60歳を超えて

60歳を超えて

なんだかんだといっても人間60歳の還暦を迎えてしまい、今までの経験したことなど反省の意味を込めて残して行こうと思っています

Amebaでブログを始めよう!
最近、近所の公園の植栽を眺めていて

ドウダンツツジ

これはなんという木かと・・・「ドウダンツツジ」というんだそうな。そういえば秋には葉が真っ赤に色づいているのを見たことがある。木の説明は「新・花と緑の詳しい図鑑」にある。
ドウダンツツジの命名の由来はWikipediaにある。

これの側には少し遅れて「ハナミズキ」が花をつけはじめた。

ハナミズキ


「つつじ」で国立について連想することがある
国立のことで以下のことを覚えておられる方は少ないだろうか

①1969年11月に国立に引っ越してきた年にある事が報道された
いわゆる、「大学通り歩道橋問題」である
経過はネットで調べてみると、参照してほしい

結果は翌年11月にスロープ式の歩道橋となったのだが・・・
この歩道橋とは、現在は桜を撮影する絶好の撮影ポイントである

また、岩井俊二監督で『四月物語』のロケが行われたことがある
あらすじはallcinemaによると


「Love Letter」「スワロウテイル」の岩井俊二監督が、松たか子主演で、上京したばかりの女子学生の日常を優しく瑞々しいタッチで描いた中篇。桜の花びら舞う4月、大学進学のため、生まれ故郷の北海道・旭川を離れて東京でひとり暮らしを始めた楡野卯月。彼女にとっては毎日が新鮮な驚きであり、冒険だった……。だが、彼女がこの大学を選んだのには人に言えない“不純な動機”があった……。

登場する大学は「武蔵野大学」
wikipediaによると


実在する「武蔵野大学」とは2003年に武蔵野女子大が名称を変更したもので
映画の大学は映画は1998年に製作されたので架空の大学である

②1999年11月にはこの歩道橋の少し西側に東京海上保険の計算センターがあったが、この跡地に建ったのが、
明和地所の14階立て高層マンションである。このマンションについて訴訟が起きた
着工から1か月後に国立市は高さ20m以上の高層建築を制限する条例を制定
しかしながら完成
第一審では住民に景観権を認め、高さ20m以上の部分を撤去せよ、というものであった
控訴審では
        「景観が良好かどうかは人によって違う主観的なものであり、裁判所が判断することは適当でない」と指摘。
        「個々の国民が個別的な権利・利益として良好な景観を享受する地位を持つものではなく、個人の人格的利益とは言えない」として、
1審とは逆に「景観利益」を認めない判断を示した。
最高裁判決では住民敗訴確定

これらの経過はwikipediaに詳しい。

また、国立市のHPにも出ている


今回これらのことを詳しく取り上げるつもりでは無い
というのはこの東京海上の正面玄関の前にあった「ツツジ」の景観を思い出したのである
実に素晴らしいものだった。マンションになって残念だったのが、あの「ツツジ」・・・

そういえば今年の桜はNHKの「小さな旅」で取り上げられている(4月27日放送・5月3日再放送)
さくら道でー東京 国立市ー


また、最近のビデオで『謎解きはディナーのあとで』は国立が舞台、
小学館のサイトにあるので紹介しておこう

観るつもりはあるが、レンタルビデオは「最新作」・・・


またこの5月3日には「くにたちハッピースポット」にあるが、忌野清志郎の「忌野忌2014」がある

「多摩蘭坂」か!



 昨年12月に永井荷風「春情鳩の街」を原作に東宝で映画「渡り鳥いつ帰る」のマスコミ試写会や興行主への宣伝資料として作成された、縮刷台本を入手し紹介しましたが、今回VHSを(DVD化されていません)入手しました。・・・現在DVDに移す作業にかかっています。

VHS

このVHSはあるレンタルショップのレンタル用です。中身には管理用のシールが貼られています。(私が消しました)

VHS中身

縮刷台本と並べてみました。(うれしさのあまりピンぼけです・・・)

VHSとシナリオ

内容についてはBlog「ふらり道草」を参照下さい。
とりあえず報告まで、また鑑賞後に感想をアップします。




再開します!なんて言いながら手がしびれて・・・
今日の陽気に・・・毎年の恒例の場所からの桜見物へ
コンビニの期間限定のパン持参で行ってきました。

お弁当

桜2

桜1




 一昨日にお伝えしたように本日からBlogを再開いたします。
何分にも不注意から雪による転倒で右手首を骨折してしまい、
"齢"を改めて実感することになってしまいました。

今回は再開に際していきなりテーマを述べることはせず近況を兼ねて
我が愛する"国立"から・・・もう3月も終わり4月の足音が聞こえて来ました。
「雪」にはすっかりトラウマになってしまいましたが・・・

国立市民の石井めぐみさんがBlogで取り上げられているが
もう「梅」は終わりか・・・タイトルは、梅の花もそろそろ終わり・・・♪


前にも取り上げたのですが、最近思うこと・その2(国立)
国立のFree Paperの『国立歩記』26号(季刊で年4回)が投函されていました。その紹介から

今年も"例の歩道橋からの"桜並木が楽しみです。
毎年の写真を比較して掲載する予定です

桜フェスティバルは4月5日・6日の二日間です。
桜の名所で必ずリストにあげられる桜並木、それを守る桜守について紹介されていますので
今回はそのHPを紹介しましょう

「くにたち桜守」
本日の桜の状態がアップされています(「大寒桜」)

満開の時に、お近くにおいでの節はお寄りください。

本日は御挨拶程度で短くてスミマセン。明日より本格的記事を投稿してまいります。
長期の放置状態であったことをお詫びいたします。

 原因は東京に2度に亘る大雪のためでして・・・1度目の2月8日に朝に転倒して右手首を骨折してしまいました。そのため箸も持てない状態が続き、その後も神経に対してダメージがあり、1ヶ月半の安静・リハビリをしておりました。・・・先週からやっと右手首を回す動きができるようになりましたので・・・明後日より投稿を再開いたします。
 今回はその2に続き2011年デビューの踊り子さんの足取りである。前回いい忘れたが"週"の数え方で、原則10日としているが浅草は20日で"週"としてみた(結の場合8日、11日や21日の場合がありますがこれも1週としました)、別の言い方をすれば"~館目"ということになるか、これには異論があると思いますが、一応どれだけの公演をこなしたか、という点で比較しようとしたための便宜と、ご了承下さい。
 2011年デビューは総数25名、2013年10月末で現役は8名である。浅草は3名デビューで現役は0人、SNAは20名デビューで、現役は8人、川崎で2名デビューで、現役は0人、
2001年以降で見れば、2009年と同数の8人が現役である、他の年はそれより少ない。2011年組は"中堅"としての座を占めつつあるようだ。メンバーは板野舞、香山蘭、沢村れいか、小嶋実花、初芽里奈、小宮山せりか、赤西涼、上田結舞の8人である。
2011年デビューの特徴としてデビュー週を"消化出来なかった=途中で降板した"新人が2名出たことである。

11年デビュー・全


●浅草

2011浅草2

2011浅草1

2011年の浅草デビュー組の特徴は浅草のみで舞台を去った二人、一人はロングで35日間、もう一人は20日間とデビューのみであったこと。残り一人は4館を経験している。


●SNA

2011SNA2


2011SNA1


SNAデビューの踊り子さんは2010年と同様"短命"であることはグラフを見てもらうと一目瞭然である。ちょうど半数が3館目では観れなくなっているし、1年以内。ただし今なお現役を続けておられるのが8人という"逞しい"次第である。彼女たちはそれぞれ個性的で実力派であるということが明らかになっているようだ。次回は2012年組を予定しています。


