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Ken’s Limitless Blog

– Thoughts, Lessons, and Curiosity Without Limits –
ライフコーチング、英語コーチング、催眠、気功、瞑想などを通して、思考・感情・無意識の「制限」を書き換える方法を教えています。

あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。

 

皆様はどんな年末年始でしたでしょうか。
私は以前書いていた通り、母と妹が東京に来たので色々案内したり、おせちを一緒に食べたりして充実していました。

 

しかも嬉しいことが!母と妹を帰りに駅まで送っていたところ、偶然RIZINで戦っていたMMAファイターのJose Torresさんに会い、写真を撮ってもらうことができました!

 

*サイン付きシールもいただきました!

 

前日にリアルタイムで試合を見ていたので、とても嬉しかったです!結果は判定負けしてしまったのですが、僅差だったのでJoseさんが勝っていたと考えている観客も多いです。今年からRIZINの判定システムは変わるので、またぜひ日本で戦ってほしいですね!

 

また話しかけた時、自分が英語を使うのが久しぶりだったこともあり、文法がめちゃくちゃになっていました^^; 
 

自分ももっと英語学習しなくちゃなと改めて思いましたが、伝えたいことは伝えられたので、結果オーライです笑

 

そんなわけで新年1発目の今回の記事は「言語」についてのテーマで書いてみたいと思います。

 

 

①「新年あけましておめでとう」は誤用なのか?

 

私の前職で、「新年明けましておめでとうございます」は誤用なのでお客様に使わないでください。と言っている上司がいました。

しかし、現実問題として多くの場面で「新年明けまして」という言葉は耳にします。どういうことなのでしょうか。

 

結論から言えば、誤用ではありません

 

たしかに「明ける」という言葉は、本来「始まる」ではなく「一定の期間が終わる」という意味を持っています。

 

・夜が明ける
・梅雨が明ける
・年が明ける

 

などの表現がありますが、いずれも「それまでの期間が終わる」という意味です。

 

「新年」と「あけまして」は意味が重複している、という指摘があるのも事実ですが、これは意味論的な整理の話であり、慣用表現としては問題なく定着しています


つまり、論理的に100点でなくても、日本語としては正しいという表現なわけです。


*NHK放送文化研究所をはじめとする言語の専門機関でも、重複表現ではあるが誤用・間違いとは言えず、訂正対象の表現ではないとされていますね。https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20170101_3.html

 

② 言語はそもそも完璧ではない

そもそも言語は、世界や人間の思考を完全に表現できるものではありません

言語には必ず、省略・曖昧さ・重複・文脈依存などが含まれます。日本語の山英語のmountainも、実際は全然違いますよね。

 

それでも私たちは、言葉の背後にある意図や感情を読み取り、コミュニケーションを成立させることができます。

 

先ほどのMMAファイターJoseさんとの会話もそうでした。

文法的には怪しくても、伝えたい気持ちと空気感は共有できたわけです。

 

 

③ 言語に縛られすぎると、AIに代替される
現代は、言語に縛られた思考が増えているように感じます。

 

・マニュアル通りに作業をする
・定義から外れないようにする
・正誤判定を最優先する

 

マニュアル的な思考に偏ってしまう、いわゆる「マニュアル人間」と呼ばれる人はこれの典型で「書かれてないのでわかりません」と言って自分で積極的に行動せず、リスクを最小化させる動きをしてしまいます。

 

こうした思考は、AIが最も得意とする領域です。
 

言語をルールとして処理し、入力に対して最適な出力を返す。まさにAIの仕事なのです。

 

しかし言語は本来、ツールであり、手段でしかありません。

もし私がJose選手を見かけた時に、
「この英語表現は正しいか?」
「文法ミスではないか?」

と考え続けていたら、声をかけるチャンス自体を逃していたでしょう。

正確性はもちろん大切ですが、それ以上に大切なものが人間同士のコミュニケーションには存在します。

 

 

非言語の部分を取り戻す

人間だからこそ大切な部分。それは、


・表情
・声のトーン
・間
・身体感覚
・空気感

 

といった 非言語の部分です。

 

2026年は、AIがさらに進化していく年になります。
だからこそ、我々は今後、人間にしかできない非言語の領域を大切にしていくことが求められていきます。

 

ただし、非言語は言語化が難しいため、どうしても怪しく聞こえがちです。
そこで最後に、具体的なワークをいくつか紹介します。
 

① 集中系の瞑想(サマタ瞑想)

おすすめなのは、「サマタ瞑想」のような集中系の瞑想です。特に マントラ瞑想 は効果的です。

 

マントラという意味のない音を繰り返しとなえることは、それ以外の内省的な言語化を難しくします。意識はシリアル処理なので、マントラを唱えながら同時に「今日の晩御飯どうしようかな」と言語化することはできないわけですね。

 

