今朝久々に見た雪景色は、見渡す限りの“まっ白”な世界…

まるで描きかけのキャンパスを白い絵の具で塗りつぶしたかのよう…


なんて心が洗われるんだろう…

身を切るような寒さとは裏腹に、なんとなく暖かい気持ちになる。


全てが浄化された後の風景のような気もしてくる…



我が心にも降り積もれ!

真っ白な雪…

元気は自分で創るモノ!

…なんて強がってみても、すぐに化けの皮が剥がれてしまう。

ダメだ!ダメだ!ダメだ!

昨日は本当にダメだった…テンションが上がらない。

原因は?

そんなことより何とかしないと!

こんな時には、気の置けない人と共にいたい。

そう、自分の元気の源は、いつどんな時にも、周りにいてくれる人だったはず…

環境によって“普通”はおのずと異なるのだろう。


自分の場合、プライベートにおいてと仕事においてとでは、かなり“普通”に差がある。

時に戸惑い、バランスを失いそうになりながらも、何とか自分の立ち居地を確認しながら毎日を過ごしている…


つもりだった。

ところが、最近冷静に考えてみるとかなり怪しい。

きっとヘンな意味で慣れてきてしまっているのだろう。


自分の立ち位置を再確認すべきだと思った。

世間一般の常識も含め、自分の“普通”を取り戻す!


簡単なことだ…きっと。

『食べすぎ、買いすぎ、無駄遣いは、あなたの「愛の電池」が足りなくなっている証拠。ほんとうは愛がほしいのです。』


笑えない…

恐れていたことが現実に…。

想定していたこととはいえ、早過ぎるし、信じたくない。


こんなことを誰かに話せるわけもないし…

いや、話したところで、同じ気持ちを共有出来るわけでもない。


~再発の可能性!?~


こんな時に自分が母のために出来ることといえば、

祈ることのみか…

mixi(ミクシィ)というソーシャルネットワークサービスに登録している。

あまり積極的に参加しているわけではないけれど、時間があったので何気なくいろいろなコミュニティを覗いていた。


とあるコミュニティに『ノンケ男ですが、大切な男性がいます。』というトピックが立てられていた。


俺(21才)はノンケですが、今男の人(24才・ゲイ)と付き合ってます。
俺が18才の時、お互いに「好きだよ」と言い合って、もう2年目になります。
彼は俺の一番尊敬する人で、幼い頃から何度も俺を助けてくれて、家庭環境が複雑な自分をずっと見守ってくれ、叱咤してくれた恩人なのです。時に兄でもあり、時に先輩でもあり、時にふざけ合う友であり…最愛の人です。
彼がいなかったら、とうの昔に生きる気力も失っていました。
自分の中で、彼以上に大きな存在になる人はいないし、誰よりも大切な人です。

自分が彼を意識してると認めるまでは何人か女の子と付き合ってきたけど、自分にとっての一番大切な人は彼なので、いつも長続きしませんでした。

でも、自分は男性と性的な関係を結ぶのはどうしても抵抗があり、彼と体の関係(キス以上)を持つことは難しいのです。
彼はそんな俺でもいいよと言ってくれますが、彼に辛い思いをさせてるのかな…と思うことも。

彼のために別れたほうがいいのかなと思うこともあります。
正直、それはとても辛いので耐えられるかどうか分かりませんが…。

彼を好きな気持ちは誰にも負けない自信はあるし、全力で守りたい気持ちです。
だけど、彼を幸せにできる自信はありません。。

俺の一番の望みは彼の幸せなので、別れたほうが彼にとって良いと思った時はそうするかもしれません。


ここのコミュはノンケさんもゲイさんもビアンさんもバイさんもいろんなセクシャルの方がりると思うので、いろんな視点から話聞かせていただけたらいいな…と思い投稿しました。


そんな投稿に対してたくさんの人達からのメッセージが寄せられる。

茶化すようなコメントは見当たらない。

その後、再度投稿者からのコメントが…


皆さん、たくさんのレスありがとうございました。
読んでいて、目頭があつくなりました。
とても励みになりました。ありがとうございました。

実は皆さんに背中を押されて、彼氏と話し合いの場を持つことができました。
自分の正直な気持ち、全て話しました。
今後も彼氏と体の関係を結ぶことはできないかもしれないということ、それが彼氏をどうしても苦しめているなら身を引くことも考えていたということ、それでも俺は彼氏のことがかけがえのない存在で大好きだということ。
話してなかった奥の奥まで自分の気持ちを話してみました。
こんなことははじめてでした。

話し終わったあと、彼氏が言ってくれました。
「今でも十分なのにこれ以上望んだらバチがあたるだろ?」と。
思わず泣けてきました。
こんな俺でもいいと言ってくれた彼氏のこと、俺もずっと大事にしようと思いました。
そしていつか一線(キス以上のこと)を越えられるようになればいいなと思い始めました。
無理はしないけど、努力してみたいって思いました。


何だか普通に感動してしまった。

人と人の心が繋がり合っているって素晴らしいと素直に思った。


また、コメントを寄せる人達のなんと暖かいことか。

暇に任せてネットの掲示板を見ている時には心が冷え冷えすることが多いけれど、それとは正反対。


たまたま見つけた感動に感謝!