なかなか続きがアップ出来ずm(__)m 
もう松の内が過ぎてしまったので正月飾りを片付けましたが、片隅でこれだけは飾っています・・・

キティー・馬


あけましておめでとうございます。

早いもので2012年6月6日よりこのBlogを開設して以来1年半になりました。その間75000アクセスをいただき、ありがとうございます。昨年夏以来多忙を理由に更新の回数が減り申し訳ないことを致しております。原稿だけは「うず高く」できているのですが、校正に時間がかかって・・・言い訳にはなりませんが、思いつくままに原稿をアップしていきますのでよろしくご教授・ご指導のほどよろしくお願いいたします。

2014_おせち





しばらく多忙により更新出来ませんでしたので申し訳ありません。

先日、下記の本を入手しました。


「渡り鳥いつ帰る」


これの背表紙には「東宝シナリオ選集」とある。私の調べ方が悪いのか、「東宝シナリオ選集」を調べてみたが、よくわからない。電脳小僧の特撮映画資料室によると、"マスコミ試写会や興行主への宣伝資料として作成されました。縮刷台本は、いつ頃から制作されたのかは不明であります。(何れも非売品です。)"とあったのがわずかに知れる情報であった。


確かに縮刷台本で、手にとった時、台本なのに新書版よりやや大きいくらいの大きさで、あまりの小ささに驚いた。
日本映画写真データベースに写真が掲載されているので在りし日の森繁久彌氏を観ることができる。


『渡り鳥いつ帰る』は1955年6月21日公開の作品で、『鳩の街』を舞台にした作品である。

allcinema の解説によると、
"
永井荷風の短編小説『にぎりめし』『春情鳩の街』『渡鳥いつかへる』を、久保田万太郎が再構成し、八住利雄が脚色した。"とある。
出演は久慈あさみ、高峰秀子、淡路恵子、田中絹代、森繁久彌らそうそうたるメンバーである。

小林旭の『渡り鳥』シリーズとはよく似ているが、別物である。
この作品はDVD化されておらず、VHSが出ているが入手困難で、私は未だ観ていない。


永井荷風氏の『春情鳩の街』についてはBlogで先に触れたことがあるので参照下さい。
以下の4箇所である。

1.永井荷風とストリップとドラマ「我が家の歴史」で浅草通いの時に書いた作品という点で、題名を紹介した。
2.永井荷風とストリップと浅草ロック座で舞台に産婦人科の先生役で登場した永井荷風氏の一場面を紹介した。
3.文豪と浅草(中澤氏『踊り子風流話』より追加も)には大都劇場の初日を『断腸亭日乗』からの記載を紹介した。
4.浅草案内:『土地の記憶 浅草』で平野斗史の文章で、昭和24年に"劇団美貌では、呼物の永井荷風作「春情鳩の街」絵看板・・・"

と4度登場している。


なんか因縁のようなものに惹かれて・・・「永井荷風」の条件反射で入手してしまった。


なお、『春情鳩の街』は『小説世界』1949年7月号(カストリ雑誌)が初出である。表紙は

小説世界

本文


この雑誌は国立国会図書館の憲政資料室でマイクロフィルムとなって保存されています。

マイクロフィルムには戦後の雑誌の検閲書類が付いているので、貴重な資料なので紹介しておく。

検閲文書

相当読みにくいので、項目を書き上げると、
タイトル:MAGAZINE EXAMINATION
雑誌タイトル・出版社・所在地・編集者名、詳細項目には出版数・総ページ・価格などの項目があり、Final ActionはOKである。
2ページ目には「Possible ViolationはNoに、Possible InformationはNoにチェックがある。