このような心的飽和を起こすことで、思考そのものを一時的に鎮めることができます。瞑想というと「無になる」というようなイメージですが実際それは睡眠で良いわけで、「意識はあるけど思考が静まっている」状態がここでのポイントです。

 

② スポーツ・身体を使うこと

スポーツや運動も非常におすすめです。五感を使って、物理空間を感じるというのがポイントです。

 

我々は普段スマホやPCで、物理空間以外に意識が向きすぎているわけですね。身体を動かすことで、思考は自然と「今ここ」に戻ります。激しい運動でなくてもよくて、散歩だけでも十分効果があります。

 

もちろん「新しい動きをする」「広い空間を常に意識する」といったメリットがスポーツにはあります。

 

③ 言語学習

最後に少し手前味噌ですが、
英語学習も非常に有効だと感じています。

 

英語も言語ではありますが、母語である日本語とは異なる言語を学ぶことで、日本語の世界がすべてではないという当たり前の事実に、改めて気づくことができます。

 

複数の言語を学ぶことで視点が増え、結果的に言語そのものの束縛から自由になるという逆説的な効果があります。専門的には「メタ言語能力」などと言われるもので、特にアウトプット場面においてこれはみられます。

おわりに

今回紹介したものは、ほんの一例です。


大切なのは、日常の中で言語の制約から少し距離を取り、
人間にしかできないことに意識を向けることだと思います。

 

2026年は、言葉に縛られすぎず、正しさだけに依存せず、より立体的に世界と関われる一年にしたいですね!

 

改めて、あけましておめでとうございます。

今年も、言語の制約を超えて、人間らしく生きていきましょう!

 

 

P.S.
こうした視点の切り替えや、言語の外側に意識を向けるトレーニングは、
普段のセッションでも大切にしているテーマです。機会があればぜひ私のお茶会セッションにもお越しください^ 

 

Jose選手のチャンネルはこちら!

 

また記事を書きますね!

予測処理理論・UG・UBM・臨界期・イマージョンを一つの視点でつなぐ

こんにちは!Kenです。今年もあと3日ですね✨
大晦日はRIZINをPPV(アベマ)で見る予定ですが、先日シェイドラエフチャンピオンに会えたことがまだ嬉しいです

 

 

RIZINは現地でもみたことがあるのですが、やはり家でゆっくりPPV形式で見た方が好きです。現地で見た時は5万円の席で見ましたが、遠すぎて結局後ろのモニターでみました笑

 

ずっとパイプ椅子に座りながら後ろ向きでモニターを見て腰も痛くなったので、それ以来PPVを購入して観戦しています^_^

 

以前現地で「平本vs朝倉」をみました!

 

さてそんな大晦日が楽しみな今日は、私のパッションの一つ英語コーチングに関する記事です。第二言語習得研究に関する内容も入れた、ハイレベルな内容になっていますので、どちらかというと自分の考えのメモのような位置付けです。

 

もちろん知的好奇心がある方や、英語コーチになることに興味がある方は、今回の記事は無料なので読んでみてください^_^

 

 

結論

 

結論から言いますね。

英語が伸びない理由は、
年齢でも、才能でも、努力不足でもありません。

 

理由はこれです。

 

すでに日本語で「うまく考えられる頭」を持ってしまっているから

 

 

 


脳は「理解」より先に「予想」している

まず大前提として、
最近の認知科学では脳はこう考えられています。

脳は、聞いたものをそのまま理解する装置ではなく
次に何が来るかを予想し続ける装置

英語を聞くときも同じです。

私たちは一語ずつ訳しているわけではなく、

「この流れなら次はこう来そう」
「この文型なら、このあとこうだな」

と、無意識に先を読んでいます。

この
「先読みのクセ」
が、英語学習のカギになります。

 


I言語とE言語という考え方

少しだけ用語を紹介します。

言語学者チョムスキーは、言語を2つに分けました。

 

I言語
・頭の中にある
・英語を理解・話すための
・無意識の仕組み

 

E言語
・教科書の英語
・ネイティブの会話
・映画やドラマの英語

外から入ってくる英語そのもの

 

 

ざっくり言うと、
→ I言語=処理するエンジン

→ E言語=材料

 

英語がわかる・わからないは、
材料の量よりもエンジンがどう作り替わったかで決まります。

 

 


なぜ大人は子どものように覚えられないのか?

ここで必ず出てくるのが「臨界期(クリティカルエイジ)」の話。

 

「子どものうちじゃないと無理」
「大人になると限界がある」

 

でも実は、言語全体に「はっきりした臨界期」がある証拠はほぼありません

 

大人からでも、高いレベルに達している人は普通にいます。

 

 


子どもと大人の決定的な違い

違いは年齢ではなく、条件です。

 

【子ども】

・日本語の予想パターンがまだ完成していない
・世界がよくわからない
・毎回予想が外れる
・ズレが大きい

→ 全部が学習になる

 

【大人】

・日本語の予想パターンが完成している
・英語も日本語の感覚で処理してしまう
・ズレが小さくなる

→ 学習が起きにくい

 

つまり、

 

大人は学べないのではなく
学習が起きにくい状態にいるだけ

 

これが「臨界期があるように見える」正体です。

 

 


トータルイマージョンは大人にも効果ある?

