小学校に入学して、学校に慣れ、下校しようとしたある日、校門の外で本を配ってる人がいた。




わたしは本を読むのが大好きだったので、友達と本をもらいに行った。





その人は、神様の話をしてきた。




神様の話をしながら、本を読んでくれた。




ちんぷんかんぷんだったけど、本がもらえて嬉しかった。




お家の人にも見せてね!と言われた。




帰り道、友達と本を読みながら歩いた。




最後のページ、男の人が十字架に張りつけられ、血を流している絵が描いてあった。





なんで血が流れてるのかな?と思い、よく見てみると、手足に釘が刺さっているじゃないか~~~~~((((;゜Д゜)))




小学一年生には衝撃的すぎた!!!




これは、もらっちゃいけない本だったんだと、友達と震えた。




怖いもの見たさで何度も見る。




見れば見るほど具合が悪くなり、吐きそうになる。




だけどポイ捨てする勇気もない。




友達は、こんなの持って帰ったらお母さんに怒られるよ~と半泣きだった。




わたしだって、おばあちゃんに怒られるよ…と落ち込んだ。




どうにかバレずに隠し通せる場所を考えた。




そうだ!帰ってすぐ、本棚の本を読むふりして奥に隠せばいいんだ!と思いついた。




友達が泣きそうになってるし、うまく隠してバレなきゃいいやと思い、友達のぶんもランドセルに入れた。




家に帰るとさっそく、本棚の奥にその本を押し込んだ。




奥に押し込んだつもりでも、外から少し見えていた。




もっともっともっと奥に!!!




それでも見える。




一旦本を全部出して、もっと奥に押し込もうと思い、手前の本を全部外に出した。




そして、えーーーい!!!これでもかーーー!!!ってくらい奥に、その怪しい本を押し込み、他の本で壁に追い詰めようと、出した本を無理矢理全部本棚に入れた。




入った!!と思ったら、無理矢理入れたから全部出てきてしまった。




その時、おばあちゃんが来た。




『何してるの?』




わたしはとっさに奥に腕を突っ込み、怪しい本が出てこないように押さえた。




「なんでもないよ。」




その会話を何度かすると、おばあちゃんが、何を隠してるの?と聞いてきた。




なんで隠してるってわかるんだ………。




「なにも隠してないよ。」




この会話を何度かすると、おばあちゃんが突然怒鳴った。




『居候のくせになに隠し事してるんだ!!』




………………………。




「………なにも隠してないもん…………。」




下を向いて、顔を隠した。




あまりにショッキングなセリフを聞いてしまった。




わたし、居候だったの…?




わたし、この家の子じゃないの?




わたし……わたし………




心の中が痛くなった。




頭の中がぐるんぐるん。




そうだったの?わたし、居候だったの?




そう心の中で自問自答していると、おばあちゃんは声を荒げて続けた。




『可哀想だと思って置いてやってるのに!!本当はここにいられないんだからな!!』




わたしはその時初めて知った。




自分がおばあちゃんに可哀想だと思われていたことを。




おばあちゃんが、仕方なくわたしの世話をしていることを。




わたしの居場所はここじゃない。




わたしは、本当はおかあさんと居なくちゃいけない。




だけど、おかあさんのところは、あゆがいる。




あゆだけしか、居ちゃいけない。




わたしは……捨てられた………?




