昔話を1つしたいと思います。私は高校の時、願い叶ってやっと「テニス部」に入部する事が出来ました。時は「エースをねらえ」の時代で中学の頃からやりたかったが部が無かったので父に言われるまま陸上部に入り足、腰を鍛えておきました。

高校の私立の女子校ともなれば、めちゃくちゃ上下関係が厳しい。50人位入部したがだんだん減り1年の夏には20人位になっていた。1年生の朝は早い。私は朝1番5時49分の電車に乗る為に5時30分に家を出て、自転車をこいだ。雨が降っても雪が降ってもそれは変わらない。練習は出来ないけれど、出欠は取る。行かなかったら大変だ、先輩の説教が2,30分位ある。その間ずっとかかとを上げてつま先立ちをさせられる。先輩はとにかく怖かった。自分が1年の時された事の全てをぶつけて来る。足がつっても、立ち続けなければならず皆、ヨロヨロしながらがんばった。その点私は陸上をしていたおかげでかなり救われた。2年生になり、下が入って来ると、また大変だった。今度は指導が悪いと怒られる。20人いた部員もとうとう8人になってしまった。私が残れたのは先輩たちより体力があった事。これがかなり大きい。それと皆に比べて敬語を上手く使って反省を言えた事。私は、他の運動部の先輩からも一目おかれる存在になっており、また、まわりの皆からも信頼され、頼りにされるようになっていた。

何処からとも無く、次の部長は「ライト」さんよね、と言う声まで上がって来た。自分も認められて嬉かった。

いよいよ、部長発表の日がやって来た。まわりは、私がやると信じ気っていた。まだ、発表される前から私を部長扱いしてくる友達までいた。しかし、私は、部長はおろか役付きにもなれなかった。

新しい部長が発表されたが、全体に発表し活動するのは1週間後からと告げられた。

私にとってこの1週間はキツカッタ。自分は部長ではないのに、他の部活の人から部長と呼ばれ。

1週間たって、新しい体制で動き出した時、まわりからの反応が凄かった。「なんで、なんで」攻撃にあった。

私だって辛い、なのに「なんで」と私に聞かれても答えようがない。

私は学校では普通を装っていたが、幼なじみのkちゃん家で思いっきり泣いた。とにかく恥ずかしい、顔向け出来ない。私はまわりに、押しつぶされ、信頼が否定に変わり立ち直れなかった。kちゃんは私がひとしきり泣きやむと、優しく語りかけてくれた。「あなたは、テニス部に入った時、部長に成りたくて入ったの、それとも、テニスがしたくて入ったの」私「テニスがしたくて入った」kちゃん「それじゃあ、テニスをやめろと言われたんじゃ無いんだから良かったじゃない」私「そうだけど、まわりのみんなが決め付けていたから、今更どのつら下げていけばいいのか分からない」kちゃん「人は人、まわりに振り回されているとテニス出来無くなるよ、テニスしたくて今までがんばったのが、無駄になってしまうよ」

私はこのやり取りで、かなりの勇気をもらった、そして以降、目標を成し遂げるまで、まわりに振り回されない自分を持つ事の大切さ、私は3年間テニスをやると決めていた。そうだ、私はテニスがしたいんだ。

そして、忘れちゃいけないのが、本当の友達「親友」を持っていた事だ。

この経験は、信仰生活の中でかなり私を助けてくれた。ありがたい経験だ。

今、振り返ると神様が訓練してくれたのかな、なんて思います。

私は母に娘が「挨拶」が出来ないと良く愚痴をこぼす。しかし、私は小学校の頃、「暗い子」だったらしい。母は先生にその様に言われて心配したそうだ。

言われて見れば、私と娘は似ているのかも知れない。学校ではあまり自分を出さない。しかし家に帰って来ると開放的に明るくなる。

ある、夏の暑い日、私は学校から帰って来ると直ぐに冷凍室を開け、氷を作る入れ物ごと舐めた。「つめたい」私はほてったほっぺたが、ひんやりしていくのをかんじた。「こら」お父さんに怒られた。実家は「日本そば屋」だった。夏は商売で氷を使っていたので、なかなか口に入らない。私は「やったー」とばかりに逃げて行った。

しかし次の瞬間、舌から氷の入れ物が取れなくなってしまった。「えーー嘘でしょ」私はいろいろして見たがまったく取れない、舌がジンジンして(冷やけど)を起こしてしまった。氷がぶら下がっている重りで舌が抜けそうに痛かった。もう、これは仕方が無い、お父さん怒っていたけど、助けてもらわなければとれない。

私は口が開いてて上手く喋れない状態で「お父さんごめんなさい、取れなくなっちゃって痛いよ」と言った。父母共に、私の情けない姿に笑っていたが、事態はそんなに簡単なものではなかった。本当に取れないのだ。父が私を抱き上げ、ガス代の前に行き火を付けて、あぶって取ろうとしたが火が近過ぎて顔が熱い。母が「髪の毛が燃えそうよ」といいその方法は断念した。父「少しは解けたか」私「ぜんぜん」母がぬるま湯を持って来て私の口に流しこんだ。もちろんそこらじゅう、びちょびちょになったが私はこの方法でやっと取れた。

