走っていた。

 

陸上競技場を走っていた。

 

春の陽射しが降り注ぐ。

 

 

春休みだった。

まだ、入学式も終わっていない。

 

それでも、陸上部の入部は決まっていた。

練習に参加する。

今日が初日だ。

 

工業高校陸上部は、ホームグランドを陸上競技場としている。

・・・・その一角に「部室」があった。

 

 

練習前。

部室。

 

 

「よろしくお願いします!!」

 

ボクは、先輩たちを前に頭を下げた。

 

陸上部の人数は多い。

「短距離」「長距離」「投擲」の3種目にわかれて、それぞれにキャプテンがいた。

総勢100人弱にもなる、県下では有数の陸上強豪校だった。

 

中学・・・・時田先生の陸上部、前キャプテンの土田さんもいた。

 

 

「知っての通り、水上は、200mのチャンピオンだ・・・・・」

 

隣に立つ陸上部顧問から、中学生チャンピオンだと、期待の新人だと紹介された。

 

 

 

中学生チャンピオン。

 

そして、土田さんの後輩。

 

諸先輩、みなさんが温かく迎えてくれた。

 

同じ1年生、新入部員の中でのリーダーのような立ち位置になった。

 

 

春の陽射しの中。

1年生。新入部員を率いて、陸上競技場を走っていた。

 

 

 

工業高校入学式。

 

校庭に桜が咲いていた。

 

プログラム通りに進行していって式は終わった。

 

「建築科」教室に入る。

 

男子生徒しかいない。

 

工業高校は、ほとんどが男子・・・・もう「男子校」だっっていっていい。

 

女子生徒の入れるような「科」がなかった。

1学年400人からの生徒の中、女子生徒は2人程度しかいなかった。

 

・・・・とうぜん、このクラスには女子はいない。

 

 

「でも・・・・男子ばっかの方が気楽でいいや・・・・」

 

 

あいうえお順で決められた席に座った。

 

後の壁には、父兄が並んでいた。

ウチの母さんは来ていない。

 

周りを見渡す・・・・・同じ中学からの生徒もいたけど、クラスが同じになった事はない。・・・・知らない顔ばっかりってことだ。

 

 

担任が入ってきた。

ズカズカズカ・・・・って感じで入ってきた。

・・・・そろそろ定年じゃないのか・・・・・耳の上に微かに残った髪も真っ白だ。「カクシャクとしたお爺ちゃん」そんな雰囲気だ。

 

それでも「良い先生」だとは聞いた。

 

学科主任。

 

工業高校には専門教科がさらに細分化されている。

 

「建築」と一言で言っても、さらにいくつもの教科にわかれていた。・・・・その一番偉い先生ってことだ。

 

まぁ、1年生を受け持つってのは責任重大なんだろうな。

 

 

 

担任の教壇での挨拶が終わった。

 

・・・・今日はこれで解散だ・・・・全員が立ち上がる・・・・父兄と連れ立って教室を出ていく・・・・・喧噪・・・・

 

 

ツカツカと担任がやってきた。

 

まだ座っていたボクの高さまでかがんだ。

 

「お前の入試は5番だった。・・・・・お前には期待してる。よろしく頼むぞ」

 

ポンポンと肩を叩いて立ち去っていった。

 

 

ボクは全校生徒で5番という成績で合格していた。

ちなみに、新入生挨拶を行った主席は、同じ「建築科」隣のクラスのヤツだった。・・・・「建築科」は2クラスあった。

 

ってことで、このクラスでの1番はボクってことだった。

 

 

5番かぁ・・・・・

正直、1番は無理でも、3番くらいには入れるかと思っていた。

 

高校入試、最後の方には 上沢高校 すら入れるレベルになっていた。

低偏差値の工業高校なんぞ、2、3番手で入学だろうと思っていた。

 

でも、まぁ・・・・5番なら悪くない。

 

担任にも「期待してる」って言われたんだ。

こっから勉強も頑張ってみっかな。

 

 

 

 

陸上競技場。

 

学校が終われば、毎日、陸上競技場で部活だ。

 

高校受験で、しばらく走れなかった。

身体が鈍っている。

 

久しぶりに走りまわれるのは気持ち良いとしかいいようがない。

 

 

陸上競技場には、各高校の陸上部も練習にやってくる。

 

工業高校は、「部室」すら持ち、ホームグランドとしてたけど、その他の、市内の高校も練習にやってくる。

 

 

その中に「下百合女子高校」があった。

 

工業高校は、ほぼ「男子校」だ。

「下百合女子高校」は、とうぜん女子高で、女の子しかいない。

 

そして、同じ陸上競技場をホームグランドとして練習する・・・・必然的に仲が良かった。

お互い、学校内に男子、女子がいないわけで・・・・なんとなくクラス内での男子、女子の役割をするような感じだった。

 

休憩時間・・・・帰る時に話したり・・・・同じ中学の卒業生もいるわけで、なおさら話しやすい。

 

なんだか、ホノボノとした時間が流れた。

 

 

奈緒子先輩とは会ってなかった。

 

受験があって会えなくなって・・・・そこから会う機会が減っていった。

 

卒業直後に「第2ボタン」を渡すために会って・・・・そこから会ってなかった。

 

 

もともと「付き合う」っていう関係じゃなかった。

 

 

「好きな娘が出来たら別れてあげる」

 

 

奈緒子先輩からは、常にそう言われていたし・・・・

奈緒子先輩からは、常に「好きな男子」の話も出てきた。

奈緒子先輩は、1っこ上だ。しかも、ちょー進学校の、さらに「特別クラス」の高校生だ。

 

奈緒子先輩をたまに、駅前とかで見かける時もある・・・・

そんなときでも声が掛けられない。

 