おかあさんは、わたしなんか要らない。




おばあちゃんも、わたしの存在が邪魔なんだろう。




忘れたけど、おばあちゃんは、もっとなにかを言ってた。




そのことで、自分の置かれてる状況を知った。




今まで甘えてきてごめんなさい。




今まで知らずに、ここにいてごめんなさい。




そう心の中で繰り返した。































大人になり、自分で子供を生んでわかったこと。




この日のあのセリフは、子供には絶体言ってはいけないことだっただろう。




おばあちゃんも、そんなことわかっていただろう。




だけどあの時、我慢の限界だったのだろう。




自分の子供を育てた後なのに、




本当はわたしの面倒なんて見なくていいはずなのに、




本当ならばあるはずの、自分の時間も、お金も、自由も、自分の為のものなんにもなくて、




自分よりはるかに若いお母さんに囲まれて、




その中で負けないように、わたしに惨めな思いをさせぬように気を張り、




思い通りにならないイライラと、自分に浴びせられる周囲の声、同情の目、




おばあちゃんはきっと、たくさん惨めな想いをしていただろう。




それに付けて、わたしの横柄な態度、我が儘、




誰にも弱音や愚痴を吐かず、




きっと我慢の限界だったのだろう。




そんなことに、




そんな当たり前のことに、




今頃、何十年も経った今、




もう、いい大人になってから、




やっと、やっと、気が付いた。











わたしが小学校にあがる前のお正月に、おかあさんとあゆが来た。




おばあちゃんが作ったお雑煮を、おかあさんがお膳の上に並べた。




わたしはそれまで、おかあさんが怒ってるところを見たことがない。




なんだか、胸騒ぎがした。




なんでだかわからないけど、なんだか、嫌な予感がした。




久しぶりに会ったおかあさんに、緊張しているだけかな…




お雑煮が入ったお椀を持つ手が震えた。




こぼしてしまうかもしれないと、ビクビクした。




こぼしたら、今まで知らなかったおかあさんの姿が現れるかもしれない。




わたしには、いつも優しいおかあさんが、怒るかもしれない。




怒ったら、すっごくすっごく恐くて、わたし、おかあさんに嫌われるかもしれない。




そう考えながら、お椀を置いた。




お椀の底が濡れていて、お膳の上でお椀が勝手に動いた。




そんな光景を見たのは初めてで、怖くなった。




だけど、おかあさんの怒った姿(妄想)のほうが恐くて、誰にもそのことを言えなかった。




このお椀生きてるんだ!おばけなんだ!




わたしは物心ついた時から、妄想がちょー激しく、妄想と現実の区別がつかなかった。(現在も…(ーー;))




このままこのお椀を放っといたら、お膳から逃げて歩いてどっか行ってしまう!




そしたら、なんで捕まえなかったんだ!?なぜ放っといた?と、怒られてしまう。




意を決して、その生きたお椀を持ち上げようとした瞬間………




こたつ布団にひっくり返してしまった。




わたしはその瞬間、号泣した。




おかあさんは怒らなかったし、泣かなくていいと慰めてくれた。




たけど、それでも、おかあさんが恐かった。




なぜなのだろう。




おかあさんは、あゆのことは呼び捨てで呼んでいたけど、わたしは“ちゃん”付けだった。




そのことが、わたしの自信になっていて、わたしがなにをしても、おかあさんは絶対怒らないと確信を持っていたはずなのに。




この日から、おかあさんに怯えるようになった。



























そのあと、おかあさんに海に連れてってもらった。




おかあさんが砂浜に膝をついて、「写真撮るからココにおいで?」と、膝をポンポンした。




わたしは、なにも言わず、
首を横にぶんぶん振って拒んだ。




おかあさんは、わたしが恥ずかしがってると思って、笑顔で手招きする。




わたしは、おかあさんが恐くて、近づけなかった。




おかあさんに抱っこされた記憶がないから、おかあさんに抱っこされる行為が恐かった。




しちゃいけないことと思っていた。





大人になって、その写真を見たら、おかあさんの膝の先端にわたしが座っていた。




笑ってないわたしと、笑ってるおかあさん。




おかあさんの膝の上に座ったのは、これが最後だった。









毎日、おじいちゃんは17時すぎにお仕事から帰ってくる。



帰ってくるとすぐ、おばあちゃんに小銭を渡す。



夕飯は、17時半頃。



テレビを観ながら、おじいちゃん、おばあちゃん、わたしの、3人で食べる。



おじいちゃんは、その日の出来事をおばあちゃんに話す。



お味噌汁に入ってる玉子が大好きで、おじいちゃんはいつもわたしに、



食べるか?



と聞く。



わたしは、おばあちゃん以外に、甘えたりワガママ言えなかったから、いつも断る。



いらないと言っても、わたしが食べると言うまで、



食べるか?



