


『銀杏』(ぎんなん)
晩秋の季語🍂となっている。
▶読み方は(ぎんなん)
基本的には実の銀杏は主季語として独立していて、子季語に『銀杏の実』(いちょうのみ)がある。
こちらでは、銀杏の部分をいちょうと仮名があてられていました。
▶銀杏、銀杏の実→種子の事を指す
▶では紅葉が美しいイチョウを詠むときは?
→『銀杏黄葉』(いちょうもみじ)
晩秋の季語で、銀杏が色づくこと
『紅葉』の子季語になっている。
→『銀杏散る』(いちょうちる)
晩秋の季語で、銀杏の葉が紅葉して散ること
→『銀杏落葉』(いちょうおちば)
初冬の季語で、銀杏の葉が落ちて辺り一面を染め上げるようすのこと
『落葉』の子季語となっている。
とそれぞれの状態に応じて季語を使い分けているようだ。
▶銀杏は、大昔からずっと姿の変わらない植物で、生きた化石と呼ばれるそう。
▶銀杏は火や熱に強い植物で、銀杏の葉には水分が豊富に含まれていて燃えにくい性質があるのだとか。
その性質を利用して建物を守るために、寺社の境内に多く植えられているのではないか?とも言われている。
広島の原爆の熱に耐えて、黒焦げになった銀杏が芽吹いたという話も見かけた。
▶銀杏の実 果肉には毒があって人間は食べられないけれど、タヌキは好んで食べるらしい。
▶人間が食すのは、果肉を洗い流して、種子の殻を剥いた中の仁の部分である。
食べ過ぎは毒で、一日10粒くらいが上限で、子供には与えない方が良いそう。
意外にも、果肉は糖度が高くて食べられれば相当甘い果実らしい。
無論、人間が食べると口中が荒れてただれたりするらしいので、絶対に口にしてはいけない。
▶銀杏は挿し木で増やすことも可能なため、雌の木は植えずに挿し木で育てた雄木が広く植えられるようになってきた。
一般的には『銀杏』の意味はこんな感じでした。
さて、どんな風に詠まれているのか?と言いますと
原石鼎の句
青々と池持つ寺や銀杏の実
原石鼎は島根県出身で明治、大正、昭和を生きた俳人で、静かな光景を深く見つめて俳句を詠むという印象がありますね。
静かな光景を淡々と詠む姿勢が僕は好きです。
青々とした池が見えて、側にお寺があるので大きな境内を持つ由緒のあるお寺を僕は想像しました。
その広い境内には、一面を染めるように銀杏の実が落ちていて、所々では人に踏まれて砕けた銀杏まで見えるような一句ですね。
🔹🔹🔹🔹🔹
それでですよ…
銀杏で一句捻り出そうと、二日ほど唸りながら仕事中に、トイレには入りながら、あれやこれや句作に耽ってようやく詠んだ二句をご紹介です。
ど素人の俳句ですから、おおらかな目で読んでいただけたら幸いです。
太古より琥珀なりけり銀杏の実
と詠んではみたけど、はっ!とした。
琥珀の色は、銀杏の実にすでに含まれているから、要らない言葉やったわ…💦
あぶない、あぶない
そこでね、昔からある光景を詠むことにした。
いつの世も銀杏拾ひありぬべし
我ふたり
・ど素人から始める俳句生活 No.375
こうして銀杏を拾う光景は、いつの世にもあったのだろう。
ずっと変わらない光景を時代を越えて見てきたような気がする…
みたいな俳句です。