「日本語を使わず、英語だけで考えよう」

いわゆるトータルイマージョン。

 

結論は、

大人にも効果はある。でも万能ではない

です。

 

たとえば、

 

・海外ドラマを英語で見る
・次のセリフを予想しながら聞く
・すぐに正しい表現が流れてくる
・映像で意味がわかる

 

これは、

 

予想 → 外れる → 正解を見る

 

という流れが自然に回ります。

シャドーイングが効くのも同じ理由ですね。

 

 


「説明がないと意味がない」わけでもない

よく、

「なぜ間違ったか説明されないとダメ」

と言われますが、これは半分だけ正しいです。

 

確かに、

・自分の予想が外れ
・なぜそうならないのか
・日本語とどこが違うのか

まで理解できると、学習は一気に深くなります。

 

でも、説明がなくても、学習は起きます。

 

ドラマやシャドーイングでも、

「この言い方よく出るな」
「これはあまり来ないな」

という更新は、無意識に進んでいます。

 

 


説明が本当に役立つタイミング

説明が特に効くのは、

 

・何度外しても直らないとき
・日本語の感覚が強く邪魔しているとき

 

例えば、

He explained me the problem.

日本語だと自然なので、
間違いに気づきにくいですよね。

 

ここで、

「explainは人+物を取れない」

と知ると、日本語ベースの予想が壊れるわけです。

 

 


文法は「覚えるもの」ではない

面白い話があります。

 

エルマンネットというAIは、

 

・文法を一切教えず
・次の単語を予想

 

させただけ。それでも、

 

・名詞っぽい
・動詞っぽい
・構文っぽい

 

まとまりが自然に生まれました。これを文法クラスタと呼びます。

 

つまり、

 

文法は頑張って覚えなくても、
英語に慣れていく中であとから整ってくるもの

 

といえるのです。

 

 


まとめ

英語が伸びないのは、
年齢のせいでも、才能のせいでもありません。

 

予想のしかたが変わっていないだけです。

 

第二言語習得とは、「予想して、外して、気づく」が回り続ける状態を作ること。

 

この視点を持つだけで、
英語学習の見え方はかなり変わるはずです。

 

今回はちょっと専門的な内容になりましたが、明日はまたライトな記事を書きますね。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

 

 

 

 

こんにちは!Kenです。
いつも朝はスタバでトールのアイスコーヒーを頼んでいますが、今日はグランデを頼んでみました。いつもトールを2杯飲むので、今日はグランデ1杯だけと思い注文しましたが、やはり2杯は飲みたいので2杯飲んじゃってます。

ふるさと納税でモンスターが一箱届いており、それも毎日飲んでいるので、カフェイン量が増えちゃってます^^
やはり明日からはトールに戻そうと思います。

そんなハイカフェインの今日はRASとアドバイスについてです。いつもと違って文章量を少なくしてみますので、気軽な気持ちで読んでみてください!

 

画像
 

意見やアドバイスは、求められてからでいい

人は「重要だと思っているもの」しか認識しません。

これは脳の RAS(網様体賦活系) の働きです。

自分にとって意味のある情報だけが意識に上がり、それ以外は自然と見えなくなります。

 

以前の職場に、よく話をしてくれる人がいました。健康の話をしたり、仏教の話をしたり。

どれも悪意ではなく、本人なりの善意だったのだと思います。

 

ただ、意見やアドバイスは、相手の関心が向いていないと届きません。
RASがその話題を「重要」と判断していないと、正しさ以前に聞こえないのです。

 

その人は、何か指摘されると「自分にわかなんで」と距離を取ることがありました。語ることと責任のあいだに、少しズレがあっただけなのかもしれません。

 

その人はいつの間にかいなくなってしまいましたが、
周囲のRASと向き合う方向が少し違っていただけなのだと思います。

 

意見やアドバイスは、相手のRASがこちらを向いたときに、そっと差し出す。それくらいが、ちょうどいいのかもしれません。

 

ということで今日は以上です!
また記事を更新しますね。

こんにちは!Kenです。

先日私のコンテンツのメニュー表を書きましたが、今回は来年のマンスリーセッションの予定のご紹介です。

 

 

1月:トランストークと催眠術

2月:コグニティブ・サブリミナル

3月:洗脳護身術とスプーン曲げ

4月:一目惚れの技術と非言語の書き換え

5月:Rゆらぎとリーディング

6月:引き寄せの法則&自己洗脳

 

 

上記はあくまで予定なのと、参加者のレベルや状況に応じてカスタムするので必ず上記の内容になるわけではないです。

 

またタイトルからはあまり現代気功の要素が感じられないと思いますが、気功の理論やテクニックも含めてお伝えする予定です。

 

またワークスのように、私の場でもワークを行っていただきます。

 

「わかる→できる」という現象も多いですが、「できる→わかる」という逆向きの現象も多いからですね。

 

来年の募集の際、6ヶ月分セットでの募集もしたいと思います。順番に受けた方が理解度が深まるからです。

 

特典として秘伝功をはじめとする気功のレクチャーもつけたいと思います。

 

以上、来年の予定でした!