と、聞いてくる。



おばあちゃんは決まって、



いらないって言ってるでしょう?
!やーねー!!



と言う。



ご飯を食べ終わると、おばあちゃんは食器を洗いに行く。



19時になると、3人でトランプをする。



ババ抜き、しちならべ……



お決まりのコースを一通り遊んだら、わたしはひとりで妄想の世界、りかちゃん人形で遊ぶ。



おばあちゃんはその間テレビを観てウトウトする。



そして、おじいちゃんかおばあちゃんとお風呂に入り、布団に入る。



布団に入ると、わたしは哺乳瓶でミルクを飲む。



これは小学生低学年まで飲んでいた。



背が小さいわたしに、おばあちゃんはそうしてくれていた。



ある時、哺乳瓶で飲んでいるところを、偶然あんちゃんに見られ、バカにされて飲むのをやめた。




















夏、学校から帰ると、冷凍庫から甘い麦茶を出してくれる。



コップ一杯の麦茶を、少し凍る程度に、冷凍庫に入れて、わたしの帰りを待っててくれる。



そうする光景を想像するだけで、胸が締め付けられて、なんだか泣きそうになった。



お腹すいたでしょ?



おやつを用意してくれてる。



毎回嬉しかった。



宿題を早くやりなさい!



と、言われるのが嫌だった。



集中力がなくて、いつも怒られながら勉強してた。



字を上手に書けと、うるさかった。



そのおかげで、字が上手だと学校で認められ、なにか賞をもらえた。



冬になると、寒がりなわたしは学校に行くのを毎朝嫌がった。



おばあちゃんは、わたしの口のなかに、



みんなには内緒だよ。



と、飴を入れてくれた。



ちょうど学校に着く手前でなめ終わる。



クリスマスには、あゆが泊まりにくる。



サンタさんは絶対いると信じていて、朝起きると、枕元には必ず、同じオモチャがふたつ置いてある。



ある年のクリスマスの夜、おばあちゃんとあゆとわたし、3人でお風呂に入っているとき、サンタさん来るかな?と、ハシャぎまくりながら、おばあちゃんにしつこく聞いていた。



うるさくてうるさくて頭にきたのだろう。



急に怒りだして、



サンタクロースなんかいない!!



とお風呂から出ていってしまった。



急いであゆとお風呂から出ると、おばあちゃんが車に隠してあったオモチャをふたつ出してきた。



サンタさんはいなかったんだ、それにしても、バラすなんて酷いと、ショックを受けた。





おばあちゃん家の離れには、おかあさんの弟二人が住んでいました。



わたしは、“あんちゃん”“ひろしあんちゃん”と呼んでいました。



ひろしあんちゃんは、仕事であちこち出張があったので、家にはあまり居ませんでした。



だから、ひろしあんちゃんの部屋を遊び場にしていました。



ふたりとも、彼女がいて、たまにだけど、普段おばあちゃんには連れてってもらえないような、都会的なデパートや、ディズニーランドに連れてってもらってました。



自ら甘えるような行為はできなかったので、車の中で彼女の膝の上に座らせてもらえる時が、恥ずかしかったけど、すごく嬉しかった。



ディズニーランドのパレードを遠くから見てると、肩車してもらってるみんなが羨ましかった。



それを察してくれたのか、あんちゃんが何度か肩車してくれた。



抱っこして歩いてくれた。



嬉しかった。



おばあちゃんと居るときには食べられない物を食べさせてくれた。



今でも、初めて食べたピザやホットケーキ、鉄板の上で自分で焼くステーキの味を覚えてる。



おばあちゃんとレストランに行くと、メニューはおばあちゃんが決める。



ファミリーレストランでは、グラタン。



ラーメン店では、お子様ラーメン。



それ以外食べたことなかったし、他に何の料理があるかも知らなかった。



おばあちゃんには分かってもらえない気持ちを、あんちゃん達は分かってくれることが多かった。



授業参観にも来てくれた。



わたしが、おかあさんと居られなかったことが可哀想だったと、大人になってから聞いた。



だから、色々優しくしてくれてたのかと、大人になってから気がついた。



だけど、わたしの子供も、あゆの子供も、あんちゃんは遊んだり、あやしてくれたりするのを見て、子供が好きなんだと最近知った。



毎日毎日わたしの面倒をみるおばあちゃんに、たまの休日をあげたのかもしれない。



ひとりの時間をつくってあげてたのかもしれない。



どっちにしろ、彼女とのデートに、自分の子供でもないわたしを連れてってくれたこと、感謝しています。



なぜ、たくさんの命を消してしまったのですか?














