わたしとお母さんは、会話はしない。



朝起きると『おはよう』と交わし、




いただきます『はい』




ごちそうさま『はい』




行ってきます『行ってらっしゃい』




『ただいま』おかえり




いただきます『はい』




ごちそうさま『はい』




おやすみなさい『おやすみ』




それ以外話すことはない。




お母さんからも、必要なこと以外は話しかけてこない。




新しい学校で友達ができるまでは、1日のうちに声を出すことが、そのあいさつしかない、ということも多かった。



















家庭訪問が毎年新学期から始まる。




この日は、すごく傷つく日と決まってる。




わたしはいつも隠れて、聞き耳をたてる。




お母さんが、毎年決まって担任の先生に言うこと。




『あの人、なんっっっにも話さないんです!
普通だったら、男の子が段々母親と話さなくなるって言うでしょ?
女の子は普通、母親と毎日なんだかんだってたくさんお喋りしたりするじゃない?
うちは、男なんじゃないかってくらい、なんっにも話さないの。
変だよねー。
あの人本当おかしいんだよねー。』




お母さんに、




自分の親に、




わたしを産んでくれた人に、




“あの人”と言われた。




“おかしい”と言われた。




ちょっと笑えてくるけど、心は痛い。




自分の子供の悪口を、




担任になったばかり、会ったばかりの先生に、




時間いっぱい延々愚痴る。




愚痴だけで、家庭訪問は終わる。




先生は、なにしに来たのか分かんないね。




わたしに直接言えない愚痴がどんどん出てくるお母さん。




お母さん、そんなこと考えてたんだ。




お母さん、そんなにわたしが嫌いなんだ。




だったら、産んでくれなくてよかったのに。




22歳の時、わたしが出来ちゃって、困ったんでしょ?




産むか堕胎するか、ギリギリまで迷ったんでしょ?




こんなに、心を傷つけられるなら、




こんなに、苦しい毎日を過ごすなら、




あの時、




無理して産んでくれなくてよかったんだよ。




なんで産んだの?




毎日、毎日、心底、そう思ってた。




















小学校に、箸箱を持っていってた。




お箸と、先割れスプーンが入ってる。




学校の物は、全部自分で洗うよう言われていた。




おばあちゃんがいるときは、全部洗ってくれてた。




それを、当たり前のことだと思っていたんだ。




箸箱を、他の食器と一緒に台所の流しに置いとく。




自分が洗おうと思ったときに、他の食器を一緒に洗うのが面倒臭くて、箸箱だけ洗うと、お母さんに皮肉を言われる。




『本当にあんたは自分のことしか考えてない。自分勝手。自分さえ良ければいいんでしょ。』




そんなつもりはなかった。




ただ面倒臭かったたけなのに。




深く心が傷つく。




だけど、




箸箱を流しに置いといて、お母さんが先に洗い物をしてるとき、




箸箱だけが、洗わずに、ポツンとそのまま置いてある。




お母さんは洗わなくても、自分勝手じゃないの?




お母さんは、わたしのこと考えてくれてるの?




