普通に生活していてもいろいろあるのだから、何かやると必ず負わなくてもいい何かを

背負う事になる。

小さな所で言えば何かの当番とか、あるいは目標、目的に向かって動き出す為に何かを

犠牲にしなくてはいけなくなる事も、また、自分を変える為なんてなると、

かなり大変で、したくない事もしなくてはならなくなって来る。

しかし何かをやると必ず結果が出て来る。

小さく出るか大きくでるか

良く出るか悪くでるか

何かしら動く。

成功させようと思えばそれなりの準備が必要になって来る。

訓練が必要だったり、備えが必要だったり、条件が必要だったり。

私達は霊界を知っている立場である。

また、絶対善霊の存在も知っている。

では、どの様な準備が必要なのか。

自分の行く道が絶対善なら、どんなに重い荷を背負っていようとも

必ず勝利出来ると信じる信仰がある限り心は悪霊に動かされない。

強い気持ちが育つでしょう。

自分を完全に信じる事が出来る人になるでしょう。

何かやると何か動く、絶対善で強い自分になっているか

人生の目的を知って果たして行きましょう。

お父様を日本にお迎えする為に、信仰の強い人となり

伝道勝利して行きましょう。

アベルと1体となりながら、自分は1人では無いのだから皆いるから大丈夫。

最近ご無沙汰していました。

子供のテスト勉強も1段落し、充実した日々を過ごし疲れて寝てしまっていました。

私は8月にブログを始めましたが、本当に喜怒哀楽の激しい私には、毎日いろんな心に引っかかる

複雑な物があり、書くに事書きませんでした。

しかし、最近心が丸くなったのか、引っかかる事が無く平和な日々を過ごしていました。

それなのに、今日とても複雑な思いになりました。

ある兄弟を見守って行こうと思うのですが、難しくて、そこに子供が絡んで来るから余計に難しい。

ああーやっぱり私はまだまだだな、と思いながら残念に思いました。

くよくよしている私に子供が心配して尋ねて来ます。

私はあなた達こう言う時どう思うと聞いて見ました。

子供の方がさっぱりしていて、そんな事お母さんが心配する事じゃないよ。

と、言いきられてしまいました。

主人も、心配すぎの考え過ぎと言いきりました。

私はそういえば忘れていたけど、結構神経質なんだよなと、思い出さされました。

その兄弟も私も子供も成長して行くのに時が必要なんだなと思いました。

何より神様、真の御父母様の方が、私達を見守って行くのにどれ程大変か

思い知らされました。

最近、礼拝に来ていない人を思うとき

どうしたのかな、と心配になります。

きっと、何か事情があって休んでいるんだな、と思います。

しかし、休むと何故か敷居が高くなるのが統一教会です。

私がそうだったので、皆、そうだと決め付けてはいけませんね。

実は私は病気で薬を飲んでいる為

礼拝中に寝てしまうようになってしまったんです。

もちろん礼拝中に寝るなんて考えられない真面目なタイプの私は(自分で言うか!)

説教をして下さる方に申し訳無く、教会長に体が良くなるまで、お休みさせて下さい、

と、言いました。

教会長は体を大切にして下さい、と言ってくれました。

私は天的手続きが出来た、よし、ゆっくり休もう、と思いました。

子供と主人だけで2週ほど行った頃です。

お祈りしていたら、寝ていいから礼拝に行きなさい。と声が聞こえました。

私は礼拝に寝に行くような事はイヤだ。

と言いました。

そしたら、礼拝堂の中へ入って敬礼、家庭メンセ、祝祷、位だったら起きていられるだろう。

そうしなければ、守る条件が立たない。

と、言われました。

それくらいは立ってする事だから出来ると思いますが

まわりから、寝てると思われるのはちよっといやです。

「寝ててもいいから礼拝堂の中に入りなさい」

と、怒られてしまいました。

誰に怒られたのか、分りません。

その次の礼拝から教会長に事情を話して参加するようになりました。

言われた通り礼拝堂の中に入りがんばっています。

時には相対出来て寝ない事もありますが、

ほとんど寝ています。

それなのに、帰りはしっかり教区長様と握手して来るんだから

自分でもずうずうしいなと思います。

でも、礼拝に行ってからの方が調子が良いので

凄いなと、思っています。

やっぱり、統一教会は凄いと思いました。

子供達に条件立てさせて、自分が家で寝てたら

やっぱり、おかしいよね。

誰に言われたのか分らないけど1人じゃないんだ、と思いました。

がんばらなくっちゃ!

私は今日1つのニュースを見た。

妻が6歳年下の男が出来た為、夫が邪魔になり殺した。と言うものだ。

子供と仲良く遊んだり、バーべキューなどしたり仲の良い家族にしか見えなかった、と周りのひとは語る。

終末の時、罪は清算されるのだ。

長い間支配されて来たサタンの血統はそのままではこの先「あっ」と言う間に転落の1歩をたどる。

「メシヤ」の御言葉無しにこれからの時代、絶対善として生き残って行く事は不可能だ。

私達家族も御言葉、祈り、信仰の友を持つ事を通して多くを乗越えて来ました。

今一度、忙しい毎日は本当に自分の人生の目的を叶える為の物なのか

人生は何の為にあるのか、知って生きるのとそうでないのとでは、自分の価値が違って来ると思います。

死んだ後に大きな違いがあったら、生き返る事は2度と出来ません。

罪を犯した妻がもしかしたら、明日はわが身かも知れません。

子供は深い傷を一生抱える事になるでしょう、あるいは死後の世界が永遠にあるのならば

親は子供に消せない傷を残したのです。

本当に恐ろしい事です。

今1度、原点に帰って、自分は何者か、何故今生きているのか知ってほしいし

今を生き抜く知恵があるなら、是非学んでほしいです。

本当の自分と出会う前に、終わってしまわぬように、本当の幸せと出会って欲しいです。

私なんか真のお父様、神様に出会っていなかったら

とっくに終わってました。

原点に戻りましょう。

この間不思議な夢を見ました。

私は別の用事で教会長の元を訪ねていたのですが、夢の話をしたら大変感動して下さったので今日はその話をしたいと思います。

真のお父様とお母様がゴールテープを持ってとても嬉しそうに私達大勢がゴールして来るのを待っておられるのです。

その道は広くて1直線で光輝いていました。

スパートに入ってハチマキをなびかせ汗一杯でたくましく先頭を切って走っている人の後に

大勢の人たちが続いて走っています。

もちろんスピードの落ちている人も歩いている人も止まっている人もいました。

しかしその人たちは皆、光輝く道の中にいました。

ところが気になったのが、光輝く1直線の道の両側に壁があり

穴が空いていてそこがゴールだと思って幸せそうに暮らしている人たちがいるのです。

光輝く道を歩んでいる人達がそこに訪ねて行き

「そこはゴールではありませんよ。」

と声をかけています。

しかしなかなか中にいる人には気づいてもらえません。

それでも何人もの人が道を通るたびに、ノックして行くので

中にいる人たち(家族)は慌て出すのです。

と、言う夢です。

何より心に残っているのが真の御父母様のとても嬉しそうな御顔です。

今か、今か、と言う感じてまだ見えない私達を待っていらっしゃいました。

私たち家族がどのへんにいたのかは分りませんが、

あんな笑顔で待って下さっている、

真の御父母様のゴールテープを私達家族もきりたいです。


壁は奥に行くほど暗くなっていました。