壇上にいた。
体育館。全校生徒集会。
この前の大会の表彰式だ。
・・・・生まれて初めて、壇上から全校生徒を眺めた。・・・・こんな感じなのか・・・・
村木、宮元、富岡と一緒に校長先生から表彰状を受け取った。
表彰者の列に並んだ。
・・・どこか、居心地の悪さを感じた。・・・・居心地が悪いってのは違う気がするけど・・・
表彰されるのは嬉しい・・・でも、素直には喜べなかった。
・・・・ボクに表彰される資格はない。
確かに優勝はした。
・・・・でも、ボクは、バトンを落とした。
ボクがしたことは、みんなの足を引っ張っただけだ。
・・・・・ボクが、優勝したんやない・・・・・・・
目の前で、次々に名前が呼ばれていく・・・表彰状が読み上げられる・・・渡されていく。
「高原 舞 さん・・・・」
高原が、校長先生から表彰状を受け取る。
・・・表彰者の列に並んだ。
高原の表情が固かった。・・・・そう思ったのはボクだけか。
壇上には華やかな緊張感・・・・高揚感があった。
・・・・ボクは場違いな感じがしていた。
ここに並んでいるのは、各部の表彰者だ。
大会で、優秀な成績をおさめた生徒たちだ。
・・・ボクは違う・・・・みんなとは違う・・・・ボクは、ここに並んでいい生徒じゃない。
一緒に並んでいる、村木や、宮元、富岡に対しての申し訳なさを感じていた。
彼らの「鬼神」の走りで助けられただけだ。
・・・・ボクは・・・・ここに、居ていい生徒じゃない。
場違い・・・後ろめたさ・・・・罪悪感と言った方が正しいのか・・・・「ごめんなさい」・・・逃げだしてしまいたい衝動に駆られる。
素直には喜べない。喜んでいいとも思えなかった。
この表彰状を貰う資格がボクにはない・・・・
・・・・高原の表情も固かった。元気がないように見えた。
高原は平均台で3位だった。
・・・・前回は優勝・・・・1年生の時は2位やったよな・・・・それが固い表情の原因なんか・・・
壇上。
ボクと高原、ふたりの空気だけが固かった。ふたりの空気だけが孤独やった。
大会も終わった。
部活も軽い調整メニューで終わった。
天気はいい。穏やかな秋晴れだ。
カバンを持って学校を出た。
・・・・なんとなく・・・・なんとなく・・・・なんとなく・・・・気分は晴れない。
ひとりで駅まで歩いた。
駅前には、大きな商店街がある。
アーケードになっていて・・・・ここ、雪国は冬になれば4月頃まで雪に閉ざされる。
屋根がないと買い物はできない。
スポーツ店に行った。
シューズを見て・・・・スパイクを眺める・・・・・グローブを見て・・・・サッカーボールを眺めた。
商店街に一件しかないオモチャ屋さんに寄った。
プラモデルの棚を見てまわる・・・・
・・・・本屋に入った。
ガラス越しの雑誌棚。
少年マガジンがあった・・・・手に取って読む。
ガラスの向こうに行き交う人影が見える。
買うのは少年ジャンプだ。
でも、他の雑誌にも好きなマンガはある。
立ち読みして少年ジャンプを買って帰ろう・・・・・
気になった・・・・ガラスの向こう・・・・自転車を押すジーンズ姿が気になった。
本屋を出る。
通り過ぎた後姿に声をかけた。
「高原!」
・・・・気になった。
どこか寂し気な姿が気になった。思わず声をかけてしまった。
振り向いた高原。驚いた顏。
ジーンズにボタンダウン・・・・少年ぽい服装だ。
・・・・やっぱりだ。固い顏だ。泣いてたんじゃないのか。
2歩。3歩。・・・・高原に近づく。
「乗って!」
高原が言った。
え???
笑顔だ。笑顔を作った。高原が後ろに座った。
・・・・はぁ・・・??