なにが正解なのか、分からなかった。




こんな、無言のやりとりが嫌になって、箸箱を洗うのをやめた。




毎日、給食を食べる前に、学校の水道で洗う。




ネットに入った固形石鹸を泡立てて、指でゴシゴシ力を入れて洗う。




毎日そうしていたら、男子にからかわれた。




汚いからどっかでひとりで食べろよ、と言われた。




悲しかったけど、お母さんに傷つけられるよりは、全然マシだと思った。






















朝起きると、洗濯物の脱ぎ方がだらしないと言われた。




わたしの脱ぎ方は、今でも、片手だけ裏返しになる。




どうせ裏返して干すんだから、手間なのか疑問だった。




『あんただけだよ、こうやって脱ぐの。
他の誰もがちゃんと脱げるのに、あんたはあたしに嫌がらせしたいの?
困らせて楽しい?』




これから1日頑張ろうという、朝一番に、これを言われた。




泣きたいのを、必死にこらえた。




最悪な1日の始まりだった。













今日は、毎週通ってる子供の習い事に行きました。



20日までに、進級するかどうかのお返事を、しなくてはいけなくて、




迷って迷って、先々週に先生にお手紙で相談したら、




先週、便箋4枚にびっしり書かれたお返事を頂き、




わたしが日々の日常にとらわれ、忘れかけていた、目指していた子育ての考え方が、そこには書いてあって、




帰りの電車の中で、娘に隠れて泣きました。




先生は、こんなボケーっとしたわたしに、他人のわたしに、レッスン中は全くもって目立たないわたしたち親子に、




厳しい言葉をたくさん書いてくださっていて、




先生の愛情が、いっぱい詰まっていて、




毎日何度も読み返し、




先生がわたしに伝えたいだろう大切なことを、吸収しようとしたけど、




肝心の、進級するかどうかをわたしが決めかねていて、




今日は、他のママに相談しました。




みなさま親身になって聞いてくださり、一緒になって考えて頂き、本当に嬉しくて、有りがたかったです。




しかも、他人の子供の娘の成長を
も、ちゃんと見ててくださっていて、嬉しくて、あたたかい気持ちになりました。




わたしが選んで、大切な娘と一緒に、身をおいている場所が、すごくすごく素敵なところだと、今更ながら分かって、




いや、遅かったかもしれないけど、分かることができて、本当に良かった。




なんてわたしはツイてるんだ!と、本当に気持ちがあたたかくなった。




そのあと、ディズニーランドに久しぶりに行って、たくさん歩いて疲れて電車に乗ったら、




ベビーカーで娘が寝てくれて、




アメーバでも見ようかなと思っていたら、




喪服を来た50代以上の女性が、




席が空いたから座ったら?




と、勧めてくださった。




年配の女性だし、重そうな荷物を持っているので、




どうぞ座ってください!!




と返したけど、




ベビーカーこっちに持ってきて座れば大丈夫よ。




と、再度勧めてくださった。




いえいえ、大丈夫です。




重い荷物を持っているのはそちらで、わたしは重い荷物全部ベビーカーに乗せて手ぶらですし、子供を抱っこしているわけでもありませんし、わたし今携帯しか持ってませんし、そちらは重そうな荷物もってるじゃないですか!




と、言いたかったけど、一言も言葉に出来ずテンパっていたら、




疲れてるでしょ?座って?




と、なお勧めてくださり、




あっっと、いや、大丈夫です!




と、とっさに疲れてますけどと言いそうになるのをごまかし、




ややややどぞどぞどぞ!座って座ってください!!どぞどぞどぞ!




と、訳のわからん返事をして、やっと女性は座りました。




わたしが降りるとき、女性のご好意にお礼をしたら、




気を付けて帰ってね。




と、またまたあたたかい言葉をくださった。




心が、本当にあたたかくなった。




なんてわたしは幸せなのだろう。




なんてツイてるんだ!!




