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息子のために生きるシングルマザーのブログ

2歳児のシングルマザーです。
息子の妊娠・出産・産後・現在に至るまでの記録です。同じような境遇の方がいたら、あなただけじゃないということ、子どもがいるだけで幸せだということ。このブログを通して、誰かのお役に立てればと思って書きます。

2014年8月25日(月)5時過ぎ。
母が一旦家に帰り、仮眠を取ることに。
旦那と二人きりに。

6時。担当の先生が到着。
早めに来てくれたみたいです。
陣痛がなかなか本陣痛に変わらず、破水もしているため、陣痛促進剤を投与することに。

飲み薬でした。
1時間毎に1錠を5回までだったかな?

6時30分頃、1回目の促進剤を飲む。
すると、すぐに効果が現れ、30分後には一気に5分間隔の本陣痛が始まりました。

痛みも、それまでのものとは比べ物にならないほど痛かったです。

思わず声が出てしまうほど、痛くなりました。

美味しそうな焼きたてパン付きの朝食が運ばれてきていたのですが、何も食べれず。

それでも助産師さんに、
「何か食べないと出産で体力なくなるよ~。」
と言われたので、力を振り絞り、スイカを食べる。
力を振り絞らないと食べられないくらい、つらかった。

7時30分、2回目の促進剤を飲む。

8時頃(…かな。もう時計なんて見てる余裕はなかったのでこの辺から時間は曖昧です。)
陣痛室に移動。

5分間隔が続いていたため、陣痛の波がないときに急いで陣痛室に向かいました。

この陣痛室が本当に本当につらかった~。

余談ですが、前日の陣痛が来る前の夕食時、部屋の外から、陣痛に耐える方の凄まじい叫び声が聞こえていたので、検査で部屋に来ていた助産師さんに、
「すごいですね。あんなに叫ぶほど痛いものなんですか?」と、聞いたら、
「そうだね~。人によるけどね。叫ぶ人もいれば、静かに耐える人もいるね。痛いのはどの人も同じだけどね~。」って。
「私はあそこまで叫ばないようにしたいな~。まあ、あそこまでは早々ないだろう~。」と、思っていたのですが…

甘かった。
非常に甘かった。
あのときの私に言ってやりたい。
陣痛ナメんなよ。と。

陣痛室の恐怖をまだ知らなかったのだ。


陣痛室に移動し、点滴を付けられ、陣痛を測る機械も腕につけ、さらに強くなる痛みに耐えていました。

最初は、「うぅぅ~ぅぅ~うぅぅ~。」という感じでしたが、もう陣痛が2分間隔ともなると、
「い゛だだだだだ!!!!い゛だい゛!!!無理~もう無理~!!!」になり、
そのうちに、声にならない叫びに変わりました。
というより、雄叫びのように。笑

たまーに見に来る担当の助産師さんに、必死に、
「まだですか?もう無理です。産みたいです。無理ですぅ~。」と訴えるも、
「もうちょっと頑張りましょうね~」と、ニッコリ。

「ニッコリじゃねぇ~!!!早く産ませてくれ~!!」と、半泣き状態。

側でテニスボールでお尻の辺りを押してくれていた旦那には、陣痛の最中は、もだえながら、蹴りまくり。笑
それまでの怒りをぶつけるかのように、容赦なく蹴りまくりました。笑

陣痛もついに1分間隔になり、痛みがどんどん増して来ると、ついにもう助産師さんが来るまで待っていられなくなり、旦那に呼んできてもらうことに。

すると、
「よしっ!分娩室にいこう!!」

神の言葉に思えました。笑
大袈裟ではなく、本当に。
それくらい陣痛がつらかったのです。

歩いて10歩くらいの所に分娩室がありました。
自分で歩いていかなくてはいけないので、陣痛が来ていない1分間の間に、急いで向かいました。

次の陣痛が来たらもう歩けない!と思ったので、必死にスタスタと速足で分娩台に上りました。
分娩室のドアが開いたときは、もう天国を見ているような気持ちでした。


いよいよ産まれます。