「で、その手に持っている、どこかで見た事のある服装は何かしら?」
穏やかな笑顔を浮かべた美女の目線の先、同じように優しげな笑みを浮かべた青年は、とても、とても穏やかな声で言った。
「コスチュームプレイというものらしいですよ。さあ、どうぞ。」
瞬間、青年の巨体が宙を舞った。
「アンタ一体どんな神経してんのよ!バカじゃないの?」
先程とは打って変わって般若の形相の女性は声を荒げて言った。語尾が動揺と憤怒で擦れている。腰まである癖の強い長髪が荒い呼吸と共に揺れる。瞳は彼女の怒りを表しているかのように深紅に染まっていた。
「何がどうなってあたしが婦警の格好なんてしなきゃいけないのよ!答えなさいよバカ凱!」
そう呼ばれて「バカ凱」、190cm近くある大男がようやく身体を起こした。そのがっしりとした体格に似合わぬ温厚そうな顔を女性に向け、にっこりと笑う。
「紅女(アカメ)さんに似合うと思って、友人から拝借して来ました。どうぞ。」
この状況で尚もその服を渡そうとするこの男、余程の婦警好きか、ただのバカか。恐らく後者であろう、そのバカは立ち上がり、紅女と呼んだ美女の頬に手を添える。灰色の瞳は彼女の紅色を宿し、妖しく光る。ゆっくりと頭を下げ、頭ひとつ程も違う彼女の頬に優しく唇を落とした。紅女は抵抗もせず、その空気も読めないバカな彼氏を半眼で睨む。
「お綺麗ですね、貴女は。」
するりとくびれた細腰に手をかける。頬を撫でた手はゆっくりと後頭部へ回され、彼をその紅に映すように促す。癖の強い黒髪がゆらめいた。優しく抱き寄せようとする屈強な腕、それを白く細い指が制止するように強くつねる。痛いと悲鳴を上げたのは体格の良い巨漢だった。
「あたしがカワイイのは自分でもよーく分かってるから、凱、さっさとそれオトモダチに返してきなさい、このバカ、無能、あほんだら!」
彼女の乏しい語彙力で思い付くだけの罵言を吐き捨て、迫る巨体をひらりと躱し、台所へと歩みを進める。冷蔵庫を開けて数秒、紅色の瞳が輝いた。まあ!と一声あげ、彼女を喜ばせた要因であるオレンジ色の円盤を取出し、鼻歌を歌いながらテーブルまで運ぶ。無能と呼ばれた青年はその光景を見、無言でワインクーラーまで向かう。クーラーの中もよく見ず慣れた手つきで一本取り出すと、さっさと着席している彼女の目の前にそれを置き、グラスを取りに食器棚へと向かう。台所越しに覗くワインボトルには満面の笑みを浮かべた美女が映っていた。まるでおやつの時間まで待ち切れない子供のようだ、と凱が笑顔で言う。刹那、その笑顔が破裂音とともに凍り付いた。手に持っていたグラス”だったもの”がぱきぱきという音と共に重力に身を委ねる。ゆっくりと視線を真っ白な壁紙へと向けると、光沢のあるケーキナイフが新築マンションの新しいオブジェとして生えてしまっていた。それが投げられたであろう方向に目を遣る。灼熱の業火の色をたたえた瞳が青年を捕捉していた。
「いけませんよ紅女さん、このワイングラス、ちょっとだけ高かったんですから。」
そういう問題じゃない!と紅蓮の瞳は訴えていたが、彼はそういう男なのだ、と諦めたように目の前の円盤に視線を戻す。パイ生地の中に埋められた鮮やかなオレンジ色のペーストから漂う甘い香りは、朝から研究に没頭していたせいで丸一日ろくにものを食べていない彼女の胃袋をつつく。パイ生地の表面は彼女の瞳のようにてらてらと煌めいている。
「ハロウィーンですからね。パンプキンパイなんて初めて作ったので、上手く出来ているか心配ですが。」
どこに売ってもおかしくないそのパイは、目の前の巨体が作ったものであった。悔しい事に、凱は人並み以上に料理が出来た。紅女も出来ないわけではないのだが、何故か凱はシェフレベルの調理をそつなくこなしてしまう。そのため彼女は炊事の一切を彼に押し付けていた。その代わり、その世帯の大半の収入は彼女の給与で賄われている。周囲からは逆だと言われるが、双方それで納得していた。餅は餅屋、ということらしい。