人の気持ちは本当にあたたかい。




みなさま、ありがとうございました。







おばあちゃんは、このままでは食い尽くされると危機を感じたらしい。




貯金を切り崩して、みんなを食べさせる毎日。




ある日、おばあちゃんは、前住んでいた土地に戻り、家を建てると言い出した。




あんちゃんと、おじいちゃん、おばあちゃんで暮らすって言われた。




その中に、わたしは入っていなかった。




なんとも言えない気持ちになった。




わたしは、心に違和感を感じた。




けど、なんともないことだと思った。




おばあちゃんがいなくても、なんにも変わらないだろうと、安易に考えていた。




















おじいちゃんとおばあちゃんは、何度か前いた土地に戻り、新居の打ち合わせをしていた。




わたしも、学校が休みの日には連れて行ってもらった。




話が進むにつれ、なんだか取り残されてる気分になり、悲しくなっていった。




わたしは、おばあちゃんが引っ越すこと、家を建てること、本気ではないんだろうなと、どこかで思っていた。




それなのに、気がついたら土地が決まっていたり、もう造り始めていたり、あっという間に引っ越しの日が決まっていった。




引っ越しするのは、仕方のないことなんだと思い込んだ。




それで、おじいちゃんとおばあちゃんが幸せになるんだったら、わたしにとっても嬉しくて、幸せなことだと思うようにした。




精一杯、平気なふりをした。




時々、おばあちゃんウザかったし。




口うるさいし。




わたしももう小学校高学年だ。




本当は、自分のことは自分で出来るんだ。




一生懸命、全然平気だと、毎日自分に言い聞かせた。




夜になると、たまに考えすぎて、泣けてきたけど、全然大丈夫だと言い聞かせた。




淋しかったらすぐ電話すればいい。




毎日電話すればいい。




学校であった出来事も、今までと同じように、電話で話したらいい。




そう自分に言い聞かせた。






















引っ越しの日が近づいてきて、部屋の中のものが少しずつ片付けられ、運ばれて行くのを見て、自分の気持ちを抑えるのが、我慢できなくなっていった。




とてつもない不安に襲われた。




おばあちゃんに抱きついた時に、恐る恐る言ってみた。




「わたしも連れてって……。」




おばあちゃんは、




こっちで頑張りなさい。




と言った。




大好きなお母さんもいるでしょ?




「大好きじゃない。」




なんでよー?お母さんがいればいいでしょ?




「おばあちゃんがいいもん。」




わたしじゃもう勉強も教えてあげられない、頭悪いから。




わたしは、おばあちゃんに抱きついたまま、顔を見られないように泣いた。




あゆもいるし、仲良く助け合いなさい。




あんまりケンカするんじゃないよ?




もう、朝起こしてくれる人誰もいないから、目覚まし時計買ってこようか。




わたしは、ただ首を横にブンブン振った。




なんでー?学校、遅刻したら大変でしょ?




「やだよぉ…………。」




なんで泣いてるの(笑)?




泣いてるのを隠しきれなくなって、思いっきり大泣きした。




鼻水も涙も、おばあちゃんのエプロンに擦り付けた。




「わたしも連れてって…置いてかないで………」




今まで、言いたくても言えなかった言葉。




おばあちゃんは、優しく、遠回しに、連れていけないことを説明した。




「おばあちゃんのバカーーー!!」




おばあちゃんはバカじゃない。




そんなこと分かってる。




誰よりも、わたしが分かってる。




だけど、おばあちゃんを責めたかった。




おばあちゃんから離れたくなかった。





















引っ越しの日。




わたしは平気なふりをして学校に行った。




学校の休み時間、公衆電話の前を、何度も通った。




おばあちゃん、もういないのかな。




学校では、泣きたくても泣けなかった。




無理にでも笑っていないと、思い出して泣いてしまいそうになる。




学校が終わると、走って家に帰った。




今まで毎日あった、おじいちゃんとおばあちゃんの車はもう家の前にはなかった。




久しぶりに、外に隠してあったカギで家に入ったら、おかえりって言ってくれる人は、もういなかった。




これからは、これが当たり前の毎日になるんだと考えたら、胸がチクチクした。




急いで、おばあちゃんの新しい家に電話した。




電話番号は、わたしが前あっちで住んでいた時と同じだから、覚えていた。




おばあちゃんの声が聞こえた。




あら、もう帰ってきたの?早かったね。




電話の向こう側は、なんだか騒がしい。




「うん!もう引っ越し終わったの?」




まだ、今忙しいから、また電話するね!




「うん。わかった。」




頑張りなさいよ。お母さんの言うこと、はいはいって聞いてれば何も言われないから。




「うん、大丈夫っ。またねー!」




良かった、泣いてるの、バレずに済んだ。




わたし、これから毎日泣くのかな。





























次の休みに、みんなでおばあちゃんの新居に行くことになった。




嬉しい、おばあちゃんに会える。




ワクワクした。




だけど、それをお母さんに悟られないように無表情で話を聞いた。















おばあちゃんに会うと、部屋の中を案内してくれた。




思ってたより、小さな家に感じた。




おばあちゃんは、誰もいないときに、わたしにコソッと言った。





あんたが来たいって言ったら、この部屋あんたの部屋にするから。




戸惑った。




連れてってって言ったときは、ダメって言ってたのに、なんで今更?




