先日、とあるレトロ喫茶にてアイスコーヒーを飲みながら学習計画を練っていたら、偶然、知人のラーメン店オーナーと会った。彼の店には久しく行ってなかった私は、多少の気まずさを感じつつも近況を聞いてみた。複数あった店舗のほとんどを閉め、今は1店舗だけの営業で、これから銀行と融資の話し合いをするという。所詮ラーメンだけの関係と言えばそれまでだが、久しく店に行ってない私は、気まずさ以上の罪悪感にかられた。
ラーメン店を営業することは、たぶん、その店の線路を共に歩んでくれる人が変わっていく行為なのだ。オーナー、スタッフ、製麺業者、客。最初は同じ目線で共に歩んでくれる人達がいる。売れるために、生き残るために、親身になって考えてくれる。だけど、やがてその人数は減っていく。同じ目線でその線路に立つ人はいなくなり、中身よりも数字が大事になってくる。最終的には、一部の常連客が残り、それに合わせて自分の見つめる線路も変化するのだろう。
ネット上で評判になる。テレビで店が紹介される。たくさんのフラッシュを浴びせられた店主達は、今自分は駅のホームに一人で立っていて、果たして同じ行き先の電車に何人乗り込んでくれるのか、どれほど実感できるだろうか。
私は年間に60~70軒のペースで新規オープンを中心に未訪店を訪れる。一般的なラーメンフリーク同様、ラーメン画像を数枚撮り、自分のブログで評価を交えたそれなりの紹介をする。それらの行為が終わると、また次の新たな店に向かう。美味しかった、イマイチな味だった、斬新な試みだ、どこも同じような味だ。色々なことを頭に浮かべるが、写真を撮り、ブログを書くという、自分の線路上の規定路線を作り上げ、店の線路を行き止まりにしていたのだ。
情報化社会においては、ふとしたきっかけさえあれば、誰でも一瞬だけ有名になれる。一瞬だけ、多くの人々が同じ線路を見つめてくれる。だけど、ラーメンを生業にするには、ブログ上で収まってる美味しそうな写真の中にとどまってはいけないのだ。多くの人々が待ってる駅に到着するまで、一人で歩まなくてはならないのだ。
お久しぶりです、虹色果実です。
新年一発目のブログから、わけわからん内容になってしまいました(笑)
ただ、ラーメン食べ歩き当初から僕が抱いていたモヤモヤの一部です。
もちろん答えの無い問題ですが、結果よりも過程重視で
今後ともモヤモヤについて考えていきたいと思います。