葬儀は無事に終わった。
「振る舞い酒」の席になっている。
親族、
生前爺ちゃんが世話になった方々が集まっている。
しめやかに故人を偲ぶ席となっていた。
火葬場で、弟と、ふたりで爺ちゃんを天国に送った。
以来、ずっと弟が隣に居た。
ボクは、コーラを飲んでいた。・・・・運転があるからだ。
当然に、弟も隣でコーラを飲んでいる。
1. 5リットルのペットボトルを1本持って来てふたりで飲んでいた。
ガッハッハッハ。
高笑いが響く。
「クソ野郎」の声だ。
ヤツは、葬儀の間中嗚咽を上げていた。
ハンカチを握りしめ涙を拭っていた。
葬儀が終わって、
叔父、叔母たちが客人を回って酒を注いでいる。
もてなしている
「クソ野郎」は、亡き叔母の婿さんだ。
「最上級」の客として、叔父、叔母が接客にあたっている。
ガッハッハ・・・・
さっきまでの涙はどこへやら、
酒が入って本性を現したのか、高笑いを繰り返している。
頬を赤く染め・・・・
グラスを持つ手。
小指が立っている。
グイグイと、ハイペースでビールをあける。
なんというか・・・
気持ちの悪い顏だ。
そのむかし、
「とんねるず」が全盛期のとき、
「ほもおだほもお」
「保毛尾田保毛男」
って、
とんでもない気色の悪いキャラクターがいたけれど、
見た目は、あれにそっくりだ。
あれを、さらに、線を細くしたような感じ。
ピッタリと7:3に撫でつけた髪型。
頬のピンク色といい、
青髭跡といい、「ほもおだほもお」ソックリだ。
ボクと、弟は、クソから離れた席にいた。
それでも、否応なく、話の内容は聞こえてくる。
完全に酔っぱらった、
葬儀には場違いなオッサンの嬌声が響いていた。
場末のキャバレーのオッサンの声だ。
嬉しそうに喋ってやがる。
なんでも、
「再婚」の話が出ているらしい。
・・・・・どころじゃない。
「見合い」の話がいくつも持ちこまれてると宣ってやがる。
まぁ、
「クソ野郎」の家は、何百年も続いた由緒正しい老舗だ。
そこの「若ボン」だ。
そりゃあ、「見合い」の話が持ち込まれるのは、
・・・・まぁ、あるんだろうな・・・・
・・・しっかし、この席で言うことなのか・・・・
ここは、
クソにとっては、「嫁さんの実家」だぜ。
しかも、その「義理の親父」の葬式の席だぜ。
わかっちゃいたが、
こいつには「常識」「良識」ってものがないらしい。
「・・・・・これが、みんな、20代の女の子なんですわぁ~~~」
頬をピンクに染め、
目尻を下げ、
青髭跡の鼻の下を伸ばしてほざいてやがる。
嫁を貰う。
その、第一の目的は、「跡継ぎ」を産んでもらうことだ。
それが「見合い相手」の、最大で、絶対の条件だ。
ウチの叔母では、子供が産めなかった・・・・そうほざいてやがる。
そりゃ、見合い相手は「若い」って女の人ばっかだろうよ。・・・・・「女の子」って言ってもいいような年頃らしい。
男は、何歳でも、女の人が若ければ子供は生まれるからな。
・・・・・しっかし・・・・このクソ野郎。すでに50代に入ってるはずだ。
どの「女の子」を選んでも、
歳の差、30歳近くってことか。
そりゃ、
鼻の下が伸びるはずだわな・・・・・
くっそ気持ち悪ぃ・・・・
何人もの候補が居て、
引く手数多で、迷っているって話を自慢気にしてやがる。
こんなクソ野郎の元に、
嫁に行かせようって、親の神経は理解できないが・・・
・・・・・まぁ、「金の力」ってことなんだろう。
クソが!