今年は充電期間の一年で、様々な場で学んできました。

 

来年から本格的に動いていくにあたり、わかりやすいように、私のコンテンツのメニュー表をまとめてみます。

 

大きく分けて、

「コーチング」

「書き換え技術レクチャー」

「お茶会」

の3つです。

 

個別のセッションの詳細についてはまた別途記事にします。

 

【メニュー】

 

<パーソナルコーチングセッション>

・6ヶ月:60万円(税込)

→月に1回を計6回

<その他パーソナルセッション>

・1回5万円(税込)

→マンスリーセッションとして月毎に募集

→過去のセッションもリクエストがあれば実施可能ですが、価格は変わります。

(セッションテーマの例)

・英語脳開発セッション(第二言語習得研究、行動科学マネジメント、記憶術、習慣形成、認知科学、モチベーション)

・現代気功レクチャー(理論解説、秘伝功法脈伝授、大周天法脈伝授、式神、気の玉、遠隔ヒーリング、セルフヒーリング)

・瞑想法のレクチャー(ジャーナリング、マインドフルネス、マントラ、観察、六本木ヒルズ、マトリックス、縁起瞑想)

・催眠系のレクチャー(一目惚れの技術、洗脳護身術、トランストーク、催眠術ショーの仕組み、ハイパーラポール)

・潜在意識系のレクチャー(引き寄せの法則、アファメーション、ビジュアライゼーション、インカンテーション)

・その他レクチャー(スプーン曲げパーフェクトマスター等)

 

<お茶会セッション>

・1回1万円(税込)

→基本何度でも参加可能。

→パーソナルで実施。

​​​​​​【支払い方法】

・銀行振込、クレジットカード(PayPal)

お茶会がリーズナブルなのでまずはここからご参加いただくのがお勧めです。

 

苫米地理論も10年くらい学んでいますし、それ以外の知識もたくさんあります。

 

例えば英語コーチングは3,600時間以上パーソナルセッションとして実施してきましたし、内部表現書き換え技術も同じくらいかそれ以上の時間を費やし、様々な場で対面で試してきています。

 

コーチングは本番6回を購入して、クライアント側の立場になったこともありますし、養成講座でトレーニングも今受けています。

 

無償・有償遠隔ヒーリングも秘伝功を中心にして沢山実施してきましたが、そういったことをやっている人はたくさんいますので、どちらかといえば対面での現場経験が私の強みです

 

ブログで公開できない話も沢山ありますので、とにかくお茶会に一度ご参加いただければと思います^ ^

 

お待ちしております!

はじめに:本当に世界が変わる

おはようございます、Kenです。

今日はいつにも増してテンションが上がっています。
 

クリスマスだから、というのもありますが、実は昨日すごいことが起きました。

なんと、現RIZINフェザー級王者のラジャブアリ・シェイドゥラエフ選手と偶然遭遇し、直接ご挨拶する機会があったのです。

 

 

 

完全にプライベートだったので場所は伏せますが、一週間後の大晦日RIZINが、ますます楽しみになりました!

 

そんなハイテンションな今日は、
なぜコーチングには価値があるのか
そして、その変化はなぜ永続するのか
について書いていきたいと思います。

 

 

今回のテーマは、

「スコトーマが外れると世界が変わる」

です。
 

これは比喩でも誇張でもありません。文字通り、世界が変わります。

今まで見えなかったものが見えるようになる。
 

存在すら認識していなかった選択肢が、「当たり前」に存在し始める。

この変化は、人生の方向性が変わるほどのインパクトを持っています。

 

 


1. スコトーマとは「心理的盲点」であり、存在しないもの

スコトーマとは、心理的盲点のことです。文字通り「見えない」ものです。


ただしここで言う「見えない」とは、うっかり見落としているとか、注意すれば見えるといった意味ではありません。

 

スコトーマに入っているものは、そもそも自分の認識の世界には存在していないのです。


自分にとっては「見えていない」のではなく、「ない」
 

この点を理解することがとても重要です。

 

認知科学のパラダイムでは、マインドは情報処理システムとして捉えられています。
 

しかし私たちは、外界から入ってくる膨大な情報をそのまま処理しているわけではありません。視覚や聴覚、感情や記憶も含めて、必要なものだけを選び取り、それ以外は切り捨てています。

