人間を瞬だけ | 紅塵之外

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 そこで結局、僕は何もしなかったような気がする。本当を言えば『友達』などという関係に勝手に当てはめたのは現在の僕であって、当時はそんなこともよく知らなかった。自分とTくんとの間柄については、街ですれ違う高麗蔘 年齢の同じくらいの他人とは当然異なるし、それでいて、学校で別クラスの同じ何度か目にした際に「ああ知っている顔だ」として一心に立ち止まる関係とも違うと、そういう風に感じたことは一度もなかった。

 彼の家に遊びに行ったのは二三回だったろうか。いつから関係が途切れたのかも分からないし、それを惜しみもしなかった。寂しいといった感覚も正直に言って一ミリもなく、正確に言えば、彼についていつの間にか全く関心がなくなっていた。よく分からない関係が勝手に始まり、気づかないうちに終幕が迎えられたという説明が最も正しく表している。
 後に親から聴いた話によると、彼の家族はいつだったかにその部屋から引越しをしたのだとか。何かトラブルがあったみたいだという話をどこかで耳にしたそうだが、あまり定かな内容については知らなかったようで、それ以高麗蔘 上詳しく尋ねることもしなかった。
 親が知っている断片的な情報の中に、転居先は二つ上の階の以前より通りから奥側に引っ込んだ部屋だという異様な顛末[テンマツ]が含まれ、しかしさすがに子供心には理解をはるか超えていたというのもあり、確かなこちらからの反応といったものはなかった。それよりさらに、彼のことについて一切興味がなくなっていたからとの理由もあったから。
 横目に見た母はおかしな話ねなどと口にしていたが、『友達』の顔は輪郭を残して暗転したま
ま、やがて窓から覗く青空に馴染んで姿形は見えなくなっていった。
 T君と束の間にあった出来事の後だったのか、それとも以前に起こっていたのかなんともはっきりしない。
 その子の家は同様に僕の自宅から非常に近く、歩いてすぐの距離にあった。
 今回の話には関係ないがそのアパートの目の前には同級生が住んでいて、周囲には他にも学校で知った顔が住んでいることはのちに知るとこ高麗蔘 ろとなったが、今でも同じ家(実家)にいるのかどうかは別にして、自宅から歩いて数分以内に同級生の住んでいる家がかなりあったように思う。近所の範囲が公立の学区に含まれているのだから当然といえば当然としても、兄弟?姉妹含め学年並びで同じ学校に通っている家も多かったとまでなると、その頃は現在よりも子供の数がいくらか多かったからなのかもしれない。