しかも、この部屋がわたしの部屋になったら、おじいちゃんとおばあちゃんが寝る部屋なくなっちゃうよ。




おばあちゃんにそのことを言ったら、




大丈夫、そしたらこっちの部屋で寝るから。




と、居間を指した。




せっかく一生懸命、色々考えて造った家なのに、わたしが邪魔しちゃいけないと思った。




この時、甘えてたら良かったのにな。




なんでこんなに気を遣ったんだろう、わたし。




















新居が完成して、引っ越しした。




おじいちゃんとおばあちゃんも引っ越してきて、幸せな毎日。




とは言っても、お母さんと父がいない時だけのびのびするわたし。




家に帰って、学校での出来事を話す相手がいる。





そんな当たり前のことが、毎日嬉しかった。




お母さんとは、いつからなのか、話さなくなっていた。




お母さんの様子を気にせず、楽しく話したのは、小学校入る前だったんじゃないかな。




この時は、お母さんの姿が見えるだけで萎縮して、様子を伺って行動していた。





















お母さんは、わたしのことだけ、"ちゃん"付けで呼んでいた。




ベル"ちゃん"って。




明らかに、あゆとは違う距離感がある。




可愛いと思ってくれてるからなのかな?




それとも、親しくないから?




自分の子供と思ってない?