現物を見たのは初めてだったので興奮した。

 検閲制度についてはWikipediaによる解説がある。

 雑誌については、早稲田大学20世紀メディア研究所の占領期新聞・雑誌データベースにあるのでそれを参照してほしい。


なお、『荷風全集』第12巻、『現代戯曲大系』第一巻に収められています。


再びallcenimaより解説を引用しておこう。

"伝吉は戦争の混乱に妻と 娘と離ればなれになってしまい、鳩の街にある〈藤村〉の主人となった。そこには様々な境遇を抱えた女たちが働いていた。自分に夢中な寺田から逃れるため、 栄子は伝吉を誘って駆け落ちする。伝吉の妻の千代子は由造という男に助けられ、一緒におでん屋を営んでいた。ある日、伝吉と栄子、由造と千代子が偶然にも 出会ってしまう。生き別れた妻が娘を育てていることを知るが、伝吉は今の自分の立場をわきまえ、このまま身を引くことを決意した。酒に酔った伝吉は、誤っ て川に転落してしまう。"

長くなりましたので、今回はこれまでにして、次回は縮刷台本にもとづいて内容を紹介してみたいが・・・




前稿で「ブラック企業化?」と述べたが、言い直しておこう。
"新人にとって『旬の時期』は短くなってきている"であろうか。

これから先は単に数字をもてあそんでいるという批判もあろうかと思います。ストには数字では測りきれない"魅力"があるのはもちろんで、それが劇場に足を向ける"動機"で、私も虜になっています。でもこういう一面があるということも紹介したいと思って"大変長く"なりますが、述べることにしました。

デビューという試練を乗り越えたと思ったら、他の劇場で更なる試練の時を迎える。デビュー時は緊張しているし、雰囲気もわからないくらい、システムに慣れ る暇もないだろう。自分の描いていた姿とは実際に異なると思う。そして自分がこの世界でやっていけるのか、その覚悟を自問する。

確かに劇場からの"お呼び"は自分に対する評価でもあるが・・・"お呼び"がかかって乗れたとしても、他の劇場の雰囲気=客の反応が異なることに戸惑いが生じるであろうことは推測できる。
そこで、今回は2010年以後の新人が、どうこれらを乗り越えていったのかたどってみよう。

ちなみに私が踊り子さんを崇拝するのはその「覚悟」、総てを人前にさらけ出す行動が「潔い」と共に自分ではあれほどの決意はできないであろうと思う故に 「愛おしい」のである。だから彼女たちの踊りにのめり込む、そして惜しみなく賞賛するのである。「何を表現しようとしたのだろう?」彼女たちを観ていると 若返る?そして楽しいひと時・その瞬間を過ごすのである。

これくらいにして本題に移ろう。ストという世界に一歩足を踏み入れて、彼女たちはどうして行っただろう。
まず2010年デビューの56人、今なお現役で頑張る6人を除いた50人の足取りである。

デビュー全

右の図はデビューした56人がどの劇場で第一歩を踏み入れたかである。浅草が10人、SNAが39人、川崎3人、浜劇3人、マカオ1人である。浅草でいきなりデビュー?とは驚くのですが、2010年は10人もいたのですね。「いつか浅草に登る!」という目標がSNAや他の劇場でデビューした彼女たちの目標となっていく・・・それに対して、最初から浅草では・・・他の劇場のシステムに"馴染めるか"が肝心となる。劇場の規模、照明、音響、それに"ポラとオープンショー"・・・あまりのギャップに唖然とするでしょうね。


左は不幸にして引退・休業となった50人がどれだけの週で(何回目の劇場を済ませたのか)をグラフにしてみた。

おおまかに見て50人の半数以上が2週目で劇場を後にしている。「こんなのとは違う!」だろうか、でも浅草を一度観て「私も踊り子になりたい!」とデビューしてくる子もいるのですが・・・


次のグラフは足を踏み入れて、今はその姿を見ることが出来ない(ひょっとして復帰する可能性はないだろうか?)までの劇場別(浅草とSNAのみですが)日数である。便宜上デビュー週は10日 と限定できないので①30日以内②31日から100日以内③101日から200日以内④201日から300日以内⑤301日から1年未満⑥1年から2年未満⑦2年以上、の7つに分けて人数をグラフにしてみた。


