私の父は76歳、これまでに出血性胃潰瘍と2度の脳梗塞をしている。病気をしていない76歳はお元気なのに父はとうとう寝たきりに近い状態になってしまった。

父は中学を卒業すると「日本そば屋」に丁稚奉公し、その後店を持った。そば屋1本で来た人だ。

若い頃は、釣りや賭け事が好きだったが友達を作らず1人で遊んでいた。 店が一段落すると、キャッチボールやバトミントンを良くやってくれた。海にも沢山連れってもらった。父は泳ぎが大変上手くいつも「ブイ」を超えて泳いで行ってしまい魚釣りの船に乗って帰って来ては、魚やいか、などを、お土産にもらって来る人だった。

私はそんな父が大好きだ。

2度目の脳梗塞で、体に麻痺が出た。医者は、仕事を続ける事でリハビリになるから、がんばるように言った。順調だった。しかし去年9月母が乳がんになった。 父はいきなり仕事を辞めなければならなくなった。これは父にとって大きかった。仕事が無くなる事は長年、体が覚えて来た事を辞めるだけで無く人生の目標を失くしてしまう事だ。父は「人間、死んだら土に返る」と思っている人だ。

家に介護用ベットとポータブルトイレが入った。食欲もなく、元気も無く、笑った顔を見せなくなった父に私は何をして上げられるのか。本当に喋れ無くなってしまった。 時々父が居なくなるのでは無いかと怖くなる。霊界へ行くのは分かっていても、「情」が辛い。

幸い母が癌になった時「まな」が授かり、そのついでに、教会が近いから見に行くと言ったら付いて来た。すると、お忙しい教会長がいらして館内を案内して下さり、進められるままあっさりと教会員になってしまった。私は、神様の計らいに感謝しました。ついでに、今年の2月17日父と母は既成祝福を受ける事が出来ました。子供たちが折り紙で飾りを作り、ケーキでお祝いしました。

日に日に老いて行く父を案じているのは母も、妹も一緒だ。ちなみに、妹は教会を好きではない。

私は、10月2日に母を教会に連れて行き「祈願所」を書いてもらいたいと、思っている。

母はどうせ「良くならないよ」と言っている。私は2013年1月13日以上生きて欲しいと願っています。

父は今何を思って生きているのでしょう。「土」に帰ると思って居るのでしょうか。

家族は覚悟を少しづつ固めています。私は何をして上げられるのだろう。 今、神様がこう言いました「祈る事」と

そう、私たちは、神様に直接「祈る」事が許されています。 勝利された天地人真の父母様の真の愛のもとに。

外的には時間の制約がありますが、「祈り」はいつでも、どこでも出来ます。霊界が近ずいたら「祈り」が一番。

感謝の祈りを心を込めてして行きたいです。いまでも優しい父の為に、、、。

メシヤを通して、神様が私たち人類の「親」だと教えてもらったみなさん、今いかがお過ごしですか。

私は再復帰で既成祝福を受ける事が出来たライトです。

私がブログを始めたのは、懐かしい皆さんへ再びお会いしたかったからです。

世界基督教統一神霊協会の名を出すと、マスコミが言っているような、怖い返信も沢山来るんだろうなと、思っていましたが、皆さんそれぞれの立場でがんばっていらっしゃる内容が多く、また、為になる事や新発見も多く、話好きの私としては、本当にインターネット感動しています。

今私がこうして、パソコンを打てるようになったのも、教会の先輩が教えて下さっているからです。

ひとえに、再復帰となると、私は戻れるのか、あるいは戻りたいが怖い、今のことがまったく分からなくて心配だなどなど、御ありでは無いかとお察しし、その点ブログを通しってならその辺の事が少しでも解決出来ればと思い始めました。私がそうだったからです。私は離れて直ぐ、胃潰瘍になり治るのに3年掛かりました。その期間霊の親に、清平に行ったら良いと言われてもそれすら分からなくて、愛の減少感に寂しさと悔しさを持っていました。ましてや祝福を進められた時は今更どのつら下げて戻れるのかとかなり、かなり悩みました。

しかしどうしても引っかかっていたのが、霊界の問題で、人生の価値を見失って、生きることの無意味さでした。

これが、私を再び戻らせた内容です。私が、悪霊界に行けば結局苦労さらるのは御父母様だし悲しまれるのは神様です。私はそれが耐えられなかった。

もう教会とは関わりたくないと言う、姉妹がいます。しかし私たちは神様と親子なんです。神様は献身までしていたあなたの事を一日だりとも忘れた事は無いでしょう。「人生孝行したいときに親なし」と言うことわざかあります。お父様も90歳。私たちはどんな親孝行が出来るのか。人によってさまざまだと思います。だって背景も違うし神様から願われている内容も違うから。

大切な事は神様の子供に産まれ変わる事が最高の親孝行だと思います。神様の主管圏に入り得た全ての苦労は天運に乗って生かされて生きます。私たち家族は今天運を実感じて歩んでいます。しかし完璧ではありません。出来るところから1つ1つ積み重ねていっています。難しい内容があったら遠慮せずに、勇気を持って聞いて下さい。必ず道が開かれる準備がどこの教会でも出来ています。