あの時の父と母の真剣な顔は今でも覚えています。まるで私たちが今、子育てしているのと同じだと思います。子育ては本当に大変です。何をしでかすか分からない。

私はまた、親をビックリさせる失敗をしたのですが、当時「ポット」と言えば「ホウロウポット」でした。夕飯の頃にはすっかり冷めてしまいぬるま湯で飲むには丁度良かった。しかしある時、商売で忙しい時にお湯の入れ替えをしないで済む、と言う理由で「電気ポット」に替えました。しかし週間と言うのは恐ろしい。私は、お行儀が悪いのですが夕飯を食べ終わるとそのままポットのお湯を飲むのが好きでしだ。ポットを逆さにして「アー丁度いい」と飲み「行儀悪い」と怒られていました。

電気ポットは線が付いていたので、持ち上げずに、首を曲げて押して飲みました。「あついーー」親はビックリして私の舌を水道の水で冷やしてくれました。私はパニクッテ「夜なのに何で熱いんだろう」と思っていました。

考えて見ると親って大変だと思います。

私が、中学1年の時から霊が見えるようになりどうにかしてと、いっても出来ない事もある。だからと言って私をおろそかに扱っている訳ではない。しかしその時の私は親の事を「無力」に思ってしまった。

今思うと申し訳無かったなーと思う。

親に求められるものは、何なんだろうか、私は自分を振り返り、「ふっ」と思う。

子供の為に一生懸命になって上げられる事かなー

しかし、御子女様を拝見していて思う事は神様から、また世界中から尊敬される親になる事が、一番子供の為になっているような気がする。まずは、しっかりと「個性完成」を成し遂げて、神様の前にどのような信仰を立て実践する者になるのかが、今は問われているように思う。


私は今、神様、真の御父母様が一番願っていらっしゃる再復帰に力を入れている。なぜなら、私も再復帰だからだ。4000万双の祝福を授かってから今日まで、一生懸命がんばって来たがいろいろあった。

一人ぼっちの孤独をあじわった事も沢山あった。でも、行くべき道が、見言葉によって分かっているから必死になって付いて行った。今は長子が11歳、教会の行事に積極的に参加し、学校の友達より、教会学校の友達の方が好きだと言っている。なぜなら心が開放され近く感じるからだそうだ。娘は私の相対権に立つ事が出来るようになって来た。原理的な話が出来る。これは本当に私が救われる。ありがたい。主人はビデオセンターで愛され確実に成長している。真のご家庭には程遠いが、1つのホームチャーチが出来つつあります。

再復帰、お1人ならまだしも、既に家庭が築かれていたら自分1人の問題で済まされないと、思ったりしていないだろうか。

でも、あなたは本当に困った時、神様に祈りませんでしたか。また、問題が起こったとき原理的に解決の道を模索しませんでしたか。

今でも神様はあなたの直ぐ隣で帰りを待っていらっしゃいます。あなたが永世の世界で迷子になる前に。

「メシヤ」の見言葉は心理です。それに従って生活していけば家族は必ずあなたを慕うようになり、尊敬するようになります。

今、教会ではあなたを迎える準備が全て整っています。今の真の御父母様の勝利圏を見に来てくださるだけでもオッケーです。昔を懐かしく思って是非来て下さい。格教会では、再復帰セミナーなど、行なって居る所がありますから、連絡してから来て頂けると、さらに恵みが大きいかとおもいます。

始めは家族で1人でも、あなたの心がけ1つで家族はつながります。

今の世の中、本質が分からなくなって来てしまっているからこそ、「見言葉」が大事なんです。

それを実感して下さい。

私は、霊界も霊も沢山見ています。地上生活が本当に重要です。

迷わないで下さい、あなたの罪と感じている世界は既に御父母様の勝利によって全て許されていますから。

そうでなければ、私は再復帰組を作る事は出来なかったでしょう。

神様と人間は何処まで行っても「親子」の関係なんです。

ただ、神様が私を見て喜ぶ事が出来るのか、あるいは悲しまれるのか。

余談ですが、家の場合夫婦喧嘩をして「離婚だ」と叫んだとしても、長きに渡り悲しみの歴史を歩んで来られた神様に最低でも恩返しできるとしたら、仲直りしかないね、と「怒り」を静めて「ごめんなさい」をいいます。

もう、何回言ったか忘れました。「ごめんなさい」はお互いにいいます。

先に主人に言わせた事が、多かったかな。「離婚」の原因も何だったのか、霊界に振り回されましたね。

その後、疲れたねと我に返り2人で炭酸ジュースを買いに行った事はいい思い出です。

今はそれぞれの責任を一生懸命果たしているのが分かるからいたわり合って喧嘩はしていません、少しは成長している見たいです。

お互い成長して行き着く先が同じだから、人生の価値観が自然と同じになるんですね。

ちなみに、主人と私は性格的には、会わない者同士らしいです。

長文にお付き合いくださってありがとうございました。

お気軽に連絡下さい、再復帰組、ライト。

私は小さい頃、両親に良く海に連れってもらいました。海の宿は「なぎさ」ひらがなで書いてあり、子供たちが読めるし、覚えやすいからです。父は「なぎさ」の延長の海で遊ぶ事、迷子になったらあそこに「本部」があるから、そこに行き迷子の放送をしてもらう事、また海の楽しさ、怖さを教えてくれました。