吐き気がする。
ガッハッハッハ・・・・
クソの耳障りな高笑いが響く。
・・・・・・こいつは、どこまでクズなんだか・・・・
場の皆が、アルコールを飲みながら、クズの話に聞き入ってるのがわかる。
ボクと弟は、クズからは背を向けていた。
互いに胡坐を組んで、
顏を突き合わせて、静かに話をしていた。
話題は、学校生活だ。
弟は「野球部」だった。
野球部は費用がかかる。
用具に、ユニフォーム・・・・・それに遠征だとか・・・・
ボクが就職する時、
弟には、
「なんかあったら言ってこい」と伝えてあった。
ウチは母子家庭だ。
オカンの働きでは、生活していくだけで精一杯だ。
カネがかかることがあっても、弟は言えないだろう。
カネの問題で、ボク自身が苦労した・・・・・
苦労と言うほど苦労はしてないか・・・・
しかし、
ボクは、オカンから金を貰うことなく、生活していた。
ボクは、高校生でアパート暮らしをしていた。・・・・・・もう、家には居たくなかったからだ。
当然に家賃は自分で払った。
ボクがオカンに出してもらってたのは授業料だけだ。
その他・・・・・水道光熱費・・・・電話代・・・全ては自分で賄っていた。
費用は莫大な金額になる。
とても、「高校生バイト」・・・・そんな生易しいもので賄える金額じゃない。
「フルタイム」で働いても大変ってな金額だ。
ボクは、
学校をサボって、麻雀、パチンコに勤しんだ。
・・・・ついには、
卒業するにも「出席日数」が足らず・・・・
・・・・まぁ、
よく、卒業できたもんだと思う。
いずれにしろ、
中学、高校生活の「金が無い」苦労は充分にわかっている。
それで、
東京に出る時、
「何かあったら言ってこい」と弟に伝えた。
その、最初の「お願い」が、
「グローブを買ってくれ」だった。
野球部に入りたいんだ、と。
一も二もなく了承した。
以来、
真面目に部活に取り組んでるようだった。
しっかし、
野球部ってのはカネがかかった。
簡単に了承したのは早まったか・・・・と思うほどに費用はかさんだ・笑。
まぁ、
仕事は「桐原グループ」に入れてもらったおかげで、給料は良かった・・・・残業代がメチャメチャ入ってきたからな。
だから、
まぁ、「重荷」ってほどじゃなかった。
弟が、「青春」ってやつを楽しんでくれれば、それで良しとしよう。
なんたって、歳の離れた兄弟だからなぁ・・・
兄弟で、
「兄貴」であって、
時として「父親代わり」でもあった。
弟と会ったのも久しぶりか・・・・・
普段は、オカンとふたりっきりの生活だ。
「男同士」ってな、話はできないんだろう。
弟が、堰を切ったように話している。
ボクも、弟も「阪神ファン」だ。
野球の話題でも盛り上がる。
喉が渇くか、
弟が、コーラを豪快に飲む・・・・・
ガッハッハッハ・・・・・・
クソ野郎の高笑いが響く。
一瞬、弟の動きが止まった・・・・・
火葬場以来、
弟と一緒にいた・・・・・
火葬場で一緒に泣いて以来、
ずっと、弟と喋り続けていた。
・・・・・のではなかった。
弟が離れようとしなかったんだ・・・・・
クソ野郎の高笑い。
声が響くたびに、弟の動きが止まるのに気づいた。
・・・・そして、わかった。
弟はトラウマとなっているんだ、と。
・・・・・そして、
弟は、
クソ野郎に虐め抜かれたらしい。
弟には聞いていない。
本人に聞けるもんか。
それでも、
あの日・・・・
あの、
弟が帰ってきた日。
あれ以来、
弟は、
何かに怯えたような、
小動物のように、オドオドした子供になってしまっていた。
「天真爛漫」と言っていい幼児をそんなふうに変えたのには、どんな出来事があったんだろう。
・・・・・想像すらできなかった。しなかった。・・・・想像すら避けた。
ボクと弟の間では、
あの日々の事は一切話題には上がらない。
ふたりにとっては、
消し去りたい過去だったんだ。
ガッハッハ・・・・・
アルコールを撒き散らす臭い息。
クソ野郎の高笑いが響く。
弟が小刻みに震えているように見えた。
・・・・・そうか・・・・
お前は・・・・・耐えてるんだな。
お前にとって、
「クソ野郎」の声は、
恐怖のトラウマの声なんだな・・・・
そう気づけば、
弟の上気した顏・・・・汗は・・・・嫌な汗なんだと気づいた・・・・・
懸命に喋っていたのは、
トラウマと戦っていたんだな・・・・
目の前に、
震えている。
懸命に耐えている弟がいる。
「クソ野郎」が、弟を壊しやがった。
ボクは・・・・
ボクは・・・・
ボクは、
あの時、腹の中に、ドス黒い殺意を抱いた。
弟が、小動物のような幼児となり帰ってきた時、
ボクは、
このクソ野郎を、
「殺してやりたい」・・・・そう思ったんだ。
しかし、
時間が経ち、
気持ちは、
腹の奥底に封印してきた。・・・・ボクにはできた。
・・・・しかし、
弟には、
「終わっていない」
弟は、
未だに苦しんでいるんだった。
封印した「殺意」
それが、蘇ってきていた。
席を立ち、
クソ野郎の頭をビール瓶でカチ割り、
ビールのシャワーを浴びせてやりたい衝動に駆られた。