●浅草

2010浅草・休業まで

上はデビューから最後の出演までの日数、下は劇場に乗った日数である。
5人が1年以内、30日以内が観ることが出来た日である。

2010浅草・週

5人が2週(2館)で去った。やはり浅草とのギャップがあったのだろうか・・・
今現在の現役は、真白希美さん、白石美咲さん(途中1年のブランクがある)の2人である。一度は劇場で観た方も多いと思います。


●SNA

2010SNA・休業まで

SNAでは31日から100日以内の部分に50日の区切りをいれてみた。上のグラフでお分かりと思いますが、50日以内で19人が劇場を去った。

2010SNA・週

浅草と違って3週目までで39人中24人が劇場を去った。

今現在の現役は、4人、鈴木茶織、羽月希(デビュー週以降2年10ヶ月のブランクで復帰されたばかりなので、悩んだのですが・・・)、MIKAさん、あすかみみさんである。4人のうちMIKAさんだけ未だ観ていないので、乗られた時に是非行きたいと思っています。(羽月さんも)

これだけグラフを見て明確にわかることは1年の周年を祝える人が少ない、新人を観る機会はデビュー週以外には極端に少なくなるので急いで行かねばならない。また踊り子の"旬"は1年から2年であるという残酷な結論を下さざるを得ない。今現役でおられる踊り子さんの踊り、体のメンテなどにかける労力を想像すると、劇場に行く度に感慨がまた変わります。


今回は2010年である。おりおり2002年までさかのぼっていくつもりですが・・・今回大変長くなり、考え中です。

前稿でお知らせしたように、今回は踊り子さんのデビュー人数と業界の動きを合わせて見てみることにする。前稿で取り上げた人数グラフの右に業界の動きを加えてみよう。

デビュー表2-1

少し見難いので、下に右半分だけを見てみる。

これを2000年から2012年までの人数と比較してみると、改正風営法施行や東日本大震災の影響で増減があることが一目瞭然である。

デビュー表2-2

2002年から2004年までの(2005年までの山ならば4年間)増加は写真集などの出版が拍車をかけたか?

2006年の改正風営法施行が大きく影響し、減少。

ところが2009年から2010年にかけて2つ目の山が訪れる。それは小向美奈子の出演が大きくマスコミを騒がせた影響か?

これが2011年の東日本大震災で減少。


これに加えるに、昨年11月に取り上げたが→ストリップ業界年表②(再掲)


2012年は当局の通称「ガサ入れ」も大きく影響し、劇場の減少も影響しているようだ。ここで劇場側は観客動員の増加を図るべく、2013年は特色ある新人のデビューをしているようであるが、果たして何人残存するであろうか、ロック系の1985年以来のデビューは総数602人、いまのところ現役は88人で残存率は15%ほどである。

今年デビューは10月末までで、27人、今のところ休業は5人・・・果たして・・・ベテランの引退・休業が相次ぐ中でもあるし・・・実力のある踊り子さんに劇場に乗る機会が減ってしまうし、逆に乗っている踊り子さんは次から次へと休む暇がなく、故障するようなことがなければいいが・・・客にとってはあまりおもしろくない。心配は尽きない・・・


次回はデビュー後の新人の動きを見てみよう。前稿で取り上げたように、休業や引退までに劇場に実際乗る日数に少し変化が見られるようである。例えば休業までに200日超えもあるのに、劇場には50日程度(5週)とか、だったのが・・・それが休業までの日数が少なくなっているようだが・・・私が集計した踊り子さんで筆頭と思われる菜摘りんか嬢は休業状態になるまでの日数1096日のうち、劇場にいたのが623日で、なんと60%弱劇場にいたが・・・最近は「ブラック企業化?」