2022年5月30日20:30に双子座の新月です
春分からのはじまった流れの最後の一カ月は、すべての星が地平線の下に沈む新月で、とても内向きの時期となりそうです。
5月11日に木星が牡羊座に入宮して、新しい流れが始まりそうでありながら、実際にはまだまだこれからという感じもあるでしょう。
しかしここからの一カ月は、日常を賑やかに彩る双子座の月が、牡羊座の火星・木星とタッグを組むので、公私共にバタバタと忙しくなりそうです。
双子座が好奇心と活動意欲を活発にさせるので、どこもかしこも人出が増えて、人との約束や行事やイベントも増加、仕事や日々の役割も忙しくなって、毎日がやることに追われるように過ぎていくかもしれません。
そして、それらのことをこなし、その時々で楽しく、充実しながらも、どこかでうっすらとした不安な雰囲気や閉塞感を感じることがあるでしょう。
それは意識しなければ見過ごしてしまう背後の影のように、忙しく賑やかにしているときは気に留めることはないけれど、ふと気がゆるんだときや、静かになった瞬間に、そっと忍び寄ってくるかもしれません。
それは社会や経済界が抱えている集合的な不安や閉塞感であり、しかし私たちは集合の一部でもあるので、無意識のうちにそれと同調し、心がじわじわと浸食されるのでしょう。
これから大丈夫かな?
漠然と浮かび上がってくる、その問いかけに、耳をすませていきたい時期でもあるなと感じます。
正体のわからない、漠然とした不安やモヤッとした雰囲気があるとき、それにつかまらないように、そのことをなるべく考えないように気を逸らす、ということを、私たちはしやすいものです。
そこにフォーカスするよりも、しなくてはならないたくさんのことや、いろいろなしたいこと、内よりも外の楽しいことに意識を向けていたほうが活気づいて、そんな小さな戸惑いにとらわれずに済むでしょう。
しかし私たちは心を感じることを通して、自分の中心とつながり、ひいては源からやってくるパワーとつながることができます。
小さな違和感を見過ごすことは、すこしずつ、自身とのつながりから剥離していくことで、それが重なると本当に求めていることや本音から離れてしまうでしょう。
小さなざわめきやモヤモヤは、私たち自身に何かに気づいてほしいと知らせている合図です。それを無視して、気が付かないふり、感じないふりを続けていると、小さな違和感が心の内側にすこしずつ溜まります。
その溜まったものは不調や変化に対する恐れとして表れたり、目の前の人間関係を通して経験されたりします。家族の誰かが不調になったり、保守的になったり、精神不安を表現することで体験されるのですね。繊細な気質の人や、子どもや老人や動物がその対象になりやすいでしょう。
自分のなかに生じたものを自身で感じることで、私たちは自分の人生に立ち戻ります。しかし残念なことに私たちは大抵、感じることを教わっていません。
代わりに教わるのは、感じていることの原因を見つけ出して改善すること。もっと頑張るか、あきらめるか。もっと努力するか、望まないか。もっと自分を変えるか、関わることをやめるか。
でも、そのようにする前に、私たちには"がっかりして落ち込む"とか"傷ついて泣く"とか"怒っていることを実感する"といったことができるし、この過程を経ることで、その後の選択肢を増やすことができるでしょう。
いま感じている小さな何かを見逃さずに、感じていくことで、弱い私がいてもいいのだと、不安であってもいいのだと、逃げたい気持ちがあるのだと、うまくできない私もいるのだと、自分のなかで切り離してしまいやすