久々のブログ。

社会人5年目ということで、
これからのキャリア形成に悩んでます。

気づけばいつも自分に向けて「やりたいことは何か」という問いを発し続けている。

今の仕事は、僕に色々な機会を与えてくれている。
単純に仕事の規模、という面でも、
待遇という面でも満足はしている。

でも、この違和感は何か?
何か自分の本音を隠して生きているような、そんな気分にさえなることがある。

そもそもコンサルティング業界に入った理由は、
色々な会社を見ることができて、
その中で自分なりの経営感を身に付けられると思ったから。
確かに当初の狙いは上手くいったし、実際いい経験を積むことができたと思う。

でも一方で、
「まだ本気で勝負していないんじゃないか?」
と、いう声が聞こえてくる。

片手間ではなくて、全身全霊をかけて、好きなことを仕事にする。
そういう人生を僕は歩みたいと思いながらも、まだタイミングを伺っている自分がいる。
それを慎重というのか、臆病というのか、
もしくはその両方なのかもしれない。

現状の打開策としてすぐアクションを起こすことが難しいと感じているなら、
きっとできることは一つしかない。
それは自分の中で明確な目標を定めて、
その都度セルフチェックしていくこと。
それも一ヶ月に一回ではなくて、毎日、しっかりと目標を定めて生きていく。
そこまでしないと時間はあっという間に過ぎていくものだと思うし、
そうすることで機が熟するのを逃さないでいられるんだと思った。

読むことは論理を紐解くこと。
そして
書くことは論理を組み立てること。

僕のコンサルタントという仕事に限らず、勉強やスポーツなど全てにおいて重要だと思う。
これらを高速に処理できることが成果につながるといっても過言ではない。

なぜこんなことを突然書いたかというと、
米国会計士の勉強には1000時間必要だと一般的に言われる中で、
どうにかして500時間以内に収めたいからだ。

米国会計士が終わったら、そこからMBA留学の準備を開始する。
その登竜門として米国会計士合格を設定している以上、こんなところでつまづくわけにはいかない。
なにがなんでも500時間以内で米国会計士を合格する必要がある。

そのためには、
テキストの読み込みによる論理の紐解きと
仕訳などや概念図をどんどん図にする論理の組み立ての高速化、これが必要不可欠だと思う。

単位認定試験を受けているレベルであり、まだまだ先は長いですが、
今年中の全科目合格を達成すべくやれることは全部やろうと思います。
『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』を全て見ました。
とてもいい話だったな。
超平和バスターズという名前のよくある仲良しグループ。
いつも通り仲良しグループで秘密基地に集まっていた時に事件は起きた。
些細なことから、一人の女のこが川に転落して亡くなるという思いがけない事故にまで発展する。

その後、グループのメンバーはなんとなく離れていく。
超平和バスターズのメンバーだけでなく、その周りの家族も皆、心に傷を負ったまま。。

それから月日が経って高校生まで成長した頃、
幽霊のような形で黄泉がえりした女の子を通じて、
ばらばらになった超平和バスターズの少年少女は少しずつ心を一つにしていく。

青春期にある不安や、葛藤などを繊細に描きながらも、
童心の頃に持っていたようなまっすぐな気持ちがとても心に響いたな。

自分の高校生時代や小学校時代も思い出したんだけど、
何より弟のことを考えてしまった。

めんま(亡くなった女の子のあだ名)の母親は、
娘を亡くしたショックから、ずっと時間が止まっていた。
主人公を始めとする超平和バスターズの一人一人もまた同じだった。
それがこの物語の最後のシーンを通じて、
本当の意味で一人一人が歩き始めることができるになる。
みなそれぞれの人生を歩むようになる。

最後のエピローグで、主人公のじんたんはたしかこんなことを言っていた。
「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。でもその花は今もどこかで咲いている」

「あの日見た花」とは他ならぬ幼少の頃を共に過ごしたメンマのことであり、

「花の名前を知らない」というのは、
きっと死の意味を理解できていない、という意味なんじゃないかな。
人間は名前の知らないものを正確に理解はできない生き物であって、
名前を知ることは理解することの第一歩だから。

メンマの死を理解することはまだできていないけれど、
あの花が記憶に残してくれた形、色、香りは心に残っている。
そして過去だけのものじゃなくて今も心の中で咲き誇っている。
そうこれからもメンマの存在は一人一人の心の中で生き続ける。
だからじんたんを始め、みんなが新しい一歩を踏み出すことができる。

僕が弟に対して思っていたことと同じだ。
弟を亡くしたけど、死を通じて人の温かさを教わったし、
死ぬ意味や生きる意味のヒントをくれた。
ありがとう以外の言葉が見つからない。

弟の分も生きるという決心は変わらない。
でもふと思うのが、
自分の考えは一方的な一人よがりかもしれないという考え。
こればっかりは取り払うことはできない。
もし彼と話すことができたとしたら。
彼は何を話すだろうか。
何か伝えたいことがあったんじゃないか。

それでも信じて前に進むしかない。
どこかで花は咲いていると信じて。