水着に着替え体操を一緒にし、父は海に向かって泳いで行きました。

ある時私と妹は塩の流れのせいか「なぎさ」の見つからない所まで横にずれてしまった。

一瞬あせった。しかし父から迷子になった時の対処を聞いていたのて、海を見張っている人に本部の場所を聞き、迷子の放送を流してもらった。妹はずっと泣きっぱなしだった。10分もすると、母が息を切らせて迎えに来てくれた。妹は母に飛びついた。母がしきりに「ご迷惑をおかけしました。」と誤っていたのが、印象てきでした。妹1人でもし、迷子になっていたとしたらいい人に見つけてもらって対処してもらえなければそのまま、不安と恐怖が取り巻いていたと思う。

私たちは、帰るべき場所を知っているだろうか。何処で探してもらったらいいか知っているだろうか。ましてや、自分の「永世」の親を知っているだろうか。

もし、知らないでいたとしたら、不安、恐怖、恨み、怒り、に支配されちゃんと見ていてくれなかった親を、憎んだりはしないだろうか。「メシヤ」によって神様をあかされた人は全て記憶され、戻ってきてくれる事を待っている。

しかし、迷子になったとき、帰る道が分からなくなったり、怒られる事を怖がったりしていては、なかなか、親のもとに、たどり着けない。それが子供だと思う。しかし、親は違う。少しでも早く自分の胸に抱き抱えるまで、息を切らせ、ずっと探している。神様も同じだ。

愛の足らない私でさえ、子供に対してその様に思うのだから、神様の、子供に対する思いは、計り知れない。

親の元に帰れば、いろんな問題を解決していく道が開かれます。

どうか、まず親を安心させて上げましょう。そこから、少しづつ、少しづつ確認しながら、進んで行ったらいいのです。

今は「神様」は自分の子供を必死に探しています。しかしあなたが「ノウ」と言えば、受け入れる事か出来ません。

親になっていたら分かると思います。どんなに喧嘩しても子供がいとおしいのです。

まずは、お気軽にお返事ください。一番いい方法は神様が準備して下さっていますから。

どうぞ、お気軽に。

なんか、偉そうに聞こえるかも知れませんが、私も再復帰です。

みなさんに、メッセージを送りたくて始めたパソコン初心者です。

誤字も直せないし、文章もおかしかったりすると思います。

もう少し読みやすく工夫したくても出来ません。

読みづらくて本当にごめんなさい。

それでも、難しい時代を共にすごした兄弟姉妹に会いたい。

また、マスコミのやらせのひどい報道で誤解を持たれていらっしゃる方も少なくない。

どうか、今の真の御父母様の勝利圏の凄さを共に感謝しましょう。

その時から、あなたは道に迷う迷子では、なくなります。

心こら、お返事お待ちしています。

長文にお付き合い下さって本当にありがとう。

息子は週に2回サッカーの練習をしている。

産まれた時、鼻が低く上を向いていたのでショックだったが、これは逆に普通の人より空気が沢山吸えて、スポーツ選手に向いている、と思った。

思った通り、足が速くスポーツが得意だ。サッカーにしたのは、文鮮明先生に言われたのもあるが、何より私がサッカーが好きだったからである。私はサッカーを3年間やっていた。だから教えてあげる事が出来る。

息子はサッカーのセンスがまるで無かった。1ヶ月位毎日基本的な練習を母子でやりました。結構厳しくなってしまいました。私は今では想像が付かないと思いますが、体育会系で教えだすと夢中になってしまう。声も大きい。疲れているはずなのに、楽しくて仕方が無い。息子はいい迷惑だったかも知れない。大きい声を出すと気持ちがいい。なにせ、浮浪者のおじさん達が何をしているのかと集まって来たくらいだ。

残念ながら今は、パートが忙しくなり、あまり練習に付き合って上げられないが、息子は私と練習するのが好きだ。何故かと聞くと皆に上手くなったね、と言われたいからだと言いました。

私も時間がある限り付き合ってあげたい。自信を持つ事は大切な事だ。ましてや小さい内ならなお更だと思う。

私の人生何が幸いするか分からない。今は、息子がサッカーをしているのを見るのが好きだ。練習の時も試合の時も、大声で応援している。ついでに大声を出すと気持ちがいい。

大声で怒ると気持ちが悪いが、応援する大声、自分に活を入れる時の大声はスカットする。息子はまだまだサッカーは上手くないけど、応援しがいがある。ボールを蹴る事の楽しさを覚えたらしい。

これからどんな成長を見せてくれるか楽しみだ。

私も、大声が出せるのが楽しみだ。