それでも、思わずカバンを前のカゴに入れた。トラッキーが揺れた。
前の席に座った。
「水上、進め-!」
高原の手がサドルの後ろを掴む。
とりあえず漕ぎ出す。
「・・・・どこ・・・行くの?」
「いいとこ!」
駅前から高原の指示で県道を進んだ。
・・・・しばらく走って脇道に入った。
防風林が並んでいる。・・・・農道なのか・・・・乗用車が通れるとは思えない。
・・・・空が青い・・・・
そこを抜けたら視界が急にひらけた。
砂利が敷き詰められた広場が見えてきた。・・・・車が3台停められる程度。
自転車を停めた。後ろで高原が下りた。
スタンドを立てる・・・・カバンが重くて自転車が倒れそうになる・・・カバンを取り出した。
・・・・目の前に日本海が広がっていた。
防風林の林の中。
砂浜までは石段になっている。なだらかに降りていける。
海岸線が、右にも、左にも延々と続いていた。
誰もいない。
地元しか知らない海岸なんだろう・・・・
波が穏やかだ。波の音が心地いい。
風が気持ちいい。
石段に座っていた。隣に高原がいる。
「こっち来て・・・初めて・・・海・・・来たの」
・・・・上手く喋れない。・・・・頭で標準語に変換してから喋る。
だから、言葉が出ない。時間がかかる。・・・・もどかしい。
・・・・去年は何してたんやろう・・・・
去年の初夏やった・・・・大阪から「夜逃げ」やった。
・・・・去年の夏は・・・・弟とふたり・・・ひっそり・・・息を殺してアパートにおった。
海どころか、どこにも行った覚えはない。
高原が見てる。ボクのカバンを見てる。
笑ってる。高原が笑ってる。・・・トラッキーに触れる。
「トラッキー、メッチャ汚れてきたやんな?」
・・・え?関西弁やん・・・・?
「ウチも転校生や。5年生ん時な」
・・・・・そうやったんか・・・・・
「もちろん阪神ファンやで。親子3代。生粋の阪神ファンや・笑」
ことさら関西弁を強調して喋ってる。
高原は生まれも育ちも京都やった。
父も母も京都人。生粋の京都人やった。
父の転勤で転校してきてた。
・・・・そっか。京都か。
納得した。高原の「女王」の雰囲気は、これやったんや・・・・
同じ「関西」と、ひとくくりにしても、大阪、兵庫、京都、奈良・・・・それぞれに全く違う。
「京都人」は・・・・京都こそが日本の中心だと思っている。・・・・未だに京都こそが日本の「都」だと考えている。
東京は「仮」の都であって、天皇は東京へ行幸しているだけだと言い張る。
京都御所こそが、真の御所であって、京都こそが真の都だ。
全ての都道府県は、京都に傅くものだと思っている。・・・・高原の、どこか気高さ、女王のような振る舞いの原点がそこにあるんだと気づいた。
・・・・・言われてみれば、確かに高原は京都人や。納得した・笑。
関西では「吉本」と「阪神タイガース」には、独特の思い入れがある。
・・・・大阪に住んでいた頃には考えもしなかった。
関西人にとって「吉本」と「阪神タイガース」は、DNAに組み込まれてしまっている。
関西では、日常生活の中に「吉本」と「阪神タイガース」が、どっかりと根をおろしている。
血の中に流れている。
「阪神タイガース」の選手は、我が息子であって、お兄ちゃんやった。
「吉本」は、クラスの「おもろいヤツ」の延長線上にあった。
関西人にとって「阪神タイガース」と「吉本」は、身内や。
身内の子供や、身内の兄ちゃん、姉ちゃんや。
「・・・水上・・・・聞いたでぇ~~~」
メッチャ笑ってる・・・・高原、メッチャ笑ってる・・・・
「バトン、落としたんやて??笑」
・・・・・うっさいわ。
「表彰式・・・・青い顏しとったもんな・笑」
「うっさいわ。高原かって、3位やんけ。青い顏しとったやんけ!」
・・・・気楽や。
関西弁は気楽や。
遠慮なしに突っ込める・・・・
「・・・・・メッチャ腹立つんや・・・・部活に集中できへん・・・・
パパもママも部活反対やねん。部活なんかやめて勉強しいやって・・・ずーーっと言われてんねん・・・・水上わかるやろ?・・・・こっちには塾もあらへん・・・・」
都会じゃ中学生が塾に行くのは当たり前や。
でも、この田舎じゃ、「塾」という存在そのものがなかった。
「そやから部活止めて勉強せぇって・・・
そやけど、そんなん親の勝手やん!転校させへんかったらええだけやん!
・・・転校するときどんだけ泣いた思てんねん!
・・・・部活やるんはバランスとるためや、そうやないと爆発しそうになるんや!」
・・・・部活がなかったら・・・・ボクが、陸上部を取り上げられたら・・・・
鬱々とした・・・・「ヘドロ」にまみれた去年の自分を思い出していた・・・
爆発しそうやった。
全てをぶち壊してしまいたい衝動に駆られた。
部活がなければ・・・・陸上部がなければ・・・・ボクは、ボクを保てへんかった。
高原が顏を背けたように感じた。・・・俯き気味・・・・
気づかないふりをして寝そべった。
「・・・ボクも成績落ちたわ・・・・もう諦めた・・・先生が何言ーてるかわからへん・・・せめて、ちゃんと標準語で授業やってほしいわ・・・」
・・・・風に冷たさが出てきた。
たぶん泣いてる・・・高原を見ないようにして立ち上がった。
隅に古い自動販売機があった。
ココアとミルクティーを買った。
石段に戻る。
「どっちがええ?」
「ありがとう・・・」
高原はミルクティーを選んだ。缶を開け一口飲んだ。
「あったかい・・・・」
ホッとした顏に見えた。
ボクもココアを飲んだ。
上空から音が聞こえた。
・・・・見上げた。
ジャンボジェットが飛んでいた。
ここからは空港が近い。悠々と飛んでいた。
思わず、目が追ってしまう・・・・
「大阪・・・帰りたい・・・・・?」
高原が言った。
・・・・そうだ。
ボクがジャンボジェットを見ていたのは・・・・・あのジャンボに乗れば大阪に帰れるのか・・・・そんなことを思うからやった。
空にジャンボが飛んでいれば、すぐに見上げた・・・・時間が止まった。
「私もそうやったよ・・・・」
高原が鼻声で言う。
そっか・・・・
いつか、高原が言った・・・ボクが飛行機ばかりを見ている・・・・まぁ、わかるけどね・・・そう言った意味・・・・そうやったんか・・・・
・・・・高原はさっきも泣いてたんやろう・・・・親とケンカしたのか・・・・泣いてた理由。・・・・平均台3位の理由もわかった・・・・
テレビのチャンネルが2コしかない・・・少年ジャンプの発売日も遅れてる・・・マクドがない・・・ケンタもない・・・
なんで今どき坊主頭やねん・・・しかもチョー坊主頭やで・・・・
ふつーに喋ったら笑われる・・・
冬には雪が降り積もる・・・・
阪神タイガースも吉本もない・・・・
「甲子園で・・・・たこ焼き食べて・・・うどん食べて・・・・風船飛ばして・・・・六甲おろし歌いたいわ・・・・」
溜息のように高原が言う。
・・・・カバンからトラッキーを外した。
高原に渡した。
「ええの・・・・?」
「ええよ。まだ何個もあるんや。あげるわ」
高原が微笑んだ。・・・・そして笑顔になる。
「水上・・・・感謝しいや。・・・・ここ私のお気に入りの場所やねん。・・・誰にも教えてない。教えたの水上だけやで」
うんうんうん・・・・頷いた。
陽が沈んでいく。
二人並んで夕陽を見ていた。
風が冷たい。
暗くなってきた。
自動販売機の電気だけが光ってる。
ふたりで空き缶を捨てた。
カバンを自転車のカゴに入れる。前に座った。
高原が後ろに座る。
高原の腕が躊躇なく腰に回った。
走り出す。
「水上・・・・」
「なんや・・・?」
「私・・・ホンマは甘いの苦手やねん・・・・今度からコーヒーのブラックにしてや」
「わかったー・笑」
・・・・高原が好きやった。
転校してきたクラスで、ひとりだけ違っていた。ひとり違う「光」を放っていた。
ふとした時に目で追っていた。
気づけば好きになっていた。
・・・目が合った。
高原は群れない。いつも笑っている。
部活となれば「孤高」になった。
高原の部活での頑張りが眩しかった。
・・・・どこか、自分を惨めにさせた・・・
陸上部に入る背中を押したのは高原の姿やった。
陸上部で走る・・・・100mのコースから体育館が見える。
・・・・その中で、高原が頑張っている。
それだけで頑張ることができた。
防風林の中。
電気のついた二人乗りの自転車。・・・・ゆっくり進む。
・・・・話せた。
思ったことがそのまま言葉にできた。
楽しかった。
高原と話しているのが楽しかった。嬉しかった。
空気が清んでいる。
降ってくるような星空やった。
秋の星空が綺麗やった。