今日は暑かった。スーツで歩き回るとぐったり↑。
昨日との温度差が激しくて、なかなか身体がついていかない。銀行の全開クーラーが心地良い季節が近づいてきた。
さて、前回に引き続き『龍馬伝』について。
このドラマの最大の功績は、「土佐勤王党」そしてそのトップの武市半平太と、その部下で“幕末四大人斬り”のひとり、岡田以蔵のイメージを変えたことだろう。
土佐勤王党は幕末の土佐藩における政治集団。過激な尊王攘夷思想を持ち、吉田東洋など藩内の敵対勢力を暗殺して実権を掌握、一時は朝廷にも影響力を持つまでに至った。党首である武市半平太は、京に上った後も幕府内の開国派などの政敵暗殺を決行。その暗殺団の一員として動いていたのが、“人斬り以蔵”こと、岡田以蔵だ。
結党初期は坂本龍馬も参加していた土佐勤王党。
これまで日本史で勉強したり、書物で描かれているイメージは、おもいっきり“テロ集団”。
“天誅”として実際に人斬り、暗殺を繰り返していたのでテロリストという見方は間違いではないかもしれないが、同じく京で粛清を繰り返した新撰組や見廻組に比べると、なんともイメージ的なものは分が悪い。
特に新撰組と比べた場合、新撰組は暗殺集団という見方から、時代に翻弄された若者たち、公儀に尽した武士の鑑、滅びゆく美学(旧幕府側ですからね)、なんて良い感じの見方も多いのだが、土佐勤王党には、土佐の方々にとってはともかく、全国的にはあまり良い印象はない。
※ ちなみに見廻組は、坂本龍馬暗殺の実行犯とされている。本当はどうなんでしょ?
しかし『龍馬伝』での土佐勤王党は、藩のため、日本のために最良と考え判断した手段が攘夷であって、藩に出来ないなら“藩のため”“お殿様のため”に自分たちが成し遂げようという、危なっかしくはあるけれど、決して人を斬るだけのイカれた集団ではなかったという描き方をしている。
そしてトップの武市半平太は、手段を選ばない危険さと不器用さがあるけど、元来は誠実な男で、藩のためには命を投げ出す覚悟の立派な武士。岡田以蔵は、ホントは人を斬りたくないけど、武市さんの命令を断れずに苦悩するナイーブな若者、という描かれ方をしている。
だから、“禁門の変”(歴史の時間に出てきましたね)以降、急速に崩壊していく土佐勤王党は、時代に翻弄され行き場を失っていった悲劇の若者たちといった、ある種の同情と悲壮感が入り混じった「滅びゆく者の無念さ」を、共感を持って映し出している。
その反面、土佐藩主・山内容堂(幕末の四賢候のひとり)がかなりの曲者として描かれているけど。
この従来とは違ったアプローチはなかなか新鮮で、維新どころか幕末後期までも生き残れず、マイナーが故に印象の悪かった土佐勤王党とその志士たちが、これまでとは打って変って表舞台に躍り出てきた(と言うか、ドラマ前半の主役級)。云わば、「あまり語られることのなかった真実」が陽の目をみたと言ったところ。
特に岡田以蔵については、これまでのテロリスト的イメージから慰霊祭などは行われて来なかったが(他の土佐藩士たちは行われていた)、このドラマを気に初めて慰霊祭が開催されてらしい。
ちなみに、前述の土佐藩主・山内容堂。
維新の折には、武市半平太を殺してしまったことを深く後悔していたらしい。なぜなら土佐藩は武市を失ったことで、尊王攘夷の急先鋒がいなくなり、薩長を中心とした明治維新にかなりの尽力をしたにもかかわらず、どうも影が薄くなってしまった。武市さんも龍馬さんもその頃にはいないので、薩長軍団に対抗できる人材がいなかったのだ。
明治政府はよく“薩長”と表現されるが、これはまさしく龍馬さんがくっつけた薩摩と長州。ここに土佐の名前がないことからも、若干除けもの扱いされていたことがよく分かる。大久保利通、西郷隆盛、木戸孝好といった濃いキャラクターにタメ張れる人材が、土佐の場合はみんな既に亡くなっていた。
実際に維新を成し遂げた後、木戸孝允は山内容堂に対して「なぜ武市を殺した?」と問い詰めたと伝えられている。
昔の話なので、あの人は本当はどうだったのかなんて誰にも分からないけど、これもひとつの楽しみ方。
ご参考までに。





