものを探すのは難しすぎるし、優先順位をつけても捨てきれない問題は山ほどあるし、どうしたらいいのか。ほとんどの人が満たされないまま生きているの?なんで年を重ねて節目を迎える度、抱えるものは増えるのにからっぽになるんだろうね。私にとって、譲れないものってなんだろう。