なぜ、その状況の中でも、悪いことする人をつくったのですか?
















なぜ、悪いことをする人だけを死なせなかったのですか?

















なぜ、産まれたばかりの赤ちゃんを、死なせたのですか?

















なぜ、なにも悪いことをしていない、幸せな人を選ぶのですか?

















なぜ、無抵抗な子供が、痛い思いをして死んでいくのですか?
















みんな、なんのために、何十年も生きてきたのですか?

















最期を、なぜこんな風にしたのですか?
















なぜ神様は、この試練を与えたのですか?
















みんなが、幸せを幸せと気付かず、当たり前の毎日に、感謝しなかった罰ですか?
















犯罪が毎日のように起こるからですか?
















人が人の命を奪う世の中だからですか?
















それならせめて、こんなときくらい、人を傷付ける人はいなくなってもいいんじゃないですか?
















どうしてですか?
















神様、なんで?

















いつも神様はわたしと、わたしの周りの大切な人を守ってくださる。









本当に感謝しています。










これからも、永遠に守ってください。









罪のない人の命も守ってください。










これ以上、悲しむ人を、痛い思いする人を、つくらないで頂きたいです。









神様お願いします。










いつもありがとうございます。











みんながみんな、優しい、思いやりの心を持った世界には、どうしてしなかったのでしょう。









それじゃあ、意味のない世界になってしまうのでしょうか?













Android携帯からの投稿
おばあちゃんに、たくさん甘やかされました。


小学3年生までこの家で住むのですが、自分で着替えたことはありません。


寝起きの悪いわたしを起こしながら、着替えさせてくれました。


だから、自分で洋服を選んだこともありません。


ただ、保育園や小学校のアイドルとしては、ズボンを履くことだけは拒否していました。


ズボンを履かされた日には、おばあちゃんを蹴り、次の日まで怒り狂い、拗ねていました。


おばあちゃんに腹が立つ日は、お風呂で頭を洗ってもらうときに、おばあちゃんの肩や胸を、ガブッと噛んでいました。


段々、おばあちゃんの上半身には、赤い血だまりのような傷が増えていくのに、おばあちゃんは怒りませんでした。


だから、調子に乗って色んなところに傷をつけていました。


たまにあゆが泊まりに来ると、一緒にやろうと誘い、二人で両肩を噛んでいました。











内弁慶で人見知りが激しいわたしは、保育園では大人しいお姫様でした。


戦士ごっこをする時は、捕われたお姫様役に推薦され、男の子はもちろん、女の子からもちやほやされ、守られていました。


嫌なことはやらなくていいよと友達も言ってくれて、好きなことだけしていました。


わたしが、隣の幼稚園と決闘しようと言えば、わたしは手を汚さず、みんなが石の投げあいを始めます。


女の子とのごっこ遊びは、わたしが1番良い役をやらせてもらえます。


スーパーやデパートに買い物に行くと、必ず、


フランス人形みたい!!美人ね~!!


