伝統医学のことを尋ねられたので、少し書いてみます。

日本や中国でいう伝統医学とは、「伝統中医学」が共通のルーツになります。

 

始まりは3000年くらい前に中国で記された「黄帝内経」という古書にあります。

古代の中国人が自然を観察して陰陽や五行という象徴を見出し、人体に応用して気血水や五臓六腑などを定義しました。

伝統医学とは長い歴史をかけて、この本にある概念を解釈・発展させてきたものです。

 

漢方薬のような薬草学は、張仲景という人が「傷寒論」という本にまとめました。

これは黄帝内経の理論で薬を分類し、感染症の症状にあてはめて、どの薬をどう使えば効果があるのかを整理したものです。

日中韓の伝統薬はこの本を基本にしています。

 

鍼灸は黄帝内経の内容をかみ砕いて、脈診やハリの使い方を表した「難経」という本があります。

著者は不明ですが、診断、治療、経絡などの概念をわかりやすくまとめていて、日本の伝統鍼灸はこの本を大切にしています。

 

この後も各時代の学者や医師は、生涯を費やして前代の古書を実践・検証して、その成果を書き表してきました。

その変遷、臨床の過程は残されていて、興味深いものです。

 

こうした伝統医学の知識は、政権による圧迫や時の洗礼を受けることもありましたが、連綿と受け継がれてきました。

しかし1900年代に西洋医学が流入して一時断絶します。

西洋世界は圧倒的な軍事力を持っていたので、彼らの医学に魅了されたためです。

現在伝わっている鍼灸や漢方は、いったん失われた内容を有志が再構成したものです。

 

このような経緯を経ているので、日中韓で実践されている伝統医学は細かな差異はあります。

枝分かれした末流には日本漢方、日本鍼灸、韓医学、中医学などがあり、診断法や治療法、治療薬など異なっています。

それでもルーツである陰陽五行などの思想は共通しています。

 

陰陽五行とは、世界を抽象化して眺めるという思想です。

陰陽は、磁石のプラスマイナス、男女など正反対のもの。

五行は、自然現象を木火土金水に分類したもの。

この考え方を人体にも応用して、循環する要素として気血水、臓器として五行に対応する肝心脾肺腎などの臓器を想定しました。

治療では気血水が滞りなく流れ、五臓が調和するように導きます。

不調和な場所、流れが滞っている場所を知るために、脈や舌、腹を観察します。

 

たとえばむくんでいる、胸水がたまっているなど「水の停滞」では、原因となるのは水を作る脾、水を差配する腎か、のどっちかなと考えます。

ツボだと脾なら脾経の太白や陰陵泉、腎なら陰谷か照海なんかはどうかな、など。

漢方薬なら脾の痰飲を動かす二陳湯や六君子湯、腎なら部位と年齢から牛車腎気丸がいいかな、などです。

 

伝統医学は広大な世界観をもち、たくさん勉強することがあります。

でも続けていると、各項目が繋がって何か立体のように感じられてきます。

そうすると診断、治療で細かく考えることがどんどん少なくなり、シンプルになってきます。

 

・・・と、伝統医学はこんな感じだと私はイメージしています。

知れば知るほどわからなくなりますが、おもしろい世界ではまっています。

 

 

自身の勉強も兼ねて、扱った症例を残しています。
個人情報は個人を特定できないように、一部変更しています。

40代女性、三日前から肩に重い気持ちの悪い痛みが常にあり、腕を後ろに回すと鋭い痛みがあるとのこと。
中々治らないので気になっている、とのことでした。
また前日に運動してから左太ももの外側と膝も痛いとのことです。

肩は実際に左腕を後ろに回してもらったところ、左肩の後ろ側が痛むとのことで、可動制限はありませんでした。
熱感・首の動き・腕を降ろす動作に異常はなく、肩の筋肉が損傷した腱板断裂などはなさそうでした。