たまに、そんなこと考えてた。




わたしが大人になって、娘を出産して、しばらく"ちゃん"付けで呼んでいたら、お母さんが突然言った。




『自分の子を"ちゃん"付けで呼ぶのは、バカな親の証だよ?』




度肝を抜かれた。




『たまにいるじゃん?
自分の子供なのに"ちゃん"付けて呼んでる親。
そういう親はみんなバカって決まってるんだから。』




言うの迷ったけど、思いきって言ってみた。




「お母さん…わたしのこと、小学校5年生くらいまで…ベルちゃんって呼んでたよね?」




『はぁ?それは絶対あり得ない!そんなことしない!ないないない!!』




「えっ……。呼んでたよ…?」




『ないないない!そんなこと絶対ないわ!』




お母さんは、自分がしてきたことは、忘れちゃうみたいだ。


























お母さんと、父親の部屋は二階の一番広い部屋。




その向かいに6畳の部屋が2部屋あって、わたしとあゆで、寝室と勉強部屋って分けて一緒に使っていた。




おばあちゃん達の部屋は一階の小さくて暗い部屋。




ベッドとタンスを置いただけで、歩くスペースはなくなった。




ご飯を食べるときは、一階のキッチンの前にある和室で、7人揃って食べる。




ご飯を食べ終わっても、しばらく団らんのような時間があって、なかなか父とお母さんが二階に上がってくれない。




その時間が嫌だった。




おばあちゃんはわたしのものなのに…と思っていた。




最初の頃は、お母さんも家事をやっていたけど、段々おばあちゃん任せになっていった。




気が付くと、おばあちゃんが一人で7人分の面倒を見ていた。




まだ3歳くらいだったちおの面倒も、おばあちゃんが一人で見ていた。




お母さんと父は、仕事から帰ってくると、すぐ二階に上がり、自由な時間を過ごす。




あとからおばあちゃんに聞いた話、




お母さんが、みんなで一緒に住もうと言ってくれた時は、




おばあちゃんを楽にさせたい、もう歳なんだから、ゆっくりしたら?ということだったらしい。




おばあちゃんは、その言葉が嬉しかっただろう。




娘からそんなこと言われて、新居まで建ててくれて、期待しただろう。




現実は違ってしまった。





それどころか、そのうち生活費も出さなくなっていったらしい。




おじいちゃんも働いていたけど、引っ越ししたせいで、仕事場が遠くなり、通勤が辛くなってしまい、仕事に行かなくなっていった。




おじいちゃんは、毎日趣味の釣りに出掛けてしまう。




朝早くに出掛けて、夜遅く帰ってくるようになった。




ある日父が、そのことを、悪口のようにおばあちゃんに言った。




わたしはそれまで、父のことをなんとも思わない、どうでもいい存在だと思っていた。




だけどこの瞬間から、軽蔑するようになった。




あんたにとって、おじいちゃんは他人でしょ。




他人の、目上の人の悪口を、子供の前で、しかもおばあちゃんに言ったことが許せなかった。




この時から、心の中で蔑むようになった。























ぐうたらなために、過去の日記はなかなか先に進みませんが、




伝えたいことがあって書いています。




程度は人それぞれ違うでしょう。




身体に暴力を受けている人、言葉の暴力で心が傷ついてる人、自分の存在なんかないように無視されてる人…




わたしは、その筋の専門家でもなく、そういう勉強をしているわけではありません。




だから、解決はしてあげられないと思う。




だけど知って欲しいんだ。




あなたの替わりになる人はどこにもいないって事実があること。




他人と比べるものじゃない。




わたしはただ無視されているだけだから、




身体に傷がつくような暴力振るわれてるわけじゃないから、




わたしの傷は目に見えないし、




そういう人と比べたら、全然わたしなんか大丈夫、幸せなほうだよ、




世の中には親がいない人もいるしね、




いるだけマシ、




なんてことはない。




淋しさは、他人と比べるものじゃない。




悲しみや孤独も、他人と比べるものじゃない。




あなたの淋しさや悲しみは、十分すぎるほど大きい。




あなたはひとりじゃないよ、とよく聞くけれど、現実はひとりぼっちで、本当はなんの慰めにもならない。




なぜ生きているのか分からない人も多いだろう。




だって、自分を生んだ人が、邪魔そうな顔をするんだもん。




だったら生まなきゃ良かったのにね。




わたしはそう思って生きていたよ。




だから毎日、死にたいと思って生きていたよ。




恐くて死ねない自分を毎日責めたりして。




自分で死ねる人を強い人だと思ってた。




なにかにすがりたくても、自分の味方になってくれるものが見付からないし。




自分の気持ちに共感してくれる人もいなかった。




周りが羨ましかった。




なんで自分だけ?と悲観してた。




わたしは、自分と似たような経験をしている人たちに、何も出来ないだろうけど、




同じ人がいると分かっただけで、




似た思いをした人がいると知っただけで、




少しでも気持ちが楽になれるなら、




もう少し生きてみようかと思ってくれれば、




いつかは抜け出せるのかと分かれば、




大きな世界に見えて、案外小さな世界なんだと気付き、




そこから飛び出す勇気にでもなれば、




そんな想いで書いていきます。




たくさんの人に巡り会えますように。




あなたの人生は、あなただけのものだ。




親のものじゃない。


















土曜日のお昼ご飯に、コンビニの冷やし中華が出てきた。




おばあちゃんの家で住んでいた頃、コンビニのお弁当類を食べたことがなかった。




初めて見たコンビニの冷やし中華。




どうやって食べるのかも分からない。




お母さんは、友達と長電話していた。




あゆが作るのを横目で見ながら、真似をして作った。




あゆのようにキレイに作れなかったけど、とりあえず出来て、食べてみた。




初めての味だった。




おいしくなかった。




最近のコンビニの冷やし中華には感じないけど、当時のコンビニの冷やし中華は独特の匂いがした。




食べないと怒られる。




麺を一本ずつ食べる。




なかなか減らないし、もう食べられないほど嫌だった。




迷ったけど、長電話しているお母さんに恐る恐る近づいた。




『食べたの?』




「ううん。なんかね、最初はおいしかったんだけど、段々まずくなっちゃって…もう食べられない……。」




苦しい言い訳をした。




『はあ?なにそれ?そんなの初めて聞いた。散々食べといて段々不味くなるの?!口の中おかしいんじゃない?!なに考えてるの?』




じゃあ、我慢して食べないで、すぐまずいって言えば良かったのかな。




いつも、正解が分からなかった。


















休みの日のお昼ご飯は、近くのコンビニにカップラーメンを買いに行く。




わたしとあゆは、お腹が空くと、お昼まで寝ているお母さんを恐る恐る起こして、お金をもらう。




お母さんは決まって、ホームラン軒みそ味、デミタスコーヒーの微糖、マイルドセブンを買ってくるように言う。




あゆと並んで自転車をこいでコンビニに行く。




コンビニに着き、あゆがそそくさと頼まれたものをカゴに入れる。




デミタスコーヒーは、一番上の列にあるので、背が小さいわたしたちは背伸びをしても届かない。




あゆが、冷蔵庫のふちに立ち、背伸びして取る。




何種類もあるコーヒーの中から、デミタスコーヒーを見付け、微糖を選ぶあゆ。




マイルドセブンくださいと、レジで言う。




ホームラン軒みそ味も素早く見付けるし、メモもしていないのにあゆは淡々と買い物をして、とても慣れているようだった。




こうやって、ひとりでずっと買い物してたのかな。




わたしは、自分で食べるお昼ご飯を選ぶのに時間が掛かる。




食べたことないものばかりで、なにが美味しいのかも、どんな味がするのかも分からない。




のり巻き買ったら作り方が分からなかった。




分からないと、お母さんに怒られる。




『なんでそんなこともできないの?今まで全部おばあちゃんにやってもらってたから出来ないんでしょ?お嬢様で困っちゃう。』




じゃあなんでおばあちゃんに預けてたの?




