
《Ruruの体験》
見つけてしまった!!
根っこの根っこの根っこにある私の傷。
ダメって言わないで!褒めて!!
ここが満たされてないから、ダメと言われ続けた傷が癒されてないから、いろんな所に私の心が反応して苦しみや痛みを生み出していたんだ。
あれもこれもそれも
あっちもこっちもそっちも
ぜーーーーーーーーーーーんぶ
根っこはここにあった!!!
うっひょ~~~~~~~~~( ̄▽ ̄;)
今までいろんなものを学んだり読んだりしまして、何度も何度も聞いて頭ではわかっていたことなのだ。
そう、頭ではわかっていた。
ダメなままでいい
できなくていい
そのままで完璧なのだ
そうなのだ。ダメなままでいいんだ。このままでもう素晴らしいんだと腑に落としているつもりだった。
でも罪悪感を感じたり自己否定を感じると、頭痛になったり、苦しくなったりしていた。
ダメって言わないで!褒めて!!
幼い頃から母に褒められた記憶がない。
いつも何かを言えば、「ダメ」。
これなら褒めてもらえるかと思っても、「そんなの普通。もっとできないとダメ」。
そんな反応が返ってくる。
小学校入学前、親戚の前で親に怒られた時、親戚に必死に弁解していた記憶がある。
自分でもなぜそんな幼いのにそんなに弁解する気持ちになっていたのか不思議だった。
大人になってからも、何かあると私は瞬時に、弁解の思考をしていた。
責められないような伝え方はできるか。
怒られないような逃げ道はあるか。
責任を追わずにすむ方法があるか。
これは「ダメ」と言われたくないための防御の思考。
また私は見下されていると勝手に感じていた。
あの人は私を見下している。
あの人は私を評価していない。
Linpのことはすごいって言うけど私のことはすごいって言わない。
あの人はきっと私を迷惑に思っているに違いない。
あの人は私をダメなやつと思っているに違いない。
そんなことを信じていたから、そういう表情を探したり言動を探したりしてはむりやり見つけて、
ほら、やっぱりそうだ
と決めつけていた。
これも「ダメ」と言われたくないための防御の思考。
Linpに何かを勧められたり、私の質問に答えてくれたりした時、私は一度は必ず抵抗する。
えー
私には必要ない気がするー
えー
なんかダメ出しされてる?
まだ克服しなきゃいけないことあるの?
Linpは別に私にダメ出ししてるわけでもないし、指摘してるわけでもない。Linpの経験の中で得たことを自分で整理するために私にシェアしてるだけ。
こういう反応をしてしまうのも「ダメ」と言われたくないための防御の思考。
あれしちゃダメ
これしちゃダメ
そんなの見ちゃダメ
これをしないとダメ
ダメダメ言われて、でもダメって言われることをしちゃう自分がいて、ダメだと言われるとわかっててもそれをしないとストレス溜まるからやっちゃう自分がいて。そこに罪悪感があった。
溜まるストレスと罪悪感。
甘いものを食べてる時だけがその苦しみから解放される時間だった。
小学高学年くらいから、私は時々夜家を抜け出して、近くの商店でチョコクリスピーを買って食べるようになった。
太り始めた。
人より太っていると気づくと、そこにも罪悪感を感じるようになった。
もう家にいたくない。
故郷も大嫌い。
根本を癒さず表面を取り繕うだけの対処。
社会人になって仕事も忙しくなると夕食はアイスやお菓子で済ませて、ギリギリの心のバランスを保とうとした。
しばらくするとうつ病崖っぷちと診断された。
生理の度にものすごい頭痛に見舞われるようになった。
痛みは罪悪感から来るのだそう。
ダメって言わないで!褒めて!!
ここが癒されてないことがすべての原因だった。どうしても陥ってしまう自己否定。無意識に、瞬間的に自己防衛に走ってしまう感情。
食べ過ぎると気持ち悪くなるのに止められない甘いもの。
やっとこの根本原因をしっかり受け入れることができた。
そうしたらここを癒していく。
愛で包んでいく。
何をしてもダメじゃない。
何をしても大丈夫。
ダメだと人に言われても大丈夫。
よく頑張ってきたね。
朝晩の瞑想で愛の美徳で自分を癒す。
自分を愛で包む。
自分を愛するとは、自分の本心を認め受け入れること。
ダメって言われたくない自分を抱き締める。
褒めて欲しい自分を抱き締める。
自己防衛しちゃう自分を抱き締める。
罪悪感を持ってる自分を抱き締める。
瞑想中、ソーラープレクサスのあたりが眩く光輝き、虹色のスペクトルが瞬くのが見えた。
言葉が下りてきた。
魂が輝く。
魂が強く虹色に輝く。
もう大丈夫。
気づいた時、その時から癒される。
すべてはそこに気づき癒し、まっさらな光輝く魂に戻るため。
あ~~
やっと
やっとたどり着いた