と褒められます。


しかしそれが日常茶飯事ですので、わたしは褒められるという感覚はなく、挨拶のような、当たり前に言われることと思っていました。


おばあちゃんは、そんなわたしが自慢だったんだろうなと、今思います。











お母さんは、時々あゆと一緒に遊びにきます。


いつも、ケンタッキーかマクドナルドをお土産に持ってきてくれます。


田舎には、ケンタッキーもマクドナルドもなかったので、都会の食べ物だぁ~と思っていました。


特にケンタッキーが大好きで、残ったチキンをラップに包んで冷蔵庫に入れ、次の日の朝、チンして食べるのが大好きでした。


あゆがお泊りの時は、チキンをフォークでほぐして食べさせてあげました。


お姉ちゃんぶる唯一の時で、わたしが皮を食べ、あゆに肉を食べさせながら、あゆはわたしに甘えてきました。


すごく嬉しい気持ちになりました。


あゆとはたまにしか会わないけれど、いつも喧嘩ばっかりしていました。


あゆが帰る時は、いつも泣くのを我慢していました。


ほっぺに出来るえくぼが羨ましくて、でもちょっと太ると見えなくなるから、いつも帰り際、爪でえくぼをギューッとおして、爪の跡をつけていました。


次来るときまで消えないからね。淋しいときはそのえくぼを見てね。


と、コソッと言ってました。


わたしは痛いので時々しかやらせません。


あと、ベロ交換をよくしていました。


わたしのベロとあゆのベロが触れ合うと、ベロが交換できるのです。


離れてる間に、おいしいものを食べたら、ベロを交換して味わう。


味わったら、ちゃんとベロを触れ合い、元に戻します。


離れる前にも交換しました。


ベロで繋がってるよって。


大人になってその話をしたことないけど、あゆは覚えてるのかな?


お母さんが22歳の時、わたしを産んでくれました。


授かり婚だったから、いっぱいいっぱい悩んで、わたしを産むことを決めたんだって。


わたし、生まれた時から本気で本当に美人でした。←自分で言ってごめんなさい(___)


わたしが生まれてすぐ、妹あゆが授かり、生まれました。


その時、わたしたちは、父の実家に住んでいたそうです。


わたしは少ししか知らないけど、お母さんはその家で、ご飯を食べさせてもらえなかったり、わたしやあゆが泣くと怒られたり、父や姑たちに虐められていたそうです。


毎日実家に帰り、おにぎりを持って帰る日々。


その他にも原因はあるだろうけど、お母さんは父と離婚しました。


わたしが1~2歳の時でしょう。


だから、父の記憶は全くありません。











それからわたしたちは、少しの間、お母さんの実家で暮らしました。


お母さんは、実家から2時間離れた、県内唯一の栄えてる市で仕事を見つけ、実家を出ていきます。


この時、わたしは置いてかれるのですが、置いていかれるまでの説が2つあります。


お母さんが言うには…


実家から離れる日、車にあゆを乗せ、わたしを乗せ出発しようとすると、おばあちゃんが車のドアをいきなり開けて、


あんたには二人も育てられないから、ベルは引き取る!!


と、わたしを車から引きずり出し奪った説。


おばあちゃんが言うには、


仕事が決まって市内に引っ越したいけど、お金がないから、ふたりも面倒見られない。大きい方の面倒を見て欲しい。


と、あゆが可愛くてわたしを捨てた説。


わたしが自分の子供を産むまで、おばあちゃんが言う、"捨てられた説"しか知りませんでした。


だからわたしは、お母さんに捨てられた、お母さんにとってわたしは必要ない、と認識して大人になりました。











おじいちゃんはわたしを溺愛してくれていました。


自分の子供は一度も面倒見たことないのに、ベルのことだけは可愛くて可愛くてしょうがないんだから!


と、周りの大人はみんな言っていました。


短気のおじいちゃんが、わたしには怒らない、笑顔を見せる、抱っこする、お風呂に入れる…と、お母さんをはじめ、お母さんの兄弟も、わたしに嫉妬していました。←わたしが雰囲気で感じたw


わたしのお母さんの話を書いていこう。


自分の中で、今までのことを整理するために。


もし、あの時のわたしと同じ気持ちの人がいたら。


毎日泣いてる人がいたら。


なにか、少しだけでも、力になりたい。


お金も知性もないわたしだから、お金のかからない方法で、書くだけ書いてみよう。


ディズニーモバイルスマートフォンを予約しちゃったハートハートハート(*^□^*)ウッヒョーイ



悩んで悩んで悩んで悩んで3ヶ月…



SoftBankショップに通って5ヶ月……



店員Aさんにウソつかれ………



店員Bさんに今買わない方がいいですよと真顔で販売拒否され………



店員Cさんに聞いてもないことを長々と説明され………



いつもいつも聞きたいことも聞けず月日が経ち………



わたしのなんでなんで攻撃に苦笑いされ………



わたしの下手な日本語のせいで、いつも言いたいことが伝わらず、的外れの説明ばかりされ………



感じ悪い店員のとこでは買いたくなくて、
(のちにわたしの譲れぬポリシーとなる)