「見た目は充分!それよりちんたらしてないで早くワインを注いで頂戴」
はいはい、と一言、巨体がのっそりと動く。壁に深々と突き刺さったケーキナイフを軽々と抜くや否や、穏やかな笑顔で、彼女に向かって勢い良く投げ返した。紅女が右手人差し指と中指でそれを難なく受け取るのを確認し、別のグラスを取りに食器棚へと向かう。パイを六等分に切り終え、暇を持て余したように、ワインボトルを手に取ってまじまじと見ていた紅女に台所から声をかける。
「トゥール・デュ・オー・ムーラン…とかいうワインらしいですが…、俺にはよく分かりません。」
ワインクーラーは凱の友人から譲り受けたものらしいが、ワインに詳しくない二人には無用の長物だった。しかし先日同じ友人からそのワインを貰い、初めてその匣は自分の仕事を勤めることになった。グラスをテーブルに置いてすぐ、ワインを彼女から渡される。
「まぁ…あたしも飲めれば何でも良いわ。早く開けて頂戴、メインはパイよ」
そうですね、と一言。しかし彼はワインオープナーやソムリエナイフといった、コルクを取るようなものはその手に持っていない。男はまるで大道芸でも行うかのようにボトルを空中に投げた。そして、
「ふッ!」
一呼吸して右腕を真横に薙ぐ。左手で落下してきたそれを掴むと、そのボトルはすこしだけ短くなっていた。あまりに一瞬の事で目視が出来ない程であったが、その男は腕一本――手刀で、コルクの詰まったボトル上部ごと切り落としたのだ。
「ああ、とてもあっさり切れてしまいましたね。驚いた。」
その巨漢は異常な程の怪力の持ち主だった。
「そりゃそうでしょう、岩壁素手でぶち壊すような男にできない方がおかしいわよ」
だがこの二人には、それが呼吸をする事と同等のように、”至極当然の事”らしい。そんなことはどうでもいいからワインを入れろと言わんばかりの紅眼に答えるように灰色のやさしい眼が笑う。とくとく、という液体の流れ落ちる音とともに、赤紫色のそれが特徴的な曲線のかたちに収束する。まるで子供のように愛らしい笑顔を彼に向け、彼女は大人びた手つきでグラスを傾けた。その芳醇な香りを充分に楽しんで、口に含む。凱はというと、紅女のその楽しそうな姿をじっと眺めるだけである。グレーの瞳が映すものなぞいざ知らずと言わんばかりに、紅女は皿に移したパイにフォークを突き刺す。その銀色はしっとりとしたカボチャペーストに深く、深く突き刺さり、ぱりぱりという音と伴って底面のパイ生地を割った。ゆっくりと、紅を塗った口元へ、それを運ぶ。甘い。濃厚なカボチャの味を口腔内に満たす。あっという間に喉を通り、胃袋への侵入を許可した。ペーストが口の中の水分を奪ってしまったのか、まるで水を飲むかのようにワインをぐいと流し込む。作法も何もあったものじゃあないな、と青年は目で訴えたが、彼女の元へは届かなかった。今の彼女はただひたすらに眼前の食べ物を食らい尽くす事にしか興味を示していない。あっという間にその円盤は目の前から消えてなくなってしまった。ボトルもすっかり空である。凱はひとくちも食わず飲まず、ひたすらにそれを眺めていただけであった。おいしかったー!と眼前の彼女は満足そうに笑う。その表情があまりにも可愛らしく、それはよかったというひとことさえ零せなかった。
数分後、思い出したかのように彼女が片付けを始めようと立ち上がった、その時。
「Trick or Treat」
ひとこと、やさしく、巨体の青年が唱えた。
一瞬何を言われたのか理解できず紅女は呆然とした。そこに追い打ちをかけるかのように、凱はゆっくりと紅女に近づき、言い放つ。
「いえ、だってハロウィーンでしょう?お菓子をくれない人にはいたずらをしなければ。」
「…え!?いやいやいや!待ちなさいよ!主旨が違うわよ!アンタ大体ハロウィンってのが何故行われてるのか全く知らないでしょうがッこのバカ!」
