迎えに行った金沢駅で、
「商品の目的ってなんですか?目的と手段を取り違えていませんせんか?今日は、そんな内容をお話しします。」
と、お客が増えるプロダクションの村上さんが言った。村上さんには、夕方から始まる実践交流会で、成功事例紹介の講師をお願いしている。
正直、戸惑った。というのも、講演の内容について言われたのだが、自分に向けられている気がしたのだ。しかも、質問自体が少々乱暴な気がした。「だれにとって、」が省略されている。目的を持つ主体が抜けているではないか、と思ったのだ。
会話の中ではこういう省略は普通のこと。なので、聞かれた相手、つまり「自分にとって」、ということにになるんだろーと思いつつ、「商品の目的」という言葉が頭に残ったまま、車を会場へ向かわせた。多少の違和感をもって、講演を聞いたことがかえって良かったと、後に分かる。
商品は「売り手」と「買い手」の間に存在する。「商品の目的」を持つ主体となり得るのは、「売り手」と「買い手」の2つ。
A.「買い手」にとって、商品は、何らかの価値(効用)を得るために存在する。
価値を得ることが目的で、商品は手段ということになる。
B.「売り手」にとって、商品は、買い手に価値を提供するために存在する。そして、その見返りとして対価(お金)を得る。顧客にとっての価値を提供することが目的で、商品はその手段である。
ここまでは教科書的にまとめられる。車の中で思っていた。
予定通り講演してもらい、盛況のうちに終わる。私自身も色々と気づかせてもらった。
村上さんの話は本質的な話である。経営の根幹の大切な話なのだ。こういう話は、ひとつの気づきに触発され次の気づきが生まれる。じっくりと振り返ると、気づきの連鎖が生まれやすいのだ。
以下に、内省とともに気づいたことをまとめる。とりとめのなさはご容赦いただきたい。
1.なぜ、目的と手段が逆転するのか
「目的と手段が逆転する」とは、買い手側にある目的が、売り手側もしくは商品そのものに移る過程である。その時の手段は買い手ということになる。
そのプロセスを示す。(C→Eによって、BがB´に変容する過程)
C.人間は、自己の尊厳にこだわり、お金に囚われやすい。(根本的な原因)
お金のあるないは、人の心を大きく左右する。自己の生存本能と深く結びついているためだ。
自己へのこだわりは、自己を良く見せたい、評価されたい、対立する相手を打ち負かしたい、という自尊本能と結びついている。
D.こだわりや囚われは、他者との境界をハッキリとさせ、対立構造を生む。
自己へのこだわりは、他者との違いの中に、自己の優越性を見出そうとする意識である。囚われた心は、他者からの略奪をも正当化させる。
E.商品は自己(売り手)の投影である
商品と呼ばれる間、その所有権は売り手にある。人間は所有しているものに、少なからず自己のこだわりを反映させようとする。
そして、
B´「売り手」にとって、素晴らしい「私」が投影された商品そのものは、それ自体に価値があり、存在目的がある。「買い手」は「売り手」にその価値に見合うお金を提供させる手段である。
商品自体が目的化してしまうと、「この価値が分からないやつは○○だ!」と言い出す。こともある。○○も実は逆転している。これではお客が増えない。
2.逆転させないためには
では、B'を避けるにはどうすればよいのか?という疑問も生まれる。囚われ、こだわりのない「空の心」になるための修行をしなければならないのか。本能はなかなかコントロールできない。欲は活動のエネルギーにもなる。本能や欲は全否定できない。必要であるから備わっている。こだわりも少しくらいは必要ではないか。
どう解決すればよいのだろう?
村上さんが紹介する事例は、自己へこだわりやお金への囚われを超越する経営者が登場する。正確には、こだわりはあるがこだわる対象が自己やお金ではない。
普通の中小零細企業の社長が主人公だ。お寺で修行したという話は出てこない。と思う。
今回4つの事例を紹介してもらった。当然、お客が増え続けているという。
一つは、26年徹底的に3Sにこだわりを見せている製造業。
一つは、今年の初めに本人に登壇してもらった革新的ガソリンスタンド。
一つは、顧客のためになることは、自店の不利益になっても実行する治療院。
一つは、地域活動を熱心にやり、地元の人に好かれている美容室。
http://www.okyakugafueru.com/

①目的を問え!
村上さんのメッセージは「目的を問え」「何のためにを問い返すこと」だ。非常にシンプルだが、本質を突いてくる。手段が目的化するのは、目的の喪失なのだから。
今回の事例は、「顧客が『何に』対価を払っているのか」という問いから出発している。その「何に」を商品として規定している。通常の商品概念と違っているが、対価の反対だから真である。違っているから差別化にもなる。そして、
そこに徹底的に資源を投下している。②客観性の確保
しかし、実際は「何に」が分からないのである。特にこだわりがあると、形ある商品に目が行き、そこから離れられない。分かっていると思う人ほど、分ってない場合の方が多い。客観性が必要なのだ。実際に顧客に尋ねる方がいい。
③顧客視点から目的の共有へ
4つの事例に、自社や商品や技術に対するこだわりが出てこない。というより、発想の主体に、自社(売り手)が出てこない。目的、目標の置き方が徹底して顧客(買い手)視点である。というより、商品は「買い手」のためにある、「買い手」には買う目的がある、「売り手」も「買い手」と同じ目的を共有しているのだ。
④主客一致(顧客との同一化)
もっというと、自社と顧客が同一化しているようにも見える。「売り手」と「買い手」に境界がないのだ。当然対立構造などない。同じ場にいる「売り手=買い手」とう存在があるだけなのだ。
極論すれば、経営の主体は「買い手」一つでいいということになる。教科書的な冒頭のBの記述すらいらないのだ。「売り手」と「買い手」と分けるだけで、すでに対立を内包させてしまう。
そう考えているうちに、最初の村上さんの言葉に、「誰にとって」、「自分にとって」、こだわっている自分に、顔が赤らんできた。
⑤中空構造
もともと、日本人は、「相手」のことを「てめー(手前)」といったり、「自分」といったりする。主体と客体があいまいなのだ。二項対立を嫌い、線引きせず、中空に対立要件を放り込んで曖昧模糊とさせて、良く言えば調和させてきた。その心を取り戻せばいいのか、とも思わせてくれた。
⑥思考実験
こだわり、囚われをなくすには、自己をゼロにし、顧客と同化させればよい。いっそのこと、会社は顧客の所有物だと考えればよいのだ。社長も社員も商品も社屋も車も、全部顧客のものだ。
と安易に考えたものの、もし商品を悪意のある誰かに盗まれた場合どうするか、という疑問文も頭に浮かんできた。利益の損失として怒るのか。それとも、本来、顧客に喜んでもらえるはずのものを失ったと、顧客ために泣けるのか。
⑦未熟さの確認
私には、まだまだ修行が必要なようだ。

第76回北陸ランチェスター実践交流会 2015年3月20日
成功事例研究 お客が増えるプロダクション 村上透編集長講演
http://www.okyakugafueru.com/村上さん、参加いただいた方々、参加できなかった会員の皆様に感謝申し上げます。