ありたい姿になれていますか? その2 | すずらんのブログ

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賢く、腐らず、自分らしく、幸せに生きる。

こんばんは飛び出すハート すずらんですニコニコ

 

昨日の続きです。

 

 

ありたい姿、自分像。

 

「柳のようなしなやかさをもった、安定したメンタルの女性」

 

そこに至るまでの事を書いています。

 

 

 

片割れと再会して、ずっと蓋をして生きていたことが、噴き出して、本当にいろんなことをお互い強制的に考えされられました。

 

 

相手は自分を映す鏡。

特に恋愛や夫婦関係ってそれがより色濃く反映される。

片割れなんて、生涯の半分はなんだかんだで影響を受けているし、魂の片割れですからね。

すごいエネルギーを使って、全力で向き合いましたし、多分この片割れと向き合うことは、生涯続くのでしょう。

 

 

その向き合う相手が、魂の片割れでなかったとしても、一番深く、早く、自己内観できるチャンスだとわたしは思っています。

更にその相手が、婚外だったり、もうこの世にいなかったり、同性だったり、

世間の常識からずれた相手、環境だったりすると、より複雑ではあっても、深い気付きに近づけると思っています。

 

もともと自分に向き合うことは、エネルギーたくさん使いますし、理解者も少なくて辛いと尚更ですよね。

 

 

 

わたしは、なぜか小中学校の頃、人生最大のモテ期を経験しており、

付き合う、付き合わないに関わらず、色んな人と関わることができた。(肉体関係って意味でなく笑

だから、男性の思考回路も早くから理解できていたのと、

恋愛ってライバルとか僻みとかいろいろトラブルも多くて、

わたしは同性から当時とっても嫌われていました笑

だからこそ、女性の心理も早々に理解していた。

この経験が、アダルトチルドレン化に拍車をかけ、メンタルが強化された大きな要因であります。

 

 

片割れのように、

すずちゃん命ラブでいてくれる人や、

わたし結構塩対応なのですが、彼氏でなくても尽くしてくれる人とか、

失恋したりこじれたり、同性から恋愛のもつれでいじめられても、

(一方的にひがまれて、嘘のうわさをまき散らされたり、真冬のプールに突き落とされたり、○姦未遂にあったり、うんざりでしたね笑

自分からSOSを一切出さなくても、必ず周りにいる男性が率先して助けてくれて、傷を癒してくれました。

 

 

でも、今は片割れにすら頼らず、自分の傷は自分で癒せますし、

自分の価値は他人になんと言われようとも、自分でちゃんと評価できている。

コンプレックスはあるけれど、そこを他人がかわいいよ、素敵だよと言ってくれなくても、

ちょっとした欠損部分もかわいいじゃん、わたしデレデレ

って思えているので、今幸せですよドキドキ

 

くだらないですが、わたしのコンプレックス暴露しますね。克服した、好きになったものも含めて。

・輪郭(エラ、頬骨)

・くせ毛

・毛深い

・絶対に読めない名前

・貧乳ニヒヒこれが一番のコンプレックスだな笑

 

今思うと、メンタル強いくせに、見た目のコンプレックスが多くて笑えますね。

そして、性格に関してはなんとも思っていないのも、笑えます。(結構難ありの性格なのに笑い泣き
 
 
今の自分が、ありたい姿からちょっと距離のある人は
自分と向き合うことを大切にしてほしい。
 
自分と向き合うって、すごく大変で漠然とした内容なので、
目の前にいる人。特に大切な人から向き合ってほしい。
 
もちろん片割れ以外とも、たくさん常に向き合っていますが、
手っ取り早いのはパートナーや愛する人なんだと思う。
 
恋愛は自分の成長のために絶対にするべき!
とまでは言わないけれど、

大人になって、家族やパートナーがいると

新たな出会いよりも、今いる相手と向き合うことになるのかな。

 

でも、パートナーがいなかったり、今のパートナーに違和感を感じていたら、

魂の赴くままに、誰かを好きになってもいいのかなって思ってもいる。

 

思考回路ぶっ飛んでいるので、その辺の倫理観は真面目に生きてきた割に、結構自由になりましたね笑

 

わたしには片割れがいるので、新たに求めることは今のところないですが、

子どもたちには、素敵な恋愛、本当に心から人を愛する経験をしてほしいものです。

 

時に傷つき、ドロドロの沼にはまることがあるかもしれませんが、それも学びです。

 

ですが、わたしの周りの人で、恋愛のもつれで自○した人が何人もいます。

 

それだけエネルギーも使うし、人生をかけた学びのチャンスなんでしょうけど、

それで自ら命を絶つのは本末転倒。

 

若いと目の前の事しか見られなくなるぐらい、沼に落ちるほどの思いだったのでしょうね。

 

我が子が沼にはまって、自力で出られない時、そっと手助けできる、けれど干渉せず見守れるスタンスでありたい。

だから、世間の価値観に縛られない感覚を持ったわたしは、子どもに関しては寛大に見守るスタンスでいられると思うし、そう思っておきたいにっこり

 

 

柳のようなしなやかさ、

正直最近は片割れに関してはしなりもしないぐらい、メンタル強くなってしまったけど、

快、不快、

喜び、悲しみ

など相反する色んな感情を味わいながら

ゆらゆら揺れても、中庸に戻れる

これからもそんな自分でありたいと思います。

 

 

今日もありがとうございましたラブラブ