なんでお母さんは一緒に暮らしてくれなかったの?




だったら、ずっとおばあちゃんといたかった。




のり巻き、今まで食べたことないよ。




初めて見たのに、出来なくちゃおかしいの?




いつも心の中で、お母さんに話しかけてた。




恐くて口には出せない。














小学四年生に進級するときに、わたしは、おじいちゃんとおばあちゃんの元から引っ越しした。




新居が完成したら、おじいちゃんとおばあちゃんも一緒に住む予定だ。




それまでわたしは、お母さん、あゆ、ちお、新しい父親が住んでいるアパートに少しだけ住むことになった。




ちおは、新しい父親とお母さんの間に生まれた。




わたしとは8歳離れていて、当時赤ちゃんだったちおを、みんなが溺愛していた。




割と頻繁に、ちおは前の家に泊まりにきてたので、わたしはミルクをあげたりして面倒見て可愛がっていた。




新しい父親のことは、なんとも思っていなかった。




初めてのお父さんだし、血の繋がらない他人がいるだけ、ちおのお父さんだと思っていた。




どうでもよかったし、どう接すればいいのかわからない。




この中で、これから新しい生活が始まることに、わたしは前向きな期待ばかりしていた。
























学校が始まった。




今まで起こしてもらうのが当たり前だった。




この家では、お母さんは起こしてくれないし、着ていく洋服も自分で出さないといけない。




今までとは全く違う朝。




半袖を着るのか、長袖を着るのかも分からない。




分からないから、半袖を着た。




お母さんに、




『寒くないの?』




と聞かれたけど、お母さんが恐いから、やせ我慢した。




朝、お母さんが、わたしの長い髪を結んでくれるのを、お気に入りのゴムを持って待っていた。




お母さんは洗濯物を干している。




終わったら結んでくれるのかな。




鏡台の前に座ったり、ソファに座ったりして待っていた。




お母さんの視界に入っていないのかな。




もう学校に行かなくちゃいけないという時間になって、お母さんは黙って髪を結んでくれた。




次の日も、また次の日も、お母さんはギリギリになって結んでくれる。




毎日嫌なドキドキ感を感じていた。




ある朝、あゆはお母さんに、髪延びたから結わいて~と頼んだ。




すんなり結わいてあげていた。




わたしは隣に座って順番を待った。




結び終わると、お母さんは洗濯物を干しに行った。



わたしが見えないのかな、と思った。




心の奥が痛くなった。




嫌われてるのかな。




泣きそうになるのを堪えた。




また、ギリギリの時間になって結んでくれた。




次の日も、また次の日も、あゆはすぐ結わいてもらえるのに、わたしは無視された。




そして、ある朝お母さんは、眉間にシワを寄せ、怒って言った。




『おばあちゃんは、何も言わなくても何でもやってくれただろうね。今まで甘やかされて、自分のことお姫様だとでも思ってるんじゃないの?髪の毛結わいて欲しかったら、結わいてって言わなきゃ分かんないよ?黙ってやってもらえると思うなよ?』