私も、再復帰、いろいろ語り合い、あなたにとって一番良い方法を検討しましょう。とにかく、まずは一歩の決意と勇気をお願いします。



教会の帰り、電車に乗ろうといつも乗っているドア前に、息子と一緒にやって来た。するとそこには既に、土建業の方が1人重たそうな荷物を持って待っていた。

電車が来て降りる人が終わるのを待ち構えてその人と、家の息子が飛び乗った。息子は広く開いている真ん中の席に私と一緒に座った。

重たそうな荷物を引きずるようにその人は、荷物の事を考えてかはじっこの席を狙っていたらしい。

しかしその人の乗り込んだドアのはじは、全てうまっていた。

私たちが、座っている前を猛ダッシュで移動し、隣のドアの開いていたはじっこの席目指して座ろうとした瞬間、そのドアから乗り込んで来たおばあちゃんに先に座られた。

おばあちゃんは何も悪く無いのに、その人に「ちぇ」と舌打ちされ、何かを感じたのかわざわざはじの席を空けてくれた。でもその人は座ろうとしない。そのうち後から来た女の人に座られてしまった。

その人はおばあちゃんの向かい側のドアのすみに荷物を降ろし、おばあちゃんをみていた。

ちなみにはじ以外の席は結構あいていた。

おばあちゃんはその人の事情を察したのか目をつぶるしかなく何故か、可哀想になってしまった。

私は、その人と目が合った。私は奥歯をかみ締め見返した。

その人は、見た目に体の大きい30代男性。私は思った。この人は、結婚しているのだろうか。もし、していたら奥さんは大変だろうな。また、子供はいろのだろうか。いたとしたら、尊敬されているのかなー。こう言う家庭に限ってみんな自己中心なのかなー。自分が幼いと思ったりしないんだろうなー。ふと、霊界の事を思った。

生きる価値を知らないで終わってしまったら、本当に恐ろしい。御言葉と出会って本当に良かった。

隣で息子が今日の出来事を一生懸命話してくれている間、私は2人の背景を心配せずにはいられなかった。

ひと駅で私たちは降りた。おばあちゃんの隣「はじ」の人も降りた。その人は、直ぐにおばあちゃんの隣に座ろうとはしなかった。その先の事は分からないが、自己中心は見苦しいと思った。

私は息子に聞いた。「自分が座ろうとした所に、お年寄りの方が座りたそうにしていたらどうする。」

「他の人に座られないようにして、どうぞ、と言う」 といった。当たり前だけど、良かったと思った。

今の日本に文鮮明先生の教えは絶対必要だと改めて思い、伝道活動の一環としてブログをうっている。

関心のある方、お返事、お待ちしています。




私と娘は凄く仲がいい。お互い話したい事が山程ありいつも寝る前に話しいつの間にか、娘の寝息が聞こえ今日はこれで終わりか、と言う感じだ。父や弟に聞かれたくない話のある時は「お茶飲みに連れてって」と言ってくる。そこでいろんな話をして来る。私も大事な事はメモにとったりする。

私は娘の事は、全て分かった気でいた。

しかしこの間、ある事で娘が失敗した。 私は理解出来なかった。 何回も何回も 誤って来たが、娘と口を聞く事が出来なかった。その様子を見ていた主人が、「娘を、許してやってくれ。」と言ってきた。

「娘は小学6年生、教会学校にも通っているし、サマースクール、iStf、にも参加し自分より教会の事を知っているし、何より娘も霊的で、霊が見えるし、神様を感じることも出来る。マリが自分より話してて楽しいのも分かるし頼りにしているのも分かる。でも、まだ、マリが思っているより子供だよ。成長段階で愛を受ける必要があるんだから姉妹見たいに接したら可哀想だよ。娘は結構マリに気を使っているんだよ。」 と言ってきた。

私は、不思議に嬉しかった。 私は娘が大好きだ、全てを知り尽くしていると思っていのに、主人からは、私のぜんぜん知らなかった娘の部分が見えていたのだ。

私は、娘を怒って居た事など忘れて主人から見える娘の事をいろいろ聞きだした。 凄く勉強になった。

それに主人が大好きになった。いつもおちゃらけて居るけど、やっぱり凄い。私の大切な神様の子をちゃんと愛して見てくれている。

そして気付いた。子供は父母両方に愛されて始めて個性がその子自身が見えてくるんだなーと。

父母の力って凄い、夫婦の一体化は子供を育てる上で大切な事に今頃、気付きました。

今まで、子供が産まれてから、子供1番主人2番と思っていた私の心は変わりました。子供を愛するなら主人を愛せ、これこそ神様を中心とした真の家庭に一歩、近付けた感じがしました。





私、今とても寂しい。

家族は私を応援してくれているが、私の周りで上手く行かない事が起こっている。

これは私だけでは無いと思う。

みんなも、それぞれ抱えてがんばっていると思う。

かんばればがんばる程、上手く行かないと寂しい。

でも、何も感じ無いより、感じた方が良いと思う。

私は、今、お父様が16歳の時書かれた詩「栄光の王冠」を読んで涙している。

上手く行かない事があっても、時間だけは過ぎて行きます。

しかし私が諦め無い限り、上手く行くように、条件を立てて祈って行けば必ず道は開かれると信じています。

人は霊界に支配されやすい。

問題は、私の心の中に神様が、居たいと思うかそうでないか。

私は心から神様が居なくなると、息が出来ない程苦しくなります。

きっとそんな時には30億の悪霊に囲まれて、心情が落ちて行くのでしょう。

私は不足な者です。 しかし悪霊に支配されて、神様を悲しませる事だけはしたくない。

親なる神様、御父母様を思って祈れば、また、勇気がわいてくる、大丈夫な気になる。

皆に気持ちを聞いてもらったら、落ち着いて来ました。

今日は本当にありがとう。