 

つまりマインドは、世界を忠実に写し取る装置ではなく、

世界を取捨選択しながら構成する装置だと言えます。

 

さらに言えば、マインドは単なる情報処理システムではなく、
「自分にとって重要なものを処理するシステム」でもあります。

 

重要だと判断された情報は認識され、意味づけされ、記憶に残ります。
一方で、重要でないと判断されたものは、処理の対象にすらなりません。

その結果、それらは意識に上がることなく、自分の世界では「存在しないもの」になります。

 

重要でないものは後回しにされるのではなく、最初から存在しない扱いになる
見えていない、気づいていない、考えたことすらない。これがスコトーマです。

 

つまりスコトーマとは、
「重要でないと判断された結果、自分の世界から削除された部分」だと言えます。

 

世界そのものに存在していないのではなく、自分の世界には本当に存在していない。

これこそが、スコトーマを考える上でのポイントです。

 

 


2. ゴール設定によって「重要なもの」が変わる

スコトーマを外すために、コーチングでは必ずゴール設定を行います。
 

これは単なる目標設定ではありません。

 

コーチングにおけるゴール設定の本質は、
「何を達成するか」以上に、
「自分にとって何が重要か」を書き換えることにあります。

 

私たちが生きている「現状(status quo)」とは、
今の自分にとって重要だと判断されているもので構成された世界です。

 

過去の経験、成功や失敗、身につけてきた価値観、
そして過去の延長として想定している未来まで含めて、すべてが現状です。

 

つまり現状とは、単なる今の状態ではなく、
「これまで重要だとされてきたものの集合体」です。

 

現状の中で考えている限り、重要なものは構造的に変わりません。
重要なものが変わらなければ、見える世界も変わりません。

だからこそ、過去の延長にない変化は起こりにくいのです。

 

コーチングでは、この構造を前提に「現状の外」にゴールを設定します。
現状の外にゴールを置くということは、これまでの価値観や重要度の序列では辿り着けない場所を、意図的に選ぶということです。

 

この瞬間から、マインドの中では静かですが決定的な変化が始まります。
「これまで重要だったもの」と「これから重要になるもの」の入れ替えが起こるのです。

 

重要なものが変わると、マインドが処理する情報も変わります。
その結果、今までスコトーマに隠れていたものが、突然認識の世界に現れ始めます。

 

この変化は、努力して視野を広げた結果ではありません。
重要度が変わったことで、マインドが自動的に世界を組み替えただけなのです。

 

だから本人の感覚としては、
「頑張って変えた」というよりも、
「気づいたら世界が変わっていた」と感じることが多くなります。

 

 


3. 他人だからこそ見えるスコトーマがある

スコトーマの最大の特徴は、本人には見えないという点です。
どれだけ知的でも、どれだけ内省的でも、自分一人で自分のスコトーマを完全に把握することはできません。

 

なぜなら、スコトーマとは繰り返しですが
「自分の世界に存在していないもの」だからです。

 

存在していないものを、自分の内側から探し出すことは原理的に難しいのです。

 

一方で、他人から見ると話は変わります。
他人は自分ではありませんし、重要だと感じるものも一致しません。

 

そのため、自分にとっては当たり前すぎて疑いもしない前提が、
他人から見ると不自然だったり、偏って見えたりします。

他人だからこそ見える自分のスコトーマがあるのです

 

現状は「自分にとって重要なもので構成された世界」ですが、
他人にとってはその多くが重要ではありません。
 

逆もまた然りです。

 

このズレがあるからこそ、他人は自分の世界の欠けている部分や、
過剰に重視している部分に気づくことができます。

 

ここに、コーチングを他人に依頼する本質的な意味があります。

 

誰しもがスコトーマを持っています。
 

問題なのは、「自分にはスコトーマがない」と思ってしまうことです。

その瞬間、現状の内側から出る道は閉じてしまいます。

 

自分にコーチングは必要ないと考える人も、ここが問題であると言えます(それこそスコトーマになっているわけですね)。

 

 


おわりに:スコトーマが外れる効果は、基本的に永続する

ひらめきが人生を変える瞬間があります。
それは努力の延長ではなく、スコトーマが外れた瞬間です。

 

ゲシュタルト心理学の有名な図や、映画や小説のネタバレを想像してみてください。
一度気づいてしまったら、もう元の見方には戻れません。

 

マインドは「認識した瞬間に書き換わる」という性質を持っています。

 

そして一度スコトーマが外れると、その効果は基本的に永続します。
気づいた状態が新しい標準になり、以前の世界には戻れないのです。

 

「コーチングは必要ない」という意見は、

多くの場合、現状の内側からの意見です。

 

スコトーマが外れた段階で、世界は変わる。
それは比喩ではなく、認識のレベルで本当に起きている変化なのです。

 

こんにちは!Kenです。
クリスマスイヴですね!昔からクリスマスはとてもワクワクして大好きです^^

 

あっというまに今年もクリスマスですが、
年末年始は、母と妹が東京に遊びにくるので楽しみです✨

 

今回、彼女たちだけホテルに泊まるのですが、先日APAホテルを私が予約しておきました。

 

その値段、

 

…..