心の奥がギュウってなった。




それから毎日、忙しそうに家事をするお母さんの様子を見ながら、結わいてって、お願いした。




声が小さくて聞こえないのか、鏡台の前で待ってもなかなか結わいてもらえない時もあった。




夏が近づき、わたしの頭がフケだらけになった。




毎日頭を洗うことを知らなかった。




お母さんは、フケだらけの頭を見て、汚いからもう触りたくないと言った。




それでも結わいてくれてた。




面倒だから切っちゃえとも言われた。




なにか言われるたび、心の奥がギュウって痛くなって、泣くのを必死に我慢した。




おばあちゃんにこっそり電話して聞いた。




お母さんが、わたしの頭触りたくないって、フケが出て気持ち悪いって、切っちゃえって。




話してるうちに大泣きしていた。




嗚咽で何も喋れなくなった。




おばあちゃんは、




面倒でも、毎日頭を洗いなさいと言った。




お母さんに言っとくから、また夜電話するから、泣きやみなさい。




お母さん仕事から帰ってきちゃうから、電話したことバレちゃうから。




わたしは電話を切って、思い切り泣くのを我慢して、嗚咽がとまるのを待った。




夕飯を食べ終わる頃に電話が鳴った。




おばあちゃんかな?




心臓がバクバクした。





お母さんが、フケの話をしてる。




汚いっからヤダって。




シャンプーのせいじゃないでしょとちょっと怒ってる。




お母さんは電話を切って、ちゃんと頭洗えば大丈夫だからと言った。




それでも、なかなかフケが減らなかった。




今度はおじいちゃんから電話が来て、二回シャンプーすれば大丈夫、おじいちゃんもそれで治ったから。




と言われた。




おじいちゃんも心配してくれてたんだということを知って、嬉しくて心がジーンとした。

















小学三年生になったある日、おばあちゃんが言いづらそうに話しかけてきた。




『お母さんが、お家を建てるから、みんなで一緒に住まないかって言ってるんだけど、行く?』




どうしておばあちゃんが言いにくそうに話したのか分からなかった。




わたしは、トイレに行った。




トイレはわたしにとって、神様と交信する場所。




幼い頃から妄想癖があり、心の中では猫を二匹飼っていた。




だからみんなで話し合った。




話し合いの結果、今の学校でも友達はいっぱいいるけど、転校したらもっと友達が増えるから引っ越しもいいかということ。




おばあちゃんが言いにくそうにしてたのは、わたしが嫌だと言うと思ってるんだろうな、と感じ、トイレから出て明るく「いいよ!」と言った。




こんなにも安易に引っ越しが決まったんだ。




だけどそこには、辛くて、孤独な日々が待っていた。


























おばあちゃんは、わたしが辛い毎日を送っていた時に、この日のことを、こう話した。




あの時、あんたが行きたいと言うとは思わなかった。




あんたが行きたいって言ったから決めた。




それと、あゆからたまに掛かってくる電話。




『お腹空いた…。誰もいない。なんにも食べるものない。』




遠くてすぐに行ってあげられなくて、可哀想な思いをさせた。




そのような電話は、あゆが保育園に通ってる頃から、たまに掛かってきてたらしい。




だから、わたしが一緒に住めば、ふたりで助け合って、あゆが淋しい思いすることなくなるだろうと、決めたらしい。




わたしはそれを聞いて、おばあちゃんを恨んだ。

















引っ越しが決まったある日、あゆの家に泊まりに行った。




朝目が覚めると、仕事に行く前のお母さんが、あゆを叱っていた。




衣替えして今は着ない小学校の制服を、しまっておきなさいという内容だった。




数日前にも同じことを言ったけど、あゆがしまってなかったようだ。




わたしはお母さんの後ろでその光景を面白がって見ていた。




あゆが、




「どっちがしまう制服か分からない。」




と言った。




わたしはそれまで、自分の洋服を出したことも、しまったこともない。




あゆは自分でやってるんだ、すごいな、と思った。




お母さんは、




『だから何回も言ってんだろ?線が入ってるほうをしまうんだよ!』




と、怒鳴った。




初めて、お母さんの怒鳴り声を聞いたわたしは、足が固まった。




「線ってどこにあるの?」




あゆは普通に聞いた。




お母さんはあゆを、タンスに叩きつけた。




『なんで何回言っても分かんねぇんだよ?!』




あゆが、タンスに何度も叩きつけられ、殴られ、蹴られていた。




わたしは、初めて見る光景に、体全体が金縛りになった気がした。




恐怖で足がガタガタ震える。




