1997年のXmasの朝、けたたましい電話の音で起こされた。
電話の主は、酷く冷静な声で雪の自殺を告げた。
その日は嘘のように晴れた日だったが、その日がどのように過ぎ去ったのかはあまり覚えていない。電話を切った後、わけもわからず圭介に電話した。そこでどういう会話が行われたかは記憶が曖昧で、気がついた頃には圭介の車でバンクーバーへと向かっていた。
病院についてしばらくすると、真己、星子、逸平、伊佑が駆けつけてきた。今思うと、圭介が彼らを呼んでくれたに違いない。あまりに動転していたため、茶子はネルソンの親に電話で報告することすらままならなかったのである。
そんな茶子の様子を案じてくれた圭介が、その後の手配もテキパキとこなしてくれた。一番悔しく、泣き叫びたかったのは圭介に違いない。
そんな思いを胸の中にぐっとしまい込み、適切な対応をしてくれた圭介には感謝している。同じ年ながら、圭介は1つも2つも年上に見えたものだ。そんな圭介も、姉の死をきっかけに連絡が途絶えている。
圭介のことを思い出すと茶子は不安になる。いつもは穏やかな圭介が、あの日一瞬だけ今まで見たこともないよな表情を浮かべたのだ。
あんな圭介は見たことがなかった。優しく、穏やかで、姉と圭介は誰もが羨むカップルだった。
医者の口から出た言葉。
「雪さんは誰かに暴行された疑いがあります。体内から男性の体液が検出されました。」
茶子にしても信じられない一言だったが、それ以上に圭介の表情が気になった。今までに見たこともない、激しい憎悪の目が医者に向けられていたのだ。もちろん圭介はその医者がにくかったのではなく、暴行しただろう相手に激しい憤りを感じていたのであろう。
あれから、すべての歯車が狂い始めたのかもしれない。みんなとの連絡も徐々に途絶えていった。雪の死が直接の原因ではないが、今までみんなの中心として支えてきた圭介が雪の死によって連絡を取らなくなったのである。中心がかけると、輪は次第に崩れていく。
茶子もしばらく一人になって考えたかった。
親友のようにともに過ごしてきた姉の死は、茶子の生活に深い影をもたらした。勉強も手がつかなくなった。両親には自分で理不尽とわかっていながらも、辛くあたった。
茶子の深い悲しみを知っている両親も、あまりきつくは叱らなかった。姉の死を現実として受け止められるようになったのはここ最近の話である。
つくづく自分は弱い人間だな、と茶子は思う。姉の死を理由に現実から逃れようとしていた部分がある。気づきながらも、どうしようもできなかった自分の弱さを情けなく思っていた。そんな自分を立ち直らせてくれたのが、先日ふとした拍子に見つかった雪の日記である。
最後の日付は1995年3月30日になっている。雪の旅立ちの前日だ。
最後の日の文章は短くまとめてあった。
I'll be back and We'll meet again
I'll be back and We'll meet again
Good - bye but someday I'll love to say hello
Good - bye but someday I'll love to say hello
明日から新しい生活がバンクーバーで始まる。絶対に夢を叶えてみせる。
あの日みんなで誓った夢。
1995年3月30日
雪
一度流れ始めた涙は簡単にとまらなかった。雪は決意を胸にバンクーバーに旅立ち、動かぬ姿になって故郷に戻ってきた。
無念だっただろう。最愛の人、圭介にも悟られぬまま、この世を去っていった姉を思うと不憫でならない。
茶子は叶えてやろうと思った。雪がいなくなり、1ピース欠けてしまったけれど、あの頃みんなで誓った夢を絶対に叶えてやろうと思った。
自分のために、そして、雪のために。