 

なんと、

 

…..

 

1泊約6万円!

 

リッツカールトンではないですよ!
APAホテルですからね!?

 

まあ母子家庭で経済的に大変な中育ててもらったので、

これくらいなんでもないですが^ ^

 

年末年始の東京のホテルは凄いなと驚きつつ、今日もアイスコーヒーをスタバでガブ飲みです。

そんなクリスマスイヴの朝は「セルフトーク」について書いてみたいと思います。

 

卑下は自己防衛だが、場全体を下げてしまう

以前、職場で「自分はミジンコなんで」と口癖のように言う人がいました。
その人は実際には成果を出し、会社からも評価されていました。

 

ただ、雑談や飲み会になると、話題はいつも同じでした。

  • どれくらい貯めればFIREできるか

  • いかに早く働かずに済むか

  • 会社から離れるタイミング

つまり、関心は常に「自分が楽になること」「自分の人生」でした。

本人にとっては、

  • 期待を背負いたくない

  • 失敗して傷つきたくない

  • 自分を守りたい

という無意識の自己防衛だったのでしょう。

しかし、この卑下は本人だけで完結しません。

 

「その実績のある人がミジンコなら、同じ職場でそれ以下の成果の自分たちは何なんだろう?」

 

という感覚を、周囲に生みます。

 

結果として、場全体の価値や士気を下げてしまうのです。

 

 


これはポジティブ思考ではなく、正確さの話

ここで大事なのは、単純に

「もっと自信を持とう」という話ではありません。

 

必要なのは、正確に考えることです。

 

成果を出して評価されているなら、
そこには「結果」というファクトがあります。

 

そのときにやるべきことは、とてもシンプルです。

 

「ありがとうございます」

 

それで十分です。

 

「コップに半分しかない」
「コップに半分もある」

 

という解釈ではなく、

 

「コップに水がある」

 

という事実を見るだけでいい。

 

自分を盛る必要も、下げる必要もありません。

 

 


卑下を手放す鍵は、ゴールの抽象度にある

卑下がやめられない理由は、
意志の弱さではなく、ゴールの抽象度にあります。

 

「ミジンコ」と言っていたその人のゴールは、
話を聞く限り、ほぼすべてが

  • FIRE

  • お金

  • 自分が働かずに済む状態

に集約されていました。

 

これは悪いことではありませんが、視点としてはかなり抽象度が低い

ゴールが「自分の快・不快」に閉じていると、自己防衛が最優先になります。

 

その結果、

  • 期待されないようにする

  • 責任を負わないようにする

という態度が合理的になり、卑下が自動化します。

 

 

一方で、

  • 社会性のあるゴール

  • 自分を超えた範囲に影響するゴール

を設定すると、状況は変わります。

 

そのゴールは、自分を卑下したままでは達成できないからです。

 

 

<バランスホイールと抽象度>

ゴールは一つではなく、バランスホイールで考えるのも有効です。

  • 仕事

  • 家族

  • 人間関係

  • 健康

  • 趣味

  • 社会貢献

  • 生涯学習

複数の領域にゴールを持つことで、視点は自然と上がります。

 

そして同じく重要なのが、セルフトークマネジメント

 

自分が無意識に使っている言葉が、「そのゴールを達成している自分にふさわしいか?」を考えることで、卑下の言葉は少しずつ違和感を帯びてきます。

 

<ゴールはイメージできない>

 

ちなみに、抽象度の高いゴール自体は、イメージできません。
 

それほど大きいものであり、現状の外にあるものだからです。

 

ただし、

そのゴールを達成している自分のコンフォートゾーン(ビジョン)

は体感できます。

 

アファメーションやビジュアライゼーションは、そのビジョンを身体に馴染ませるための手段です。

 

現状とビジョンの差が大きいほど、無意識は強く働きます。

 

 

終わりに:自分を正確に扱うことが、周りを上げる

自分を大きく見せる必要はありません。
しかし、必要以上に下げることもありません。

  • 現実、ファクトを見る

  • 抽象度の高いゴールを持つ

  • セルフトークを整える

それだけで、

  • 自分の主導権が戻り

  • 場のエネルギーが下がらず

  • 自然な自信が生まれます

自分を卑下しないというのは、
単なる自己肯定ではなく、周囲への配慮でもあります

 

自分を正確に扱うことは、そのまま周りを尊重することにつながっていくわけですね。

 

今回は以上です!

また記事を書きますね。

 

ここまで読んでくださりありがとうございました!

