だんだん
だんだん
父が3歳の時初めて覚えた言葉だそうだそれは太平洋戦争のまっただなか昭和17年だった
これは広島の吉田という場所で覚えて家へ帰ってきたらしい
だんだん
その意味は方言でありがとうという意味らしい
東京から広島へ帰る途中品川駅でありがとうという名前のお菓子を大量に買ったお供え物や色々お世話になっている人達に感謝の意を表わすために
故郷に着いて何度この言葉を、口にしただろう
ありがとう
お通夜葬儀と俺は親族を代表して挨拶した
列席していただいた方やお心使いしていただいたかた色んな人に向かって
ありがとうという言葉を伝えた。
色んな人に愛され色んな人を愛した69年間だった
きっと父もみんなに言いたかったはずだ
だんだん
ありがとう
今俺は火葬場で遠く晴れ渡る空を見つめている
ありがとう
父が3歳の時初めて覚えた言葉だそうだそれは太平洋戦争のまっただなか昭和17年だった
これは広島の吉田という場所で覚えて家へ帰ってきたらしい
だんだん
その意味は方言でありがとうという意味らしい
東京から広島へ帰る途中品川駅でありがとうという名前のお菓子を大量に買ったお供え物や色々お世話になっている人達に感謝の意を表わすために
故郷に着いて何度この言葉を、口にしただろう
ありがとう
お通夜葬儀と俺は親族を代表して挨拶した
列席していただいた方やお心使いしていただいたかた色んな人に向かって
ありがとうという言葉を伝えた。
色んな人に愛され色んな人を愛した69年間だった
きっと父もみんなに言いたかったはずだ
だんだん
ありがとう
今俺は火葬場で遠く晴れ渡る空を見つめている
ありがとう
不思議な現象
海は荒れていた
水平線がひろがる相模湾熱海のとあるホテルにいた
誰もいない露天風呂に一人で羽を伸ばしていたんだ
しばし海の壮大さに見とれていると
遠くのほうからこちらに向かって何十羽の鳥の群れていた。
幾重に重なり合いながらその鳥の群れは、規則正しく時にはトリッキーな形気持ちよさそうに飛んでいた
そしてこちらのほうに向かってきた瞬間急に上昇しなにかの形を表したかのようだった
見たこともない鳥の集団が人文字のようにひとつになって形を現わした
まるでなにかメッセージを俺に伝えようとしているかのように
そしてその鳥の群れは俺の視界から消えた。
しばらくして携帯が鳴った。久しぶりの叔母からの電話だった。
それは父が死んだという連絡だった。
急死だった。
今俺は広島に向かう列車の中
数少ない思い出の糸を辿りながら
後悔という二文字を噛み締めている
素直になれなくてごめんなさい。もっと話せればよかった。
でもこんな年になっても天真爛漫なガキの様な心を持って俺は生きてます
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとう
そして安らかにおやすみください。またいつかどこかで会いましょう。その時はまた喧嘩でもしましょう。
自分に涙は似合いません笑顔で戻りますありがとう
ただただそれがもう一度言いたくて
ありがとう
父勝年に捧げます。 充生

水平線がひろがる相模湾熱海のとあるホテルにいた
誰もいない露天風呂に一人で羽を伸ばしていたんだ
しばし海の壮大さに見とれていると
遠くのほうからこちらに向かって何十羽の鳥の群れていた。
幾重に重なり合いながらその鳥の群れは、規則正しく時にはトリッキーな形気持ちよさそうに飛んでいた
そしてこちらのほうに向かってきた瞬間急に上昇しなにかの形を表したかのようだった

見たこともない鳥の集団が人文字のようにひとつになって形を現わした
まるでなにかメッセージを俺に伝えようとしているかのように
そしてその鳥の群れは俺の視界から消えた。
しばらくして携帯が鳴った。久しぶりの叔母からの電話だった。
それは父が死んだという連絡だった。
急死だった。
今俺は広島に向かう列車の中

数少ない思い出の糸を辿りながら
後悔という二文字を噛み締めている
素直になれなくてごめんなさい。もっと話せればよかった。
でもこんな年になっても天真爛漫なガキの様な心を持って俺は生きてます
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとう
そして安らかにおやすみください。またいつかどこかで会いましょう。その時はまた喧嘩でもしましょう。自分に涙は似合いません笑顔で戻りますありがとう

ただただそれがもう一度言いたくて
ありがとう

父勝年に捧げます。 充生