『戦場のアリア』という映画をTSUTAYAで借りて観てみました。
第一次大戦下のフランス・スコットランド連合軍とドイツ軍の最前線を舞台にした話。
兵士は皆誰もがクリスマスを大切な人と過ごしたいと願っていたが、
両陣営の睨み合いは続き、緊迫感が戦場を支配していた。
そんな聖夜の夜に奇跡が起こる。
クリスマスキャロルの歌声は両陣営につかの間の休戦をもたらし、
兵士たちは互いに乾杯し、信心深い者もそうでないものも聖夜を祝う。
これをきっかけにお互いが歩み寄ることとなるが、
戦時中に敵軍と勝手に手を取ることなど許されるはずもない。
しかし事実として、そこにいた兵士のほぼ全員が戦争を継続する「大義」を自覚していなかった。
そもそも戦争に大義名分などあるはずがないのかもしれない。
大義名分は正義の象徴にように聴こえるかもしれないが、非常に危険な言葉だと思う。
大義名分は人が人を殺め、苦しめ、エゴを突き通すことを肯定してしまうから。
大義名分は、理性を狂わせ、ある方向へベクトルを向ける巨大な力そのものとも言える。
だからこそ使い方を間違えないように、智慧を持つべきだ。
20世紀の冷戦期を経て、資本主義が勝利したことは事実だけれど、
資本主義=正義と位置づけ、独裁国家や共産主義に対して、
大義名分を振りかざすことは短絡的であり、エゴに過ぎないと思う。
本当の大義名分とは、人が人を傷つけるものであってはならないし、皆が平和に暮らせることのできる社会を実現させるためにあるべきだと思う。
昨今、欧州債務危機と言われ、米国やアジア各国からは厄介事のように捉えられているけれど、
EU各国が一致団結して、互いの智慧を出し合い危機を乗り越えようとする姿勢に人類の進歩を感じる。『戦場のアリア』の舞台となった97年前のフランス北部の農村で、
互いを傷つけていた人々が互いに、手を取り、EUという先進的な連合の存続に全力を注いでいることはそれだけで素晴らしいことではないだろうか。
そしてその姿勢を他の経済圏の国々も評価し、そこから学ぶべきではないだろうか。
私たち日本人は今回の欧州債務危機を別世界の出来事のように捉えるべきでなければ、火の粉が降り掛からないように怯えて願っているべきでもない。そこから学ぶ必要がある。
GDP世界2位となった中国とは、尖閣諸島問題や靖国神社参拝問題により良好な関係とは言えない。
経済的にも文化的にも成熟した日本は、模倣品販売が横行する中国を蔑視しているといってもあながち言い過ぎではないのかもしれない。
さらに軍事費が膨張する中国への警戒感を強めるべきだという声を、新聞やTVなどで度々耳にするが、
野田首相が親米路線を取るのも、そのような背景を踏まえているというのも一因にあるだろう
私はそんな政策を否定するつもりはないけれど、少しだけ悲しいことだと感じてしまう。
同じ東アジアの国家として、EU諸国のように古くから付き合いのあった両国なのに。
両国のことをお互いもっと知るべきである。南京大虐殺を始め、日本は中国を傷つけた。
その事実をもう少し教育で扱うべきではないか?
南京大虐殺以外のも日本軍がいかに中国で侵略行為を行ったか、
私を含め今の若い世代には、正しい教育を受けた記憶はない。
まずはお互いを知り、知った上で智慧を絞ることで、
日本も変わると思うし、日中間の互恵関係構築の礎となる大義名分が醸成されるのではないだろうか。