奈緒子先輩は、いつも、数人の男子生徒と一緒にいた。・・・・1こ学年が上だと、んとに大人だ。 

 

・・・・・大人だし、頭いいし・・・・

なんか世界が違うって感じだった。

 

 

ボクの中には「付き合ってる」って意識はなかった。

 

・・・・なんだろう・・・・姉が弟に世話をやいてる・・・・そんな感じで・・・・・それに、お互い「好き」だとかって言葉もない。

 

 

「好きな娘ができたら別れてあげる」

 

 

奈緒子先輩からは、そんな言葉しかなかった。

 

・・・まぁ、今は好きな娘もいないけどな・・・・

 

 

 

陸上競技場。

 

練習が終わった。

学生服に着替えて石段のベンチに座って話していた。

 

富岡がいた、出水がいた。

ふたりとも 中場高校 の陸上部だった。

中場高校 は普段は、学校で練習している。・・・・たまに・・・・月に数度、陸上競技場で練習していた。

だから、ふたりとは久しぶりに会った。

 

・・・・やっぱり、ふたりと話すと落ち着く。

 

「同じ釜のメシ」って言い方があるけど、まさしく、それだった。

 

命ギリギリ、同じ時田先生の陸上部で汗を・・・・命を削るように生きてきた仲間だ。

 

一言の言葉で、その後ろにある万言を理解し合えた。

・・・・言葉がなくてすら理解しあえた。

 

このあとの人生・・・・・生きてくうえでの「同志」がここにいた。

 

 

世界一!!!

 

 

時田先生に言われた「世界一!!」

 

まだ、何も見えない。

それでも、ボクたちは、一緒に・・・・それぞれ違う道に進んでも・・・・一緒に同じ時代を生きていくんだ。

 

そんな「同志」だった。

 

 

「中場高校の陸上部は、オレたちが仕切ってく・・・・・工業高校は、カズ・・・お前だな」

 

出水が言う。・・・相変わらず男前だなぁ・・・・髪が伸びて、さらに拍車がかかってる。

 

「いや・・・ウチには土田さんがいるから・・・・土田さんについて行くよ」

 

土田さんは、県下でも有数の「ハドラー」・・・・・110mハードルの選手になっていた。雑誌にも載る、期待の高校生ハドラーだった。

おそらく、工業高校は次のキャプテンには、土田さんがなるはずだ。・・・短距離部門は。

そうすれば、自動的に「時田イズム」の陸上部ができあがる。

ボクは、土田キャプテンのもとで走れることが嬉しかった。・・・・・それでいい。

 

富岡はハードルの選手だった。

高校でもそのままハードルを種目としていた。

 

たまに、陸上競技場に来た時には、土田さんにハードルの質問をしていた。

 

 

・・・・富岡、出水・・・・何時間でも話してられた。

心地いい時間だった。

 

 

 

 

駅前の音楽スタジオ。

 

 

ボクはドラムを叩いていた。

 

中学生「文化祭」で結成したバンドがそのまま続いていた。

 

別に意味はない。

目的があるわけじゃない。

 

それでも2週間に1度は、スタジオで練習していた。

 

ボクたちのバンドには「鍵盤」がいなかった。

紺野が、上沢高校 で同じクラスになったヤツがキーボードを弾けるってなり、今日、顔合わせがてらで、スタジオに入った。

 

 

学校が終われば部活で走り回った・・・・休みの日にはバンド活動でドラムを叩いた。

 

 

 

日曜日だ。

家に誰もいなかった。

 

・・・・電話が鳴った。

 

「水上さんのお宅ですか・・・・・・」

 

女の子の緊張した声だ。

 

「カズアキさん、いらっしゃいますか・・・・・・?」

 

緊張してる・・・・でも、ハキハキした声だ。

 

「ボクだけど・・・・・」

 

 

「会ってほしい・・・・・」

 

 

そう言われた。

 

 

え、ええええっーーーーーーええーーーーーーーー!!!!?????

 

 

・・・・・これって・・・・あれだよな・・・・・?

 

小学校とか、中学校とかだったら、下駄箱とかに、手紙が入ってるヤツだよな。

 

 

え、えええっーーーーーーーー????

 

 

んとに?んとに、こんなことってあるの???

 

 

待ち合わせは駅前の商業ビルだった。

 

自転車を走らせる。

 

・・・・・でも誰だ?????

 

中学、卒業式でボタンを貰いに来た後輩からは、すぐに脱兎のごとく立ち去られ、そのあと、何もなかった。

あれは・・・・なんというか、「行事」ってか・・・・卒業式マジックの珍事みたいなもんだと思った。

 

・・・・それに・・・・あの電話の感じは「後輩」って感じじゃなかったぞ。・・・・話し方も「同級生」って感じだった。緊張してたけど、・・・・なんか、やたらハキハキしてた。

 

・・・でも、そしたら誰だよ???

 

思い当たる女の子・・・・思い当たる出来事がない。

 

なんとなく、同じ中学校の女の子じゃない気がしていた。

「トラッキー事件」とかもあって、ボクは、同じ中学の同級生からは敬遠されてると思ってる。

 

・・・・じゃあ、誰だ・・・????

 

高校に入ってから、話した女の子って「女子高」の陸上部くらいしかいないけどなぁ・・・・

 

・・・・でも、誰だ????

 

・・・そう考えると、「女子陸上部」全ての女の子に可能性を考えてしまった。

 

 

駅前に自転車を走らせる。・・・・そう、あの小学校2年生で買ったサイクリング車だ・笑。

ドキドキして走らせた。・・・・んとにドキドキした。

 

・・・・誰だ???誰・・???   誰ぇーーーー???

 

 

桜は満開だった。

いや、満開も過ぎてる。

大きな花々が、眩しいばかりの大きさだ。