イザナギと、蟹座の父性について | ***Walk on the light side

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銀河に煌く星たちのように

6月21日の夏至は、淡路島へ遊びに行ってきました。
 


明石大橋を下から眺めたり、美味しいお寿司を食べたり、磐座のある神社へ行ったりと満喫して、夕方の夏至の時刻前(17:30頃)は、ちょうど、伊弉諾神宮に参拝したところでした。
 


伊弉諾神宮は、伊弉諾の幽宮とされています。

イザナギ・イザナミは国を生み、さらに多くの神を生み出しました。しかし火の神を産んだ時に、イザナミは焼かれて死んでしまいます。

 

イザナギは黄泉までイザナミを迎えに行きますが、すでに黄泉の住人となったイザナミを取り戻すことはかなわず、ひとりで現世へ戻りました。

黄泉の穢れを禊いで、その時に生まれたのが三貴神(天照・素戔嗚・月読)。イザナギが禊をした「みそぎ池」は宮崎市にあるのですが、その後に隠居したイザナギの住処は、淡路島の伊弉諾神宮。

イザナギは、日本神話版のアダムですね。国と神々を生み出し、その子孫が降臨して、現在の皇室へと繋がっています。

国の父と呼んでもよい存在ですが、ちょうど21日は父の日でもありました。

そのことを伊弉諾神宮で思い出して、境内から父親にメッセージをしたのでした。




太陽が夏至に到達する瞬間は、蟹座のはじまりですが、蟹座もまた父性を象徴する星座です。

蟹座は伝統的には母性と関係しています。内側で子を守り、育むのは母親ですね。

一方で心理占星術では、蟹座は父性の象徴です。国の中心に座して、安定するように祈り、おさめ、維持するのは男性ですね。

 

土地や家の精神的支柱ともいえますし、実際に妻と子どもが住む家を守り、維持するのは男性の役割ともいえます。

皇室を見ていると、父性というのは「そこにいることで、人々の支えや励みとなり、陰に日向に見守る存在」だと感じます。

子どもにとって、父の強くたくましい腕に抱かれることは、地球に支えられることに等しく「この世界は何が起きるかわからないけれど、同時に自分はこの世界から支えられてもいるのだ」という信頼の感覚を無意識のうちに抱かせます。

 

これは、私たちの自我の構造に組み込まれていき、世界に羽ばたいていくための土台となるでしょう。

そういった意味において「父に抱かれること」は、心理的に母親に抱かれることとは異なる意味を持ちます。

 

それは厳しいときにこそ、背後で支えられて、励まされているような、力強い感覚を、私たちにもたらすものなのです。