本日は、テーマ2️⃣作句の裏側を語る回のテーマで日記を書きますが、どちらかと言うとテーマ6️⃣の俳句雑談回に近いです。

残念なことに、今日は長めな話です。


めんどくさいとか、俳句にあまり興味ない方には向かない話でして、すら~っと、スクロール推奨(スクロール二回くらい) (笑) 日記です。


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皆さんは、『時計反応』という言葉をご存知でしょうか?


薬品同士を混ぜ合わせると、透明だった液体が突然反応して、一瞬で違う色の液体になる現象の事らしいです。


ヨウ素時計反応などがその代表例です。

詳しくはYouTube等で検索してみてね🎵


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二つの液体を混ぜ合わせ、しばらくしたら、一瞬で色が変わってしまった。


そんな様子を眺めていたら、もしかしたら俳句もこれと同じことなのかな?


と、そんなことを思ってしまった。


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ず~っと、俳句は不調なんです…


不調だからこそ、ず~っと俳句について考えを巡らせています。


1️⃣ 見つけてきた光景が面白いと詠んでみても、光景(=映像化のこと)になってないと俳句としては微妙なことを去年は学びました…


イヤと言うほど…😭


2️⃣ 実際に光景にしようとしても、どうしても日々散文に慣れていると、光景にすることの難しさも少しだけど、理解が追い付いてきました。


動詞だけに、どーしても動詞で説明したくなっちゃうんですよね~😭


3️⃣ そのためには、光景を持っている名詞を助詞や動詞1つまでで繋ぐと良いというのも頭では理解しました。


まだ、出来てないけれど。


4️⃣ 言いたいことと、描いた光景が合致していることの難しさも、近頃苦労していますが、なるほど🎵と理解が追い付いてきました。


で、今日の話は次の五番目。


5️⃣ 季語の化学反応に親しむってこと。


🔹🔹🔹🔹🔹 本題です。


それぞれの季語には、その季語なりの意味があり、背景があり、具体的な光景を持っていたり、抽象的な雰囲気を持っている季語があったりします。


例がないと説明しづらいので


もうすぐ迎える『立夏』りっか。


毎年、5月6日前後。


この日から暦の上では夏ですよ~🌿


と言うのが主な意味だけれど、イメージはあるものの、これが立夏です!という光景はない名詞ですよね。


ふんわりとした印象や気配を感じる季語です。


一方で具体的な光景を持っている夏の季語…


最近何かとコマーシャルが流れている『麦酒』ビールなんて、どうですか?


意味がどうのと考えるよりも先に、琥珀色の炭酸飲料の画像が先に思い浮かびますよね。

『立夏』には立夏の、『麦酒』にはビールの持っているイメージがあります。


その持っているイメージは、俳句では言わないルールになっています。


季語のイメージは、季語に任せるってのが、俳句の最低限のルールのひとつ。


内容+季語→結果として季語のイメージを呼び覚ます→取り合わせと言う。


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で、今日語りたい内容は、どんな内容を取り合わせるのがベストなのか?


これが出来てなくて、ことごとく投句で惨敗中なんですよ😭


人生は儚い。


短い人生の中でも生きているといろんな経験をします。


例えば、飼っていた犬が旅立ってしまったり…


庭に犬小屋があって、花壇があって、垣根があって…そう言う光景としましょうか。


最近は、ワンちゃんも家の中で飼う家庭の方が多いと思うけど…(^_^ゞ


だけど、ワンちゃんがいた時の庭のイメージ→ワンちゃんが去った後の庭のイメージは、きっと何かが変わったと思うのです。


他人には分からないけれど、やっぱり寂しい庭に感じるのではないかなって。


毎年、庭に百日紅が咲く。


ワンちゃんがもう住んでいない犬小屋の脇に百日紅が今年も花をつけたら、きっと寂しさが込み上げてくるのかもしれません。


ある出来事がきっかけになって、いつもの庭がもの悲しいと感じるのはその人なりの感じ方ですよね。


たいした句ではないけれど、例句を詠んでみました。


犬小屋の跡や花落つ百日紅 我ふたり


犬小屋があると、思い出しちゃうから庭の小屋を片付けたら、小屋の跡が残ってて、今年も咲いた百日紅の花が落ちてその跡にあるって、内容のつもりなんだけど。


百日紅って色が鮮やかで、夏の間じゅう、ずーっと咲いているタフな花なのに、なんか儚くて、寂しいイメージに染まった気がしませんか?


僕は実際に犬を飼っていなのいで、リアリティが足りないというか、よくある発想の句になってしまったけど、ホントに飼っている人には、もっと違う光景があるはずです。


その飼い主さんと、ワンちゃんだけのエピソードがね、それが詠めたらお見事!俳句になると思う。


百日紅が、ワンちゃんの旅立ちの前と後で感じ方が変わって見える。


その感動を季語と合わせて化学変化をさせて、俳句に詠む。


特にですね、悲しいとか、寂しいって想いは明るい映像のある季語と合わせると、落差があって、より際立つのでオススメです。


もう1つ、例句を詠んでみます。


私の発想の都合で『雪催い』で詠みます。


季節感無くてごめんなさい…😅


長靴と鉢植え並ぶ雪催い 我ふたり


もうすぐ雪が降ってきそうだから、玄関に鉢植えを入れてあげたって、光景を詠んでみました。


今夜、雪が積もったら明日は長靴が必要なので玄関に長靴を用意しておいて、その隣に鉢植えも寒いだろうから入れてあげて、雪に備えているって感じです。


雪催いって言うと、重たい空、暗い曇り空、降りだす前に駅へ急ぐ人…等々、そんなイメージが、鉢植えが出てくると、ささやかな暖かみが出てきて、化学変化があったのでは?と僕は思って詠んでみました。


取り合わせた内容+季語→季語が鮮やかになる


こんなことをね、最近思うのですよ。


世界の見え方は、今日の私と、明日の私では違って見えるんです。


だって人間には感情があり、常に心を揺さぶられる生き物だから。


その感動を静かに見つめ、自分の言葉で光景を表現し、季語との化学反応を楽しむ。


なんか禅の世界観みたい。


もちろん内容が、よくある内容では凡人の句に沈むんだけど、それを見つけて来るのがまた俳句の面白さであり、醍醐味でもあります!


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まぁ、ど素人がよく語ること…


と思われた方には、ホントに申し訳ございません (^_^ゞ


素人だからこそ、俳句に悩めるのです。


いつか、こんな恥ずかしい記事を書いていたことを、やだ~(///∇///)って、懐かしむ日が必ず来るって思っています。


俳句は止めずに続けることが、いちばんの才能開花への道なのだそうです。


藤田湘子先生の言葉の受け売りだけどね(笑)


2026年4月19日 我ふたり