創造―。

何かを一から創り出すということに魅力を感じる。


思えば、小さい頃から新聞に詩を応募したり、油絵を描いたり、ギターを弾いたり、サックスを吹いたり…

いろいろな場面で創造的な作業に時間を割いてきた。


が、しかし、残念ながらそのどれもが中途半端に終わった。

続けなかったことが問題かもしれないけれど、自分の才能の無さに落胆したものだ。


それでも“創る”ということに関しては、いまだに魅力を感じるし、

そうした環境に触れていたいと考えている。


ここ数年舞台を観に行くのが好きになったのもそうした結果かも知れない。

大勢で一つのものを創りだす作業というのは特に魅力的だ。


やはり何かを創り出せる人間でいたいし、そうした場面に身を寄せていたい。


そんなことを考えていたら、救われる現実に思い当たった。


そう、今やっている仕事は、ある意味「気のおけない空間創り」と言えるのでは?

まだまだ頑張れそうな気がしてきた。


…って、やはり無理があるか??

最近口癖になりつつある言葉がある。

一般的にはあまりよくない言葉だろう。

使う時には表情などでフォローしていたつもりだった…

が、最近自分の中で麻痺してきているかも知れないと思う瞬間があった。


メールはとても便利なツールで、大いに活用させてもらっている。

ただ、言葉の選び方にはとても慎重になる。

自分の思いを正確に伝えるために…。

絵文字や顔文字の類も頻繁に使うけれど、あまりうまくない。

そういう意味ではやはり難しいツールでもある。

大切なことを気持ちを込めて伝えるには不向きかもしれない。


電話もまた案外不安になるものだ。

相手の顔が見えないから…。

様子を見ながら話を進めるというわけにはいかない。

自分にとっては一番苦手なコミュニケーション手段かもしれない。


結局、顔を合わせて話をするのが一番安心する。

相手の反応もいろいろな観点から即座にキャッチ出来るし…

大切な話はやはり面と向かってするのが一番だ。

言葉が伝わっていないと思えば、すぐに言い換えることも出来るし。

ただ、そこに甘えて「何でもあり」になってしまっては本末転倒なのだろう。

それが最近怖い。


言葉を大切に―。

そのために最近減少している気がする語彙を増やす努力もしなくては…と思う。

慎重に的確な言葉を選んで気持ちの良いコミュニケーションをはかりたいものだ。

大切な人間関係を構築するにも、維持するにも…

そういえば寒い日が続くと思っていた。

どうやら昨年の12月の平均気温は戦後最低だったようだ。

年が明けても各地から寒波の被害が絶え間なく舞い込んでくる…。


一方で、暮れには富士山に雪がないという話を聞いた。

確かに山頂が黒々としていて、おかしいな…とは思っていた。

昨日、ふとベランダから眺めた富士山は、

さすがに暮れよりは多くの雪化粧をまとい、“らしさ”が増していた。

悠然と鎮座するその姿を見ていると、なんとも穏やかな気持ちになってくる。

安心感をおぼえた。


昨日から今年の仕事も始まり、日常が戻ってきた。

無性に富士山が見たくてその姿を求めるも、どんよりとした曇り空に遮られてしまった。


そういえば、最近すっきり晴れることがないような気がする…

目を閉じて富士山をイメージしてみた…

気分転換に…と思い、

以前薦められた『真夜中の弥次さん喜多さん』のDVDを借りてきて観てみた。


てやんで~

べらんめ~


まさに、そんな感じ?

本当に“奇想天外な青春ロードムービー”だった。

宮藤官九郎さんの監督デビュー作らしいけど、

この方、やはり若き鬼才とでも言おうか…凄いなぁ~と普通に思った。


まさに何も考えずにただ鑑賞したつもりなんだけど、

気分的にはただ笑ってもいられなかった…。

勿体ないことをした!?


“リヤル”が怖いことって確かにあるけど、やっぱり“愛”に救われるのかな…



…お伊勢参りに行きたい…