あけましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。
皆様はどんな年末年始でしたでしょうか。
私は以前書いていた通り、母と妹が東京に来たので色々案内したり、おせちを一緒に食べたりして充実していました。
しかも嬉しいことが!母と妹を帰りに駅まで送っていたところ、偶然RIZINで戦っていたMMAファイターのJose Torresさんに会い、写真を撮ってもらうことができました!
*サイン付きシールもいただきました!
前日にリアルタイムで試合を見ていたので、とても嬉しかったです!結果は判定負けしてしまったのですが、僅差だったのでJoseさんが勝っていたと考えている観客も多いです。今年からRIZINの判定システムは変わるので、またぜひ日本で戦ってほしいですね!
また話しかけた時、自分が英語を使うのが久しぶりだったこともあり、文法がめちゃくちゃになっていました^^;
自分ももっと英語学習しなくちゃなと改めて思いましたが、伝えたいことは伝えられたので、結果オーライです笑
そんなわけで新年1発目の今回の記事は「言語」についてのテーマで書いてみたいと思います。
①「新年あけましておめでとう」は誤用なのか?
私の前職で、「新年明けましておめでとうございます」は誤用なのでお客様に使わないでください。と言っている上司がいました。
しかし、現実問題として多くの場面で「新年明けまして」という言葉は耳にします。どういうことなのでしょうか。
結論から言えば、誤用ではありません。
たしかに「明ける」という言葉は、本来「始まる」ではなく「一定の期間が終わる」という意味を持っています。
・夜が明ける
・梅雨が明ける
・年が明ける
などの表現がありますが、いずれも「それまでの期間が終わる」という意味です。
「新年」と「あけまして」は意味が重複している、という指摘があるのも事実ですが、これは意味論的な整理の話であり、慣用表現としては問題なく定着しています。
つまり、論理的に100点でなくても、日本語としては正しいという表現なわけです。
*NHK放送文化研究所をはじめとする言語の専門機関でも、重複表現ではあるが誤用・間違いとは言えず、訂正対象の表現ではないとされていますね。https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20170101_3.html
② 言語はそもそも完璧ではない
そもそも言語は、世界や人間の思考を完全に表現できるものではありません。
言語には必ず、省略・曖昧さ・重複・文脈依存などが含まれます。日本語の山と英語のmountainも、実際は全然違いますよね。
それでも私たちは、言葉の背後にある意図や感情を読み取り、コミュニケーションを成立させることができます。
先ほどのMMAファイターJoseさんとの会話もそうでした。
文法的には怪しくても、伝えたい気持ちと空気感は共有できたわけです。
③ 言語に縛られすぎると、AIに代替される
現代は、言語に縛られた思考が増えているように感じます。
・マニュアル通りに作業をする
・定義から外れないようにする
・正誤判定を最優先する
マニュアル的な思考に偏ってしまう、いわゆる「マニュアル人間」と呼ばれる人はこれの典型で「書かれてないのでわかりません」と言って自分で積極的に行動せず、リスクを最小化させる動きをしてしまいます。
こうした思考は、AIが最も得意とする領域です。
言語をルールとして処理し、入力に対して最適な出力を返す。まさにAIの仕事なのです。
しかし言語は本来、ツールであり、手段でしかありません。
もし私がJose選手を見かけた時に、
「この英語表現は正しいか?」
「文法ミスではないか?」
と考え続けていたら、声をかけるチャンス自体を逃していたでしょう。
正確性はもちろん大切ですが、それ以上に大切なものが人間同士のコミュニケーションには存在します。
非言語の部分を取り戻す
人間だからこそ大切な部分。それは、
・表情
・声のトーン
・間
・身体感覚
・空気感
といった 非言語の部分です。
2026年は、AIがさらに進化していく年になります。
だからこそ、我々は今後、人間にしかできない非言語の領域を大切にしていくことが求められていきます。
ただし、非言語は言語化が難しいため、どうしても怪しく聞こえがちです。
そこで最後に、具体的なワークをいくつか紹介します。
① 集中系の瞑想(サマタ瞑想)
おすすめなのは、「サマタ瞑想」のような集中系の瞑想です。特に マントラ瞑想 は効果的です。
マントラという意味のない音を繰り返しとなえることは、それ以外の内省的な言語化を難しくします。意識はシリアル処理なので、マントラを唱えながら同時に「今日の晩御飯どうしようかな」と言語化することはできないわけですね。
このような心的飽和を起こすことで、思考そのものを一時的に鎮めることができます。瞑想というと「無になる」というようなイメージですが実際それは睡眠で良いわけで、「意識はあるけど思考が静まっている」状態がここでのポイントです。
② スポーツ・身体を使うこと
スポーツや運動も非常におすすめです。五感を使って、物理空間を感じるというのがポイントです。
我々は普段スマホやPCで、物理空間以外に意識が向きすぎているわけですね。身体を動かすことで、思考は自然と「今ここ」に戻ります。激しい運動でなくてもよくて、散歩だけでも十分効果があります。
もちろん「新しい動きをする」「広い空間を常に意識する」といったメリットがスポーツにはあります。
③ 言語学習
最後に少し手前味噌ですが、
英語学習も非常に有効だと感じています。
英語も言語ではありますが、母語である日本語とは異なる言語を学ぶことで、日本語の世界がすべてではないという当たり前の事実に、改めて気づくことができます。
複数の言語を学ぶことで視点が増え、結果的に言語そのものの束縛から自由になるという逆説的な効果があります。専門的には「メタ言語能力」などと言われるもので、特にアウトプット場面においてこれはみられます。
おわりに
今回紹介したものは、ほんの一例です。
大切なのは、日常の中で言語の制約から少し距離を取り、
人間にしかできないことに意識を向けることだと思います。
2026年は、言葉に縛られすぎず、正しさだけに依存せず、より立体的に世界と関われる一年にしたいですね!
改めて、あけましておめでとうございます。
今年も、言語の制約を超えて、人間らしく生きていきましょう!
P.S.
こうした視点の切り替えや、言語の外側に意識を向けるトレーニングは、
普段のセッションでも大切にしているテーマです。機会があればぜひ私のお茶会セッションにもお越しください^
Jose選手のチャンネルはこちら!
また記事を書きますね!















































