デリックはこのバンクーバー収容所で出会った良き友である。彼の詳しい生い立ちはわからないが、南部訛りの白髪が目立つ品のいい老人である。
70歳ぐらいであろうか。あるいはここでの厳しい生活が彼を老け込ませ、実際には見た目よりもっと若いのかもしれない。とても犯罪に手を染めたとは思えないほど落ち着き払った彼の振る舞いは、囚人達の間でも一目置かれる存在だ。
圭介が彼と初めて会話を交わしたのは、年末の掃除の時だった。作業場の掃除を任された圭介は、一人黙々と仕事に勤しんでいた。日ごろ模範囚として扱われていた圭介には監視の目が緩みがちになっている。この日も、特に監視の目はなかった。
監視の目が光らない場所で、孤独から逃避するために圭介は幼い頃ネルソンの仲間達と歌った歌をよく口ずさんだ。圭介の最愛の人、雪がよく歌っていた歌だ。
I'll be back and We'll meet again
I'll be back and We'll meet again
Good-bye but someday I'll love to say hello
Good-bye but someday I'll love to say hello
そんな時、デリックから声をかけられたのだった。およそ歌とは無縁で育ったデリックは、圭介の何か物悲しげに歌う歌に興味を持ったのだった。
「なかなか、いい歌じゃないか。俺は歌のことはよくわからんが、なにか深いものを感じるな」
とデリックは言った。
「昔の仲間とよく歌った歌なんです。」
「へえ~、仲間ねえ。いいもんだな、その歌で昔を振り返られる。そして前を向いて生きていける」
とデリックは自分の言った台詞をキザに思ったのか、頭をかいた。
「けっ、くせえこと言ってんじゃねえよ」
遠くから切れ味の鋭い目で睨んでいる若者がいる。見たことのない若者だ。どうやら新参者のようだ。
「相手にすんなよ、うちの隣に入ってきた太郎って若造だ。同室の奴とももめてな、厄介なやつらしい。な~に、ほっておけば問題ないさ」
とデリックは笑顔で圭介につげた。大人の余裕を感じさせるデリックの態度に太郎もそれ以上突っかかることができないようだ。
圭介を睨みつけ、けっ、と捨て台詞を吐きながら立ち去っていった。
太郎との出会いはこれが最初だった。妙に鋭い目つきと、何かに常に噛み付くような彼の姿勢は圭介の頭に強く刻まれた。その後も圭介は太郎を何度か収容所で見かけたが、大抵は揉め事の最中だった。当然のように彼の周りから人はいなくなった。
この収容所で揉め事を起こすことは、彼らの刑期を延ばしかねない。誰一人として一日でも早く出たいのである。
圭介には不思議だった。太郎にしても、刑期が延びることは好ましくないはずである。既に仮釈放の機会も揉め事により奪われている。
鋭い目つき、必要以上に他人につっかかるところなど、圭介はどうも太郎の態度が腑に落ちなかった。収容所に一生いさせてくれとでも言わんばかりの言動なのだ。
その後、圭介に対しても何度か突っかかってきた。圭介はデリックに忠告されたとおり、できるだけ相手にしないよう努めたが、昔の仲間について太郎に罵声を浴びせられ、我を失ってしまった。太郎の襟元を掴み、殴りかかろうとしたところを看守に止められたのである。
圭介は、今までの模範的行動や、太郎の今までの態度などから仮釈放の取り消しだけでことは済んだ。
圭介は相変わらず太郎の言動が腑に落ちなかった。太郎は何かに逆らっているというより、何かを必死で求めているような気もした。
圭介には一つだけ思い当たる節がある。いつも太郎との衝突がある時は、圭介が昔の仲間について話をしている時だった。
あいつ、妙に仲間に反応するな。そう言えば、あいつが入所した理由もしらねぇしな。
圭介は一人囚人部屋で考えた。なぜに仲間に対してそんなに敏感になるのか、あいつの過去に何かが隠されているのか。
5分もすると、圭介は考えるのを辞めた。もともと頭を使うより体が先に動くタイプである。いくら考えても、圭介の思考力ではそれがひどく無駄な作業のように思えた。
案ずるより、先ずは行動だ。圭介は太郎に近づいてみようと思った。
