明けましておめでとうございます。
本年も旧年同様、どうぞよろしくお願いいたします。
今日は1月7日です。
昨日届けてもらった七草をさっと茹でて、お粥と一緒にいただきました。
日本の昔ながらの風習は、これからも大切にしていきたいと思っています。
昨年の今頃は、オンラインのホルン教室を立ち上げようと、かなり意気込んでいました。
ところが年の半ばになって、受講料を払い続けることが難しいと気づき、途中で断念してしまいました。
それでも、「オンラインでホルンを学べる場をつくりたい」という気持ちは、今も変わっていません。
ただ最近は、「こんなに吹けていない私が、先生になってよいのだろうか」と、立ち止まって考えることが増えました。
私の恩師は、いつも実際に吹いて聴かせてくれる先生でした。
「すごいなあ」「こんなふうに吹けたらいいな」と、何度も思いました。
その経験から、先生は吹けなければいけないという思い込みが、私の中に強く残っているのだと思います。
けれど現実には、毎日思うように練習できるわけではありませんし、家の事情で生音を出せないこともあります。
そんな中で、気持ちが沈んでしまう日もあります。
そもそも教室を始めたいと思ったのは、日本中にホルンで悩んでいる方がいるはずで、その方々の力になりたいと思ったからでした。
ですが、学んでは行き詰まり、行き詰まると投げ出してしまい、気がつけば時間だけが過ぎていきました。
夏に、孫たちのいるドイツを訪れたとき、「若い頃に行っておくべきだったな」としみじみ感じました。
年を重ねてからドイツで学んだこともたくさんありましたが、正直に言えば、ドイツのホルンの音は自分の好みとは少し違っていました。
私はどちらかというと、ウィーン、そしてアメリカのホルンの音に惹かれ、アメリカへ1年間留学しました。
そこで出会った人たちの温かさや、指導法が自分に合っていたこともあり、「もっとここにいたい」と思うようになりました。
しかし、親からの支援に多くを望めないことは分かっていたため、1年で帰国する決断をしました。
クレヴェンジャー先生は、いつも
「君はどんな音楽をしたいの?」
と問いかけてくださいました。
当時は英語も十分ではなく、うまく言葉にできませんでしたが、「こう吹きたい」という思いだけは、常に考えるようにしていました。
その積み重ねが、少しずつ自分の音楽をつくる習慣につながっていったのだと思います。
一方で、日本で学んだ先生方は、「こういうふうに吹きなさい」と教えてくださることが多く、自分で考えて吹くという発想はあまりありませんでした。
またドイツから来られた先生の中には、「こうしなければダメ」という指導が強く、苦しかった記憶もあります。
帰国後、いくつものオーケストラのオーディションを受けましたが、結果はすべて不合格でした。
どうしてよいかわからなくなり、自分を見失ってしまった時期もありました。
教室については、実はまだ準備が十分に整っていません。
また自宅では音を出すことができないため、レッスンを行うとすればレンタルスタジオを利用する形になります。
正直に言えば、日本では「現役の奏者」や「実力が広く知られている人」のもとに、生徒さんが集まりやすい傾向があります。
そのことを思うと、不安を感じるのも無理はないのかもしれません。
それでも、うまく吹けずに悩んだ経験や、迷い続けてきた時間があるからこそ、伝えられることもあるのではないか──
最近は、そんなふうに考えるようになりました。
若い方々には、ぜひ自分で考えて吹くホルンを大切にしてほしいと思っています。
そして、もし今「思うように吹けない」「自信が持てない」と感じている方がいたら、それは決して特別なことではありません。
少し長くなってしまいましたね。
今年の抱負は、まだはっきりとは定まっていません。
ただ一つ言えるのは、もう一度、ホルンと丁寧に向き合いたいということです。
焦らず、比べず、できるところから。
同じように悩んでいる方と、ゆっくり歩いていけたらと思っています。