眠れずこんな時間になりました。

昨年の『もしドラ』をきっかけにドラッカー人気が再燃しました。
僕も当時からドラッカーに興味があったので、古本屋で一冊ドラッカー関連の書籍を購入しました。
ドラッカーという人は「マネジメントを学問として体系づけた人」というイメージを持っていたのですが、「人に精通した人」という説明の方が、素人の私にはしっくりきました。

彼の著書の中のファシズムについての記述が印象に残りました。
「ファシズムとは資本主義でも、共産主義でもない非経済主義」
自由と平等を実現する原理を掲げる資本主義でしたが、実際に自由と平等は同時に手に入れることはできないという限界に直面しました。
そして資本主義は個人の欲求を元に経済が発展することを前提としていた為、1930年の世界恐慌時のような不況期には人々を絶望させました。
これに対峙する共産主義は、個人の欲求を我慢することで、自由と平等を実現しようとしましたが、無条件の分配は労働へのインセンティブを削ぎ、生産性は上がらず、結果、経済は停滞しました。
そんな中路頭に迷う民が全く新しい原理を渇望した結果、ファシズムが生まれたのだと。
ファシズムの原理は、ファシズムに賛同することを最も評価し、それ以上の原理や理想、大義はありません。それゆえに非経済主義といえます。

資本主義、共産主義、ファシズムについてかなり大雑把な話をしましたが、本質的には今のアメリカで繰り広げられている反平等デモもファシズムと同等ではないでしょうか?
アメリカンドリームという言葉があるように、アメリカでは努力して巨万の富を築くことが最も賞賛されました。それこそが自由と平等だったのです。
平等にチャンスがあることは同時に格差を是認しなければなりません。
今までアメリカ国民が格差を是認できていたのは、
アメリカンドリームという原理が、好景気やAmerica as No.1であることを前提として上手く機能していたからでしょう。

しかし金融危機、ソブリン危機を通じてアメリカのアメリカンドリームに下支えられた「イケイケドンドン」の原理が崩れ去った今、
路頭に迷い、新しい価値を求めて昨今のデモを起こしているようにしか見えません。

彼らの行動は、富を得ることが賞賛されるアメリカの国民性を毀損するという意味で、非経済主義であるだけでなく、ただ束になって喚いているだけなあたりがファシズムと同じではないでしょうか。

彼らは自分達の先祖から受け継いだ星条旗に泥を塗っていることを直ちに自覚すべきでしょう。
そしてデモを起こしているだけのエネルギーがあるならば、自分の生活をよりよくするための建設的な一手を出すべきだと思う。





昨日、会社の同期と仕事の後に、夕飯を食べた時に、
2~3年後の将来展望の話題になった。

私がMBAを考えていることを伝えたのだが、
彼はMBAの意義については懐疑的であった。

彼は、二年間の実務経験を捨ててまでMBAに行く価値はないのではないかというのだ。
確かに、有名校であれば年間500万×2年で1000万はかかる。
それだけかかる割に手に入る知識は座学ばかり。
実際のビジネスではあまり役に立たないのではないかというのが彼の意見だ。
またMBAを出たからといって、いい職に必ず就けるわけではないので、
割に合わないだろうというのが彼の意見だ。

彼の意見が間違っているとは思わないし、
一昔前にMBAがもてはやされた時期に比べ、冷静な意見だと思う。





プロジェクトメンバーの中には、
プロフェッショナルとしての自覚はあるものの、ついつい感情的になってしまう人がいる。

プロジェクトも重要なフェーズに差し掛かり(重要でないフェーズがあるといえば語弊があるが…)連日退社時間は24時を過ぎ、疲労が相当溜まっていることが原因の一つだと思う。

でも果たしてそれが人を感情的にさせる理由なのか?

答えはNoで、どんなに忙しくて疲れていても感情的にならずに冷静に物事を俯瞰できる人もいる。

その違いはどこにあるのだろうか?

これに対する私なりの意見としては、
感情的な人は、人からの意見を個人攻撃と捉えることが多い。

逆に感情的にならない人は、
相手と自分の意見をそれぞれ客観的に、並列に捉えることができる人だ。

これは言い換えれば自分の意見を自分という「個」から切り離すことだと思う。
例えば人間は自分の髪の毛が抜けるまでは自分という「個」に属するものとして、
枝毛が気になるだの、髪が痛んでるだのと神経質になるが、
一度抜け落ちてしまえば、全く見方が変わってしまう。

同一の性質であるはずの髪の毛が、抜ける前後で見方が変わってしまうのは、
無意識のうちに髪の毛を客観的に捉えているからではないだろうか。

このような捉え方は日頃の「意識」の問題であり、努力次第でどうにもなると思う。
なのでぜひとも仕事だけでなく私生活でも取り入れるべきである。

入社して身に付いたことはプレゼンスキル、プログラミングスキル、英語の語学力、
交渉術などスキルばかりかと思っていたが、
人間として成長する機会もちゃんと与えられているのだなと感じた。

そう。仕事は金銭を得ることだけでなく、人を成長する役割もあるのだ。

中学生の頃は、仕事とは金銭や名声を得るためのものさし程度に考えていたため、
「仕事=マイナスイメージ」があったが、今は違う。

人生をよりよく生きる為に、仕事は大切だ。
今更ながらしみじみと感じる。