『なんでわかんねぇんだよ?!!』




なんにも怒られることをしていないのに、次はわたしが叱られると、なぜか思った。




『ちゃんとしまっとけよ。』




お母さんはそう言って仕事に行った。




あゆにそうっと近づき、大丈夫?と声をかけた。




あゆは、あんなに怒鳴られ、殴られて蹴られたのに、泣いていなかった。




「分かるだろって、分かるわけないじゃんね!」




と、怒っていた。




あゆが泣かないこと、優しいお母さんだと思い込んでたのに、あんなに怒って暴力を振るうんだということ。




色んなことに驚いた。




わたしはその日、お母さんを怒らせてはいけないんだ、逆らってはいけないんだと、刷り込まれた気がした。

















あゆは、他人から愛されていないと思って生きてきたようだ。




わたしは、そのことを今知った。




わたしも、そう思って21年間生きていた。




毎日苦しかった。




なぜ自分が生きているのかわからなかった。




毎日毎日考えることは、死にたいということ。




そんな毎日の中、なぜ生きてるのかわからない中、出逢った人達。




その出逢いがきっかけで、わたしは愛されていることを知った。




こんなにも、愛情に溢れていたんだと知った。




それでも生きるのが辛かった日々に、命が授かった。




乱暴に扱った身体に、ちっともいたわらなかった身体から、新しい命が生まれた。




だけど、2年間愛せなかった。




わたしに愛されてることを教えてくれた人達が、今度は、愛するという行為を教えてくれた。




わたしは、たくさんのことに気付けた。




色んなものに関して、見る目が養われた。




それが当たり前の毎日になりつつあったんだ。




あゆが今もなお、あの時の辛い気持ちでいると思わなかった。




わたしには、素敵な出逢いがあって、考え方が180°変わり、だから人生も大きく変わり、今は毎日幸せを感じることが出来る。




多くの人が当たり前と感じる日常に、涙が出るほど感謝し、幸せ感に満ち溢れている。




あゆも、わたしと同じような人生を歩み、幸せ感に満ち溢れていると勝手に思っていた。




それなのに、




それなのに、



それなのに、




わたしは、傷付けてしまったかもしれない。




26年間、孤独な想いをして生きてきたあゆに、




あゆが。




わたしはなにもできなくて




なにも言えなくて




みんなに愛されている証拠もだせない




だしかたを知らない




一番助けたい人を、助けることが出来ない。




本当にわたしはバカだ。




他人を傷付けると、こんなにショックだったっけ?




わたしは人の縁に恵まれ、こんなに幸せになれたこと、忘れかけてた。




わたしは本当に馬鹿




こんなわたしが人に意見を言うなんて、酷すぎる。




恥ずかしい。




これからあゆとわたしの関係どうなるの?



バカなわたしは、その時のおばあちゃんに、不満を抱いていた。





大好きなおばあちゃんの気持ちを全部わかってるようで、わかっていなかった。




そんな自分が恥ずかしい。




























おばあちゃんは、わたしのお弁当を作ってくれるとき、いつもキャラ弁当にしてくれてた。




みんなのお弁当に負けないように、可愛くて、自慢出来るお弁当を作ってくれた。




その頃キャラ弁当を持ってくる友達なんていなかった。




みんなが羨ましがって、お母さんにベルちゃん家みたいにして!と頼んで、キャラ弁当を持ってきてた。




そのことをおばあちゃんに話すと、
嬉しそうに笑ってた。



























おばあちゃんは、授業参観や、親子の行事に参加するのを嫌がっていた。




おばあちゃんが、お母さんじゃないからだと思っていた。




ただ、それだけのことかと思っていた。



わたしに惨めな想いをさせたくなかったからだったのに。




親子で作る工作の授業、わたしだけ一人ぼっちだった。




先生が気を遣ってたくさん話しかけてくれた。




ひとりだけお母さんがいないこと、先生がやたらと話しかけてくることが、恥ずかしかった。




だけど後半になって、おばあちゃんが来てくれた。




忙しくて…と教室に入るなり、先生に言ったけど、仕事してるわけでもない専業主婦なわけで、昨日行かなくてもいいよね、って言ってたのに、なんで嘘つくんだろうと思った。




けど、本当に本当に嬉しかった。




泣きそうなのを必死に我慢した。




おばあちゃんが、ヒーローに見えた。




参加しないことが、わたしへの気遣いだったことも、今頃になって気が付いたんだ。




ごめんね、今頃気が付いて。




ありがとう。