触診してみました。

まず肩の痛みは肩関節と肩峰と呼ばれる部分の関節周辺に広がっているようでした。

筋肉の痛みもありますが、それは付随的なもののようです。

病名をつけると「四十肩」になるのかもしれませんが、この方の場合は関節付近の水の流れが悪くなっているように感じました。

なお一般的な「四十肩」の場合は可動制限が強くて腕が途中までしか上がらず、部位は肩の前側で、夜間痛もあって「瘀血」が原因のことが多いです。

 

左足に関しては、太ももの外側にある腸脛靱帯と、膝の両側にある陰陽の陵泉という部分、膝裏に緊張感がありました。

こっちは筋肉だけの問題のようで、過剰なストレッチで軽く痛めたのかもしれません。

 

舌は先端から外側に向けて赤く、膨れ気味で端の方はギザギザがありました。

脈は少し早く、勢いが弱いように思われました。

仕事が忙しく、気が急いているようで、自律神経の乱れがあります。

胃腸も弱っていて、「水が停滞気味」のようでした。

中医学では「肝脾不和で生じた痰湿が、肩の付近に水を停滞させている」という感じになりそうです。


まず肩に関しては、ハリを掌の後谿というツボ、脇下の大包というツボに当てると緊張が取れてきました。

腕を動かしてもらうと肩の痛みが半分くらいに減ったとのことでした。
膝は足甲の内庭、太白、三陰交などにハリを当てるとすぐに緩んで、動いてもらうと痛みがなくなっているとのことでした。

 

足に関しては軽い筋肉痛なので、大丈夫そうです。
肩は停滞していた水分が少しずつ吸収されていくので、痛みが引くのは明日か明後日くらいになりそうです。

もし治らなかったら漢方薬で「二朮湯」というものを飲むとよさそうでした。

 

後日、連絡をいただきました。

膝はそのまま治ったとのこと。

肩は翌日に3割くらいの痛みとなり、翌々日にはほとんどなくなったので漢方薬は買わなかったとのことでした。


鍼灸がお役に立てて良かったです。
 

 

80代男性、やや筋肉質で中肉中背の方。

一週間前にバランスを崩して尻餅をついてから、腰が痛いとのこと。

じっとしてても鈍い痛みがあり、特に寝返り、起き上がりの動作が痛くて辛い。

立ち上がるのも大変で、歩く時は痛くてヨチヨチ歩きになり、トイレも大変とのことでした。

その間も痛みが変わらず、やっとのことでここまで来たとのことです。

 

問診で伺った症状の強さと、それが継続している点などから、ちょっと緊張しました。

触診すると、腎臓のあたりに緊張感はなく、背骨を軽く叩打した時も響くような痛みはなさそうでした。

念のため軽く咳をしてもらっても痛まず、患部に熱感もありませんでした。

とりあえず「腎結石」や「圧迫骨折」は大丈夫そうです。

ただ発症の機序を思うと、圧迫骨折の可能性は捨てきれませんでした。

病院でレントゲンかMRIでの確定診断を得ることを勧めましたが、本人の希望でハリで様子を見たいとのことでした。

 

触診では腰周辺に重だるい痛みがあり、特に「腰椎4ー5番目あたり」に痛みが集中しているようでした。

更に細かく見ると背骨の際にある最長筋に圧痛があり、該当する治療点にハリを当てると緩んでいきました。

試しに動いてもらうと、楽になったけど、まだ芯のところが痛いとのことでした。

触診すると腰椎4−5の椎間板付近に緊張感があって軽く圧を加えると痛がってのけ反りました。

関連する治療点にハリを当てると、緊張感が取れて気の流れが良くなることを感じました。

試しに動いてもらうと、こわごわした動きですが、立ち上がり動作もスムーズになっていました。

痛みは少し残っていますが、「思ったように動ける」と喜んでおられました。

 

