1998年 バンクーバー
一際高い塀に囲まれたこの一角は、付近の住民から忌み嫌われているバンクーバー囚人収容所だ。
雨の多いバンクーバーで、久しぶりの快晴の日も、この一帯だけはどんよりと雲がかかったように見える。6つの棟から成るこの建物は、50年以上前にここバンクーバーに設立された。
太郎は執行猶予なしの懲役1年3ヶ月の実刑判決により、この収容所に収容された。
実質、太郎は今回の事件が初犯にあたり、19の若者であることから執行猶予付きであってもおかしくない状況だったが、この裁判にはいろいろな思惑が入り乱れた。
被害者は全治3週間のけが。背後にあるマフィアの流れに疑いがもたれたが、これと言って事実関係は立証されていない。被害者との間で示談が成立していれば執行猶予にも結びついたかもしれないが、太郎には昔から両親はおらず、被害弁償に応じる金を持ち合わせていない。
検察側は太郎の今までの犯罪歴、ドラッグ密輸の疑い、殺人未遂、ギャングの一掃などから初犯であっても懲役5年の実刑判決を求刑したが、証拠の不足や(なぜか使用されたビール瓶は見つからなかった)、被害者が極度のドラック中毒者であったこと、背後関係が明確でなく、また太郎の迫真の演技による正当防衛の主張などから情状され、刑減されたのであった。
裁判官は被害者側の背後に見え隠れするチャイニーズマフィアの往復なども考慮した上で、太郎の身柄保護も含めて1年3ヶ月という実刑判決を下した。
5204番。それが圭介の呼称番号だ。
熊白圭介、ネルソン出身の19歳で、ドラックの密輸へ関与したことにより逮捕。この収容所に収容されてから半年弱の月日が経っている。圭介はこの収容所にいる他の囚人のような根っからの悪ではない。
どちらかというと、そこら辺の若者よりはよほど出来た人間だ。不幸なことに、圭介が逮捕された事件には莫大な裏金と黒幕が潜んでいたため、ただの密輸事件以上の処断が下された。
圭介は昨年起きたあの事件の真相を解明するために、どうしてもまとまった金銭が必要だった。そんな時友人から頼まれた仕事を引き受けた。その仕事は初めてやるまでドラックの密輸とは知らなかった。信頼していた友人の頼みだったため、微塵の疑いもなかったのである。
嵌められたといってもおかしくない状況であったが、圭介は依頼した友人を少しも恨んでいなかった。金に心を動かしたのは自分自身の失態だと思っているからだ。
圭介は、半年弱という期間を収容所で過ごしたため、ここの生活にも慣れてきていた。あまりにも厳しく規則化された毎日ではあるが、厳しさの合間にあるちょっとした時間や、そこで見つけた仲間などとの関係が幾らか収容所生活を楽にさせた。