ちんぷんかんぷんなまま買いたくなくて、



色んな場所のSoftBankショップに行きました(┰_┰)



今日ついに、わたしと波動が合う素敵な店員さんに出会いました(*^ω^*)オットリサン



わたしのうざいと言われる、なんでなんで攻撃を全部受け止めてくれました(*´▽`*)アリガトー



小さなことも、素人のわたしにもわかりやすく、説明してくれました(*^ε^*)チュッ



わたしの可愛い子ちゃん(3歳)が一緒じゃなければ、わたしはわたしの武器の色気(ブリッコ)を出して、悩殺していたことでしょう(>艸<*)イヤン



ついについについに、ディズニーモバイルハート



また脳みそディズニーだらけになるでしょうハートハート



今使ってる携帯の5のボタンがとれました。



両面テープで貼りました。



他のボタンもグラグラきてます。



早く届けーーー☆\(>。≪)



わたしのディズニーモバイルーーーε=(/*~▽)/キャー
わたしは放心状態なのか、パニック状態なのか分からない頭で、たくさんのことを考えた



今住んでるマンションが倒壊しても、きっとわずかな隙間が出来て、その中で何日も助けが来るのを待つのだろう



そしたら食料を手元に!!!



急いでインスタントラーメン2つと、ポテトチップスをテーブルに持って来た



沢山のお茶と、コップを3つ置いた



可愛い子ちゃんが残した食べかけのラーメンも置いといた

















夜には、大切な人たち、みんなの無事を確認できた



妹の旦那はその日、東京に出張だったんだって



妹は、地元から離れた友達の家にいた



友達も、避難所にいるけど命はある



わたしは強運だ



わたしは今まで生きてきて、大切な人、みんな元気に健在でいる



わたしは、本当にツイてる。今回の地震で、そう確信した。

















次の日、母と妹から、おばあちゃんの家に避難してきたと連絡があった



地元は水道と電気が止まってしまったから、居られないって…



わたしは、出張から帰ってきた妹の旦那を、おばあちゃんの家に送って行った













高台にある妹の家には、津波の被害がなかったけど



余震が続く真っ暗な部屋の中で、まだ6ヶ月の赤ちゃんを抱いて、二人っきりで過ごすのが怖かったから、昨晩は偶然会えた親友と、寒い夜を避難所で過ごしたんだって



母乳で育てているんだけど、赤ちゃんのオムツが何時間も濡れないから、おっぱいが出てないんじゃないかって、不安だった



避難所で、小さなおにぎりが配られたけど、自分の家に帰れば、なにかしらあるから、家が水没した友達の家族にあげた



翌朝、赤ちゃんと二人で家に帰って、なにか食べなきゃおっぱいが出ないと思い、生麺のうどんを、そのまま食べた話を聞いた



だから私も、自分がテーブルの上に用意した食べ物の話をした



そしたら、妹に怒られた



『電気もガスも水道も使えるなら、たくさんご飯炊いておにぎりでも作って置いとけばいいじゃん!!』



……確かに…



『だいたい食べかけのラーメン置いといてどうするの?』



水分(スープ)と麺があるから、何日かに分けられると思って……



『じゃあペットボトルのお茶とか、水いっぱい置いとけばいいじゃん!』



お茶は置いたよ。コップも3つ用意した。



『はぁー?そんな時にコップに注いで飲むの?』



いや、おしっこ溜めて飲むためにも…



『………Lちゃん(可愛い子ちゃん)がかわいそう……』



……………。



わたしのバカ!!!大人失格だ!!!真剣に考えたのに…自分に呆れた