淡々と書きましたが、今回は治療に緊迫感があったので、中医学や漢方について考える余裕がありませんでした。

ただ骨の痛みをはっきり意識して触知したのは初めてで、「これが骨が痛む感触なのか」と感じ入りました。

筋肉の疼痛感覚とは違ったゴワッとした固いもので、ピンポイントで触れると痛みが出ていました。

また圧迫骨折の懸念もあり、慎重に様子を見てみたいと思います。

 

 

体内環境の変化に慣れないときの「更年期障害」

更年期障害について尋ねられたので、ここで整理してみます。

女性の体には、出生時の段階で生涯全ての卵子が存在しています。

12歳頃の初潮から数十年かけて排卵され、50歳前後で卵子が尽きると「閉経」となります。

閉経期には女性ホルモンが減少し、男性ホルモンが優位になります。

このとき急激な環境変化に適応できずに、ホットフラッシュ・発汗・下半身の冷え・精神の不安定化・骨粗しょう症などが現れ、これを「更年期障害」と呼びます。

 

伝統医学の考え方

伝統医学では生殖に関わる「天癸」という気が不足し、これと関係する腎(=生命力)や肝(=自律神経)の陰気(=水分)が不足します。

すると水不足で残った陽気(=熱)が暴走して心に伝わってホットフラッシュや、血の不足、血の滞りなどが起こると考えます。

いくつかのパターンがあり、それによって対処方法が異なります。

ここでは肝と腎に影響するケースをあげてみます。

 

肝の陽気が強い場合

ストレスなどがあって、肝(=自律神経)が緊張している人のケースです。

緊張して熱が停滞し、イライラし、汗が出て、目が充血し、肋骨の下が痛くなります。

こういう人には漢方だと「加味逍遙散の系統(女神散>四逆散>加味帰脾湯)」が使われ、ツボだと「太衝」とか「曲泉」などが使われます。

 

腎の気が弱い場合

中高年になって腎(=生命力)が弱ってきた人のケースです。

腎が弱くなると、腰が痛んだり、気持ちが落ち着かなくなったりします。

また腎は水を象徴し、火を象徴する心とバランスをとっています。

腎の水が弱った分、心の炎が強くなり、動悸を感じ、興奮して眠れなくなります。
漢方では腎の水分を巡らせる「六味丸」や、心の炎を静める「甘麦大棗湯」が使われ、ツボだと「照海」や「大陵」が使われます。

 

他の薬を加えて調整

他に微調整として、火照りが強い時は「三物黄芩湯」や「黄蓮解毒湯」を合わせたり、消化力が弱い場合は「補中益気湯」や「六君子湯」を合わせたり、月経痛や血塊など瘀血の兆候があるときは「桂枝茯苓丸」を合わせます。
鍼灸でも、火照りの熱を督脈のツボを使って下げたり、骨盤周辺で歪みの原因となっている筋緊張を緩めたりします。

 

 

時々、治療をしていて「同業の人っぽいな」と感じることがあります。

簡易治療だと職業については深く尋ねないし、治療の途中で治療職だと明かしてくれる方もありますが、その前から何となくわかる気がします。

べつだん気を読むとかいうわけではないのですが、言葉使いや仕草などで「アレっ」と思います。

 

言葉だと、

私「腰のあたりが張ってますね」

患「腰椎の方ですか?」

私「いつから痛みますか?」

患「1週間前のランニングで足を挫き、最初は発熱していたのでアイシングしてロキソニンを飲んだのですが疼痛と炎症が取れないんです」

などです。

症状の説明があまりに流暢だと、違和感のようなものを感じます。

また仕草については、問診や触診を受けるときの態度が「慣れている」ように感じます。

 

そういう時は「ひょっとして医療関係の方ですか」と水を向けると、答えてくれます。

逆にいうと私自身も医療やマッサージのお世話になる時には、同じように感じられているのかもしれない、と思うと落ち着かない気持ちになりました。

しぐさや気配のようなものは、意外に雄弁なのだと実感しました。

ちょっと余談でした。