本当の自分で生きるアラフィフ女性のための
ガーデンセラピスト、
城月佳子(しろつき よしこ)です。
自己紹介は
寒くなってきましたねー
兄弟三人のインフル、そして、
その後もポツポツ出ていたそれぞれの不調も、
やっと落ち着きました。
(その中の一つは、
次男の、
前夜カレー食べ過ぎ事件![]()
嘔吐と腹痛で翌日一日を過ごす
)
いや、なんやかんやと、
人生起こることがなーんもなく
すっかり落ち着く、
なんてことはないのでしょうね![]()
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大事なのは、
その色々な荒波に見えている流れの中であっても、
ぐっと自分のフィールドに足をつけ、
自分軸で景色を眺め、
できることをし、
生きることをクリエイトしてゆく、
ということなのでしょう![]()
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さて、子育て、
はたまた看病、介護などをしている時に抱きやすい感情に
【罪悪感】というのがありますね。
具合が良くなかったり、
困っていたり、
寂しい思いをしているかも、
自分の手を欲しているだろう、
と見える相手に対してのケアを
「ちゃんとしていない」「ちゃんとできない」
「優先していない」「優先できない」
というような状況で出てきがちな感情です。
それって何が原因なのか、、
二つあるかな、と思いますが、
今日はそのうち一つを。
①社会的規範が刷り込まれているから。
親は子供のケアをするべき、
子供は親の介護をするもの、というような、
今までその地域、その社会で培われてきた
暗黙のルールのような、社会規範ってありますよね。
私たちは、それを
家族内や、
いろいろな組織、
メディアやテキストなどを通じて
目にしたり、耳にしてきています。
そしてその社会の中で生き延びる為に、
「そういうものだ」と思い込み、
無意識的にも、
それに沿って生きています。
そして、そういう
「大勢が信じている、従っている」
と思っていることに反した行動を取るのは、
自分だけなんか悪いことしている![]()
というような感覚や、
なんか責められるかも、などの怖さ![]()
を感じるものです。
それが【罪悪感】という形で出やすいんですね。
なので、
子育て、介護に関して、
「普通はこうするもの」
「大体の人はこうしてるもの」
と自分で勝手に、
なんとなくルール化していることがあるとすると、
それに背いている時は
罪悪感を感じやすいです。
例えば、
「子供という立場なのに、
あまり親が積極的な姿勢ではないのに施設に入れてしまったことに罪悪感を感じる」
などよくあります。
この場合は、
「子供として親の面倒は見るべき」
というルールを課していることが多い。
なので、
自分の信じているルールや思いを
一度見てみるといいです。
その自分の思い込んでいる定義に気づくと、
「それに縛られていたから、
罪の意識を感じていたんだ!
私のやってることがダメとか、悪いということではないんだ。」
と
ちょっと気持ちが軽くなるはず![]()
また
罪悪感は、
「面倒みるべき」と、ルールで自分を縛っている時ほど
反動で強く出ます。
同じ状況でも、
ただ、家族として、
大事な子供や親のそばにいたい、
できるケアはしたい、など
「〜したい」という所から発せられてるものであれば、
同じ看病やケアや介護の状況でも
縛られる感じはなく、
クリエイティブに軽やかにそれらができるので、
罪悪感などに結びつくことも少ないです。
例えば他にも、、
夫婦とは、
家族とは、
女とは、、
日本人とは、
などなど。。
勝手に定義づけ、
なるべく~でないと、、
と決めてる
これらの
【思い込み社会的ルール】が、
きっと誰もの中にあるのでは、、
と思います。
それができていないあなたが悪いわけでもなく、
内側にある【思い込み社会的ルール】
が、
あなたに罪悪感を抱かせている、
ということですね。
罪悪感をゼロにはできなくても、
ユルっと緩めて、
自分らしく、自由に生きるのは、
この【ルール】に気づくことが
最初のステップになります![]()
罪悪感が湧いた時は
何に背いた、と思っているのかな、
と見てみてください![]()
きっと自分への理解が深まります!
人を愛するのは
まず自分を愛すことからです❤️
ぼちぼち行きましょう![]()
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