前稿においてサラダチキンの購入過程を見てみました。これがマーケティングの方法論であればキャッチコピーや陳列の方法、商品名などのミックスから成ると結論付けされると思いますが、これが実のところ経営学的に見るのであれば、売れた具体的な答えを出すことは非常に難しいのであります。そのような理論で近いものでクリステンセンのイノベーションのジレンマという理論がありますが、あの理論は確かに市場では認知されづらい製品であったものが既存市場を破壊し、ものすごく売れるという、まさに売れる状況を理論として発表されたものでありますが、携帯電話が固定電話市場を破壊したようなことではなく、また、鶏のから揚げの市場をサラダチキンが凌駕したというわけでもなく、あれはサラダチキンという新しい市場を確立するという、鶏肉の加工食品としてはだれも傷をつけることなく成長を遂げたことも注目に値するかと思います。
あえていうならブルーオーシャンを選んだことによる成功となるかもしれませんが、これも実は難しく、コンビニでは競争が非常に激しい鶏のから揚げの売り上げも好調でありまして、こうなると金儲けの方法論の一つとしてあえてレッドオーシャンを選ぶことも選択肢の一つであるかもしれません。競争相手がいるがゆえに成長を遂げる方法ではありますが、総合すると、レッドオーシャンでもブルーオーシャンでも成功の秘訣はどの道も正解であるとなってしまいます。確かにこれは心理学や中国哲学を研究していくうえで「両方とも大切」なる考え方は基本中の基本でありますが、言葉を変えてレッドオーシャンもブルーオーシャンも両方大切であるとなると急に「?」となるのが人間の心の面白いところです。そこで前稿におけるサラダチキンの購入過程を事例として考察を加えてみようと思います。余談ではありますが、コンフィギュレーション理論で有名なミンツバーグはこの東洋的な両面思考を西洋の学問からたどり着いた学者であります。興味ある方は彼の著書を参照ください。
サラダチキンがヒットした最初の経緯、つまり呼び水的なことは私はよくわかりませんが、最初に何かそのようなものがあってもおかしくはありません。例えばインターネットでレシピを見ていたらサラダチキンの情報があったなどがそれです。しかしながら、ここまでのロングセラーとなりますとそれだけが理由で購入が決定されるとは思えなく、それ以外に何か理由があると思われます。上述のように経営学ではここから先はほぼ妄想にもにた仮説が非常に多く語られるのですが、それでは面白くないので、心理学を援用し、サラダチキンの購入への道を探ってみたいと思います。
まず、サラダチキン自体はコンビニの商品開発部が「大ヒットを目指し市場に送り出しました!!」という商品ではなく、たくさんある総菜の一つとして販売されたのが始まりであります。たくさんある総菜の中から消費者が目をやり、実際に手に取り購入まで至ると考えます。しかしながら、たくさんある総菜の内のある一点が爆発的に売れる結果となりました。それがサラダチキンであります。このように考えますと、様々なことが心理学的に考えることが可能であります。まず一つに、サラダチキン以外の総菜に興味がないというのはいかがでしょうか。次に、日本人はサラダチキンが非常に好きであるがゆえに、他のものに目がいかないというのも仮説としてはあるでしょう。これらの両方が組み合わさり、他の総菜でも好きなものはあるが、サラダチキンを前にするとサラダチキンを思わず購入してしまうなどです。実際には惣菜コーナーまでいってサラダチキンのみを購入することはあまりないかと思います。サラダとサラダチキンの両方を購入し、サラダにトッピングして食する消費者も多いのではないでしょうか。しかし、このような状況を想定してもサラダチキンの売り上げが他の総菜よりも多いのは確かな話であり、さて、これはなぜでしょうか?というのが問題意識であります。
ここでの問題は好意的な印象の商品を思わず手に取るという現象であります。ここで心理学的に問題となるのは「好印象」であります。ここが実に難しいく、「悪印象」とならば問題は簡単なのでありますが、好印象となればさて、どのように解釈すればよいのでしょうか?という心理学的な問題の設定から行わなければならないのもまた研究者の心に火をつけるのであります。
まず、悪印象であるならばコンプレックスの問題として解決できます。なんだかよくわからないが、即座に言葉に表現することができず、しかし「イラッっとくるもの」はコンプレックスからものものです。しかしながら、サラダチキン=認められたものという、コンプレックスとは逆の結果でありながらプロセスについてはコンプレックスと全く同じである現象をどのように考えるかであります。深層心理学的には好印象に無意識に思うことができるのは元型であります。はっきりとした口調できちんとした理論にてものごとを判断していく大学教授をみて「素晴らしい!」と思うのは老賢者元型が作用しているからであります。もっとわかりやすい例では、男性が女性を見て一目ぼれするのは彼のアニマ元型(正確にはアニマ元型イメージ)が作用しているからであります。元型が単体でいきなり意識に作用した場合は大変まずい状況となるのですが、ここに個人的無意識などがバランスよくミックスされた状態で統合化されるとアニマ元型は薬へと変化します。
大学教授が老賢者元型、男性が女性を好きになるのはアニマ元型を投影してのものであるとするならば話はずいぶんと通じるのでありますが、今回の相手は「サラダチキン」であります。サラダチキンを人間は、さらに男女ともに何を投影しているのかとなります。例えば最近の若い男性や女性がスマートフォンを非常に大切に扱う状況を見て思うのは、まるで家族の一員かのような印象を受けます。ある男性が出勤を急いで慌てて家を出たところスマートフォンを家に忘れました。その時の感情を考えてみてください。これが女性であってもほぼ同じような感情ではないでしょうか。最愛の妻や夫、ないし彼氏や彼女が自分の手に届く範囲内に存在せず、かつ、どのような状況かもわからない言葉にならない不安を考えると現代人にとってのスマートフォンはアニマやアニムス元型を投影しているとみてよいでしょう。それにしてもモノを具体的な性のある人間とみなし、それと付き合うことができる人間は、よく考えてみると私も含めて変態であると思うわけですが、心理学は実に面白い学問でありますね。
今回はここまでとし、サラダチキンは人間の心のどの部分に響いているのかについてを見ていこうと思います。ご高覧、ありがとうございました。