完全な理想と、不完全な自分 | ***Walk on the light side

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銀河に煌く星たちのように

水瓶座のモデルとなった、トロイアの王子ガニュメデスは、あまりにも美しい少年だったため、大鷲に変化したゼウスに誘拐されて、神々の住むオリュンポス山に連れて行かれました。

 

彼は、宴席で神々に不死の神酒ネクタルをお酌する係となり、みずからも不老不死の身体を手にいれます。

 

永遠の若さと美しさを持つ水瓶座は「アセンションした人」の星座であると同時に「完全な人」の象徴でもあるのですね。

古代ギリシャにおいては「美と善は一致する」という思想が広く知られるところであり「最も美しい人こそ、優秀な精神と最高の善が宿っている」とされた、ルッキズム社会でした。

 

ギリシャ彫刻に代表される筋骨隆々とした肉体美や、完全な黄金比の顔立ちなど、外見の美しさや鍛え上げられた肉体にこそ、魂の美しさや、知性や、道徳心の高さが表れていると信じられていたんですね。

 

オリンピックはスポーツを競うのみならず、裸になって肉体美を競う場でもありました。

 

外見の美しさは、社会的な身分にも影響し、姿の醜いものは自由市民になることもできませんでした。

 

鍛治の神ヘパイストスが非常にすぐれた技術を持ちながらも、地位が低く、軽く扱われるのは、姿の醜さゆえでもあるのですね。

 


現代社会では、ルッキズムは社会問題と認識される傾向があり「顔で採用」などは批判の対象となるでしょう。

 

海外メディアでは、多様な体型や肌質を平等に扱うことが求められ、偏った人選もまた批判の対象となります。


しかしその一方で、SNSにて「見る/見られる機会」が常態化したことで、現実離れした美しさが持て囃される、ルッキズムが過熱しているように感じられます。

 

美しい人・カッコいいものに惹かれるのは世の常ですが、それがあまりにも日常の延長にあるため「これが基準」と、常に突きつけられているのだと思うのですね。

 

すると、ここでもまた「ありのままの自分に、自信が持てない」という悪循環に陥ってしまうでしょう。

 

木星の獅子座は「誰もが自分らしく輝きながら、社会を作ること」をうながしますが、現実では「推す人と推される人」に分かれて、自分は輝かずに、応援している相手に輝いてもらおうとする人も多いのではないでしょうか。

 

完全な理想を求めるほど、不完全な自分に自信を持てなくなってしまう。

 

この矛盾を統合することも、獅子座の木星期の課題だと思うのです。