こんにちは
心理セラピストの野沢ゆりこです。
おもに東京・千葉で活動しています。
野沢ゆりこのプロフィールはこちら
どんな人に向けて活動しているの?
自己否定が強い
自分責め、罪悪感が強い
そんな人が過去はどうであれ、
「私っていいな」に変わるセラピー
を目指しています。
リトリーブサイコセラピー協会のサービス、
電話カウンセリングを担当しております。
こちらもよろしくお願いいたします。
今日は週の中日の水曜日
とてもいいお天気でしたね。
今日はハイパーコース受講生の堀り練のオブサーバーを務めてきました。
フィードバックする側もとても勉強になりました。
充実した時間を過ごせました。
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「いい人でいたら嫌われない」それって本当?
「いい人でいたら嫌われない」
「いい人でいないと嫌われてしまう」
どちらの表現も「嫌われることを避けたい」という気持ちがあります。
「嫌われることを避ける」言動は、結果嫌われるということを今日は書きます。
このような人の背景には、幼少期の親子関係が、
いい子でいないと愛されなかった
いい子でいないとひどい目にあった
親に嫌われていた、など
条件つき愛情や支配的な親、虐待する親、親子共依存だった
親子の役割逆転だったなどが考えられます。
いつも親の気持ちを優先する
親の様子を窺う
自分の意見を飲み込む
親のニーズを満たす
という生存戦略をとって生きてきたのだと思います。
そうすることが生き残るためには必要だったのです。
問題なのは幼少期の戦略を、
大人になった今も尚、取り続けていることです。
相手の気持ちを優先する
相手の様子を窺う
自分の意見を飲み込んで相手に合わせる
自分よりも相手のニーズを満たす
この生き方は相手優先=自分を犠牲=自分を殺し続ける生き方であり、
自分の主体性を手放し続けることなのです。
相手がどう思うか?
相手が何を望んでいるのか?
そう考えて行動するのって、
主体が自分ではなく相手ですよね?
自分はどう感じているのか?
自分は何を望んでいるのか?
自分の感情感覚
自分の欲求
自分のニーズ
これらは後回し、蔑ろ、犠牲なわけです。
嫌われないために、
いい人でいるために、
自分の主体性を相手に委ねた結果、
自分の人生の舵取りを他人に委ねた結果、
断れずに無理を重ねる
どこかでいつも我慢している
頼まれてもいないのに世話をやく
こうした積み重ねはやがて心の中に怒りや虚しさ、無価値感として現れます。
自分を殺す生き方は「本当の自分じゃない」感覚、
「自分がうそくさい」感覚が強くなっていきます。
そして「嫌われまい」「嫌われまい」とする言動こそが
相手を優先した言動=自分を殺した言動が、
かえって相手の怒りを買ってしまうのです。
一体何を考えてるのかわからない
一体何がしたいのかわからない
一体どんな人なのかわからない
そもそも自分っていうものがないらしい
いつも他人に決めさせてばっかり
↓
き・ら・い
or
どうでもいい人
このような人は、ずるい人や支配的な人を引き寄せてしまいます。
依存や利用、搾取するのに都合がいいからです。
自分の主体性を相手に明け渡して
嫌われないように生きることの無意味さが伝わるでしょうか?
そもそも嫌われること=悪いことなのでしょうか?
誰からも嫌われないようにすることははたして可能なのでしょうか?
それを踏まえた上で私はこう思います
自分の感覚・感情を大切にすること=自分を大切にすること
主体性を持つこと=自分の人生の舵取りを自分がすること
自分を嫌う人は嫌わせておけばいい
ましてや自分の方こそ嫌いかもしれないし、
全ての人に好かれる必要はない
そう思うのですよね
中島みゆきの「宙船」にもあるじゃないですか
その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな
って、いい詩ですよね
天使みたいな人=いい人
そんなイメージを持っている人はいますか?
この世に天使みたいな人は存在しません
最後まで読んでいただきありがとうございました。
【満席になりました】
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