やっと何を言われたか理解したらしく、紅女が顔を真っ赤にして慌てふためく。混乱した彼女の上に覆い被さるように巨躯が近づいた。細くすらりと伸びた脚を指でなぞられて、紅女はようやく眼前の男の所望するものに気付いた。
「それでさっきの婦警って事か…!」
YESと言う代わりに満面の笑み。表情は一切変わっていないのに、どことなくいたずらっぽさが表れていたように見える。暫く考える。数分の思考の末、溜息をついて観念したように呟いた。
「分かったわ、ちょっと待ってて頂戴」
そして早足で別室に入り、扉を閉めた。凱は言葉通り、ソファにどっかりと座って彼女を待った。結構な時間待ち続けた。10分、30分、45分、1時間、1時間30分。2時間経ってやっとその図体のでかいだけの馬鹿にも理解できた。
「ああ、これは多分、逃げられましたね…。」
さてどこを探そうかと巨体が動いたその時、がちゃりと勢い良く扉の開いた音がした。扉の前で突っ立っている彼女は件の”どこかで見た服装”ではなく、先程まで着ていたシャツとスリットスカートだった。先程と変わった所と言えば、大量の汗や荒い息、そして左腕に大事そうに抱えた箱の有無である。荒い息を少し整えて、彼女は言った。
「アンタ甘いもの苦手でしょう?だから…甘さ控えめのお菓子探すのに、苦労したわよ…」
箱をテーブルに置き、包装を乱暴に取り、開ける。中身は少し小さめのマフィンが数点。恐らく珈琲や紅茶入りなのだろう。余程件の格好をしたくなかったらしい、彼女はケーキ屋を数件回り、彼が口に出来そうなものを見つけ出した。しかし凱は紅女の気も知らず、「自分の為にそれを買ってきてくれた」という事のみを認識し、感極まって彼女に抱きついた。ぐう、と紅女が苦しそうな声をあげる。当然だ、彼の「本気の抱きつき」は下手をすれば骨を折る可能性だってある。少し悲鳴を上げ始めた骨を鎮めようと彼との距離を置こうとするが、
「紅女さん、ありがとうございます。」
その言葉を聞いて数秒後、紅女は抵抗を止め凱の背中に手を回した。きっとこの気紛れは先程飲んだワインがまわっているせいだろう、と自分に言い聞かせ、彼に見えないようにしあわせそうに微笑み、ゆっくりと瞼を閉じる。
「Happy Haloween」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
はいそんなわけでしゃっほーS-STYLE、私に降られたお題は「お酒」でしたー(言わなきゃわかんないよ)。
しゃっほーS-STYLE No.3概要はこちらですー。
とにかく文章とか得意じゃないからなんか支離滅裂なんですが雰囲気だけ…雰囲気だけでも感じとってくだしあ…^q^←
製作時間は多分1週間もかかってないんじゃないかしら。多分。ただ誤字チェックとか推敲は時間経ったあとにちょっとだけやったけd←
今回文章とか初めてにも近かったわけですが、頂いたお題が「お酒」というのもあって、「茶目っ気があるけれど大人な雰囲気の文章」に挑戦してみようと思ったらただのギャグになったをばくわろ!!!!11!!!!11!!!!!ほんと文章初心者がこんな無謀するんじゃなかったよね。反省してます^q^^q^
なんていうかほんと書いてて「砂糖吐くわどちくしょい!!」と何度呟いた事か…^q^ほんとカボチャペーストよりも甘い仕上がりになりましたね!(うまいこと言ったみたいな表情で)←←←←←←←←
あ、ちなみに登場人物の紅女と凱の説明は後夜祭でまったりとやりたいと思います^q^一応は絵描きなので紹介駄絵でもはさみながら^q^←←←←←
そんなわけで今日もみんなでしゃっほーSスタ巡回ですお☆←←←←
■参加者様一覧■
01:タナセ様(主催者様)
02:姫都様
03:依鈴様
04:遊月 桜様
05:新塵碕行様
06:逸野紫苑様
07:りんりん←いまここ
08:雨雪しずく様(魔王様)
09:キアーラ大佐様