第六話 ① | 小説・混雨 【まじりあめ】

小説・混雨 【まじりあめ】

学生時代に制作した映画の小説。カナダ・バンクーバーを舞台にしたストーリー。

2000年バンクーバー

バンクーバーの抜けるような青空がどこまでも目に入ってくる。
あれ、空ってこんなに広かったっけ。
四角い空の中で長い間暮らしてきた太郎はそう思った。待ちに待った出所の日だが、今まで厳しい規則の中で暮らしてきた太郎には全く手枷足枷のない「自由」と呼ばれる生活に一抹の不安を感じてしまう。

幸い圭介との約束があるから良いものの、もし無かったとすればどうやって暮らしていけば良いのやらとつい考えてしまう。


1年半という長いようで短い期間だったが、バンクーバーの街並みは若干変わっていた。

今まで無かった数々の店達がロブソンストリートに顔を並べている。流行と観光客に敏感なこのストリートは店舗の入れ替えも目まぐるしい。太郎が昔通っていた馴染みのカフェも、いつの間にかスターバックスに代わっていた。

あれだけ客が入ってなきゃ当然だよな、と太郎は一昔前のロブソンを思い出しながら、新顔のスターバックスのドアを空けた。



何気なしにオーダーを待つ列の最後尾に並ぶ。

店内では緑のエプロンを着た店員が棚の前で商品の説明をしている。カップなどが並べられた一角に”ヒーローに捧げる”との文字が書いてあり、なにやら店員がその前でビラを配っている。

ぼーっと眺めていた太郎を見つけて、その店員が太郎に持っていたビラを渡した。

”ヒーローに捧げる”チャリティーグッズ販売、とある。どうやらこのスターバックスで以前殺人事件があったようだ。見知らぬ客が拳銃をもって店内に押し入り、店員の一人を撃とうとした。それをかばった別の店員が撃たれ、死亡したようだ。死亡した店員をヒーローと称え、彼の遺族のためにチャリティーグッズを販売しているのだ。


太郎はつい、にやっと笑ってしまう。これって確か、あいつのことだよなあ。
太郎は刑務所に入ってきた一人の若い男を思い出していた。半年ほど前のことだ。そいつの名前はエドといった。20代後半ぐらいの長身の男で、金髪、白人の典型的なカナダ人だ。その体格に似合わず、常におどおどしていた彼は、何をするにでも相手の出方を伺うようなやつだった。


ふと何かを思い出したかのように、俺はやってない、俺じゃないんだ!と泣き叫び、その度に監視員に取り押さえられていた。とても殺人を犯したとは思えないその男だが、なにやら友人のいざこざに巻き込まれた末、カフェで銃をぶっ放したという話を噂で聴いた。

あいつがこの犯人か、、、。


不思議な縁とも言えないこの縁につい、にやっと笑ってしまったのだ。わからないもんだな。変なとこで繋がりってのがあるもんだ。
ビラを渡した店員につい口がすべりそうになったが、寸前のところで押しとどめた。

俺はこいつを殺った犯人を知ってんだぜ。しかもあんたたちが願ってるように、こいつは罪を償おうとも思っていなければ、
やったことすら自分で信じられない。そんなクソみてえな野郎にあんた達が言うヒーローはやられちまったんだ・・・

ビラを配っている店員がどれほど殺害された店員と親しかったかはわからないが、見る限り既にこの店員は無くなった職場の仲間へ、
というよりも商売の一環としてビラを配っているように見える。時が経てば悲しかった思い出も次第に風化されてしまうものなのかもしれない。

それにしても人間の繋がりはつくづく不思議なものだと思う。自分の行きつけのカフェが入所中につぶれ、新しくできたカフェでは殺人事件が起こり、その犯人とは収容所で顔を合わせ、今こうしてそのカフェで亡きヒーローのチャリティーを行っている店員達からコーヒーを買う。
何のために生きて、何のために死んでいくのか。そんな太郎にとってはどうでもいいことをふと考えてみた。