 

こんにちは!Kenです。
今日は「ナッツ&キャラメルチーズケーキ」を食べました。
個人的に結構当たりでした✨

 

 

毎日どんだけスタバいるねんって感じですね笑
店員さんも何を飲むかを覚えてくださっています。いつもありがたいです。

 

そんなサービスに感謝しつつ、今日は「提供する」というテーマで記事を書いてみたいと思います。

 

 

「何かを人に提供する」という行為は、思っている以上に本質的な意味を持っています。

 

それは単にモノやサービスを差し出すことではありません。

 

提供者になるということは、その場の責任者であり、リーダーになるということです。

 


提供する=場をコントロールする

誰かに何かを提供するとき、そこには必ず「場」が生まれます。

  • 接客

  • 授業

  • コンテンツ

  • 会話

  • 相談に乗ること

これらすべてに共通しているのは、提供者が場の主導権を持っているという点です。

 

提供者は、自分のコンフォートゾーンに相手を招き入れます。
 

言い換えれば、自分の価値観・ルール・流れを提示し、その中で相手と関わるということです。

 

これは上下関係の話ではありません。

 

責任と主導権の話です。

 

 


人は誰でも、自分の人生ではリーダー

私たちはつい、

  • 誰かに決められた

  • 環境が悪かった

  • 仕方なかった

という言葉を使いがちです。

 

しかし、幸福感と強く関係しているのは
「自分には主導権がある」と感じられているかどうかです。

 

これは心理学でいう locus of control(統制の所在) に近い考え方です。

 

 


want to と have to の違いは、能力の差を生む

英語でよく例に出されるのが、

  • want to(〜したい)

  • have to(〜しなければならない)

という違いです。

 

have to は、文法的にも「責任が自分の外にある」表現です。


誰かにやらされている、状況に縛られている、という感覚になります。

 

一方で want to は、自分が選んでいる状態です。

重要なのは、これは事実の違いではなく、マインドの違いだという点です。

 

 


「自分で選んでいる」と考えた瞬間、主導権は自分に戻る

同じ行動でも、

  • 仕方なくやっている

  • 自分で選んでやっている

このどちらで捉えるかによって、発揮される能力も、感じるストレスも大きく変わります。

 

「これは have to だ」と思った瞬間、主導権は外にあります。

 

しかし「自分がこれを選んでいる」と捉え直した時点で、それはもう have to ではありません。

 

主導権は自分の内側に戻ってきます。

 


多くの人は「提供される側」に慣れすぎている

現代は、消費者として生きるのがとても楽な時代です。

  • 教えてもらう

  • 与えられる

  • 用意されたものを選ぶ

しかし、この状態に慣れすぎると、
自分が人生を動かしている感覚はどんどん薄れていきます。

 

一方で、

  • 自分が何かを提供する

  • 自分自身をプロダクトとして扱う

という姿勢を持つと、見える世界が一変します。

 


提供者になって初めてわかること

アルバイトをしたことがある人なら、経験があるはずです。

  • お客さん側だったときは気づかなかったこと

  • 働く側になって初めて見えたこと

コンテンツも同じです。

  • 消費する側

  • 作る側

この二つでは、世界の見え方がまったく違います。

 

提供者側は、

「相手の視点」と「自分の視点」両方を同時に持つ必要があります。

 

これは、抽象度が高い状態だと言えます。

 


利他とは、抽象度が高い状態

利他的であるということは、
「自分のことを後回しにする」という意味ではありません。

 

むしろ、

  • 自分

  • 相手

  • 全体

を同時に見ている状態です。

 

抽象度が高い視点を持つと、結果として自分の欲求も満たされていきます。
 

ただしそれは「結果論」です。

 

「自分が自分が」という視点に立っていると、

目標は不思議と叶いにくく、協力者も集まりません。


提供者マインドは、目標達成と幸福の両方に効く

「提供者側になる」という姿勢は、

  • 目標達成

  • 人生の幸福感

  • 成功

そのすべてに深く関わっています。

 

小さな欲を追うのではなく、小欲を捨てて大欲に立つ

 

つまり、より抽象度の高い視点でゲシュタルトを作ることです。


「自分には提供できるものがない」は思い込み

「自分には何も提供できるものがない」

 

多くの人がここで止まります。

 

でも、それは事実ではありません。

  • お金

  • 時間

  • エネルギー

  • 知識

  • 経験

日本人であれば、全員「日本語ネイティブ」です。

日本語を教えることもできます。

 

また誰かの話を「ただ聞く」ことも、立派な提供ですね。


「自分に何ができるか」を考えること自体が抽象度を上げる

自分に何ができるかを考えるには、

  • 他者の視点

  • 全体の視点

が必要になります。

 

つまりそれ自体が、抽象度を上げる思考です。

 

目標が見えないとき、人生がバラバラに感じるときは、
抽象度を一段上げるだけで、ランダムだったものが整合的に見えてくることがあります。

 


まとめ:提供者側に立つことが、世界を変える

提供者側になるという姿勢は、

  • 主導権を自分に取り戻し

  • 抽象度を上げ

  • ゲシュタルトを作り

  • 人生の満足度を高める

非常に強力な考え方です。

 

「多くの人に、自分は何を与えられるか」

 

この問いを持つことが、
目標達成にも、幸福にも、静かに効いてきます。

 

まずは小さく、提供者側に立ってみる。
 

そこから、世界の見え方は確実に変わります。

 

この記事が何かのヒントになれば幸いです。
ここまでお読みくださりありがとうございました^ ^

 

「向いてる・向いてない」を決めるのが一番早い挫折だと思う話

こんにちは!Kenです。

今日はスタバでベーグルサンドを食べています。

 

マイタンブラーとモーニングの値引きをダブルで適用し、57円お得になりました^_^

57円と言えども「塵も積もれば山となる」なので、大切ですね!

 

ただこれは頼む時に店員さんもレジの操作が大変そうなので、負担をかけないためのコミュニケーションも重要だなと感じています。

 

そんな57円引きの今回は「向き不向きがある」とすぐ判断してしまうことのリスクについて書いていきたいと思います。

 

 

何か新しいことを学ぼうとするとき、よくこんな言葉を耳にします。

 

「それは人によって向き不向きがあるからね」
「自分にはたぶん向いていないと思います」

 

一見もっともらしく聞こえますが、この判断はかなり怪しいものです。
なぜなら、その多くは不安から生まれた想像上の結論だからです。

 


不安が「向いていない」という判断を生む

新しい分野に挑戦すると、人は自然と不安を感じます。

  • できなかったらどうしよう

  • 才能がなかったら恥ずかしい

  • 時間を無駄にしたくない

そうした気持ちが強くなると、頭は安全な選択肢を探し始めます。

「向き不向きがあるということにして、やめておこう」

これは合理的な判断のように見えますが、実際にはほとんど情報を持っていない状態での決断です。
まだ何も体験していない段階で、結論を出すのは早すぎます。

 

 


「まずはやってみましょう」は乱暴ですが正しい

「とりあえずやってみましょう」

この言葉は少し雑に聞こえるかもしれませんが、学びにおいてはとても本質的です。
なぜなら、

  • やる前に理解したつもりのこと

  • やりながら見えてくること

  • やり切ったあとにわかること

この3つは、まったく別物だからです。

 

頭で理解しただけでは「わかった気になる」だけで、実際には理解していないことも少なくありません。また単に「ちょっとやり始めた」くらいでもまだブレイクスルーの前なので真の学びにはなっていません。

 

「やり始める」ことが得意な方は継続が難しいかったりしますし、「やり始める」ことすら「今忙しいからいいや」と言い訳しがちな人もいます。

 

 


ゲシュタルトは最後まで体験した人にしか見えません

ゲシュタルト心理学では、「全体は部分の総和ではない」と言われています。
 

断片的な知識や途中までの経験を積み重ね、最後までやり切ったときに、突然「意味」がつながる瞬間があります。
 

これは途中でやめてしまうと、決して見えません。

 

どんでん返しのある映画も終盤で、

 

「そういうことだったのか」
「最初の印象と全然違う」

 

と感じますよね^_^

 

味方に思っていた友人が真犯人だったとき、1回目と2回目でその人物を見る目や感情が変わるわけです。

 

学びもまったく同じで、最初の苦手意識や違和感は伏線に過ぎないことが多いのです。

 

 


本当の理解には「体感」が必要

本を読んだり、動画を見たりすると、理解した気になります。
 

しかし実際にやってみると、

 

「思っていたほどわかっていなかった」

 

と気づくことは珍しくありません。

 

一方で、

  • 実践して覚えた

  • 失敗して覚えた

  • 身体を通して覚えた

こうした経験は情報量が多いですし、簡単には忘れません。


知識は抜け落ちても、体感したことは残ります。

 

 


向き不向きは、やり切ったあとに考えればいい

本当に「向いていない」と言えるのは、

  • 一通り学び

  • 実践してみて

  • 成功も失敗も経験したうえで

それでも続けたいと思えなかった場合だけです。

 

始める前に感じる「向いていない」は、ほとんどの場合、不安を言い換えただけのものです。

 

成長することは、現状のコンフォートゾーンから出る行為なので一時的に不安になるわけですね。

 


まとめ:判断は体験のあとで十分

向き不向きを考えるのは、最後で構いません。

 

まずは、

  • 最後まで学んでみる

  • 実際に手を動かしてみる

  • 体感してみる

そのうえで違うと感じたなら、それは納得のいく判断です。

 

始める前に決めつけてしまうのは、映画の結末を見る前に席を立つようなものです。
 

ぜひ、最後まで体験してから判断してみてください。

 

最後の一瞬で、世界の見え方が変わるかもしれません。