わたしとお母さんは、会話はしない。
朝起きると『おはよう』と交わし、
いただきます『はい』
ごちそうさま『はい』
行ってきます『行ってらっしゃい』
『ただいま』おかえり
いただきます『はい』
ごちそうさま『はい』
おやすみなさい『おやすみ』
それ以外話すことはない。
お母さんからも、必要なこと以外は話しかけてこない。
新しい学校で友達ができるまでは、1日のうちに声を出すことが、そのあいさつしかない、ということも多かった。
家庭訪問が毎年新学期から始まる。
この日は、すごく傷つく日と決まってる。
わたしはいつも隠れて、聞き耳をたてる。
お母さんが、毎年決まって担任の先生に言うこと。
『あの人、なんっっっにも話さないんです!
普通だったら、男の子が段々母親と話さなくなるって言うでしょ?
女の子は普通、母親と毎日なんだかんだってたくさんお喋りしたりするじゃない?
うちは、男なんじゃないかってくらい、なんっにも話さないの。
変だよねー。
あの人本当おかしいんだよねー。』
お母さんに、
自分の親に、
わたしを産んでくれた人に、
“あの人”と言われた。
“おかしい”と言われた。
ちょっと笑えてくるけど、心は痛い。
自分の子供の悪口を、
担任になったばかり、会ったばかりの先生に、
時間いっぱい延々愚痴る。
愚痴だけで、家庭訪問は終わる。
先生は、なにしに来たのか分かんないね。
わたしに直接言えない愚痴がどんどん出てくるお母さん。
お母さん、そんなこと考えてたんだ。
お母さん、そんなにわたしが嫌いなんだ。
だったら、産んでくれなくてよかったのに。
22歳の時、わたしが出来ちゃって、困ったんでしょ?
産むか堕胎するか、ギリギリまで迷ったんでしょ?
こんなに、心を傷つけられるなら、
こんなに、苦しい毎日を過ごすなら、
あの時、
無理して産んでくれなくてよかったんだよ。
なんで産んだの?
毎日、毎日、心底、そう思ってた。
小学校に、箸箱を持っていってた。
お箸と、先割れスプーンが入ってる。
学校の物は、全部自分で洗うよう言われていた。
おばあちゃんがいるときは、全部洗ってくれてた。
それを、当たり前のことだと思っていたんだ。
箸箱を、他の食器と一緒に台所の流しに置いとく。
自分が洗おうと思ったときに、他の食器を一緒に洗うのが面倒臭くて、箸箱だけ洗うと、お母さんに皮肉を言われる。
『本当にあんたは自分のことしか考えてない。自分勝手。自分さえ良ければいいんでしょ。』
そんなつもりはなかった。
ただ面倒臭かったたけなのに。
深く心が傷つく。
だけど、
箸箱を流しに置いといて、お母さんが先に洗い物をしてるとき、
箸箱だけが、洗わずに、ポツンとそのまま置いてある。
お母さんは洗わなくても、自分勝手じゃないの?
お母さんは、わたしのこと考えてくれてるの?
なにが正解なのか、分からなかった。
こんな、無言のやりとりが嫌になって、箸箱を洗うのをやめた。
毎日、給食を食べる前に、学校の水道で洗う。
ネットに入った固形石鹸を泡立てて、指でゴシゴシ力を入れて洗う。
毎日そうしていたら、男子にからかわれた。
汚いからどっかでひとりで食べろよ、と言われた。
悲しかったけど、お母さんに傷つけられるよりは、全然マシだと思った。
朝起きると、洗濯物の脱ぎ方がだらしないと言われた。
わたしの脱ぎ方は、今でも、片手だけ裏返しになる。
どうせ裏返して干すんだから、手間なのか疑問だった。
『あんただけだよ、こうやって脱ぐの。
他の誰もがちゃんと脱げるのに、あんたはあたしに嫌がらせしたいの?
困らせて楽しい?』
これから1日頑張ろうという、朝一番に、これを言われた。
泣きたいのを、必死にこらえた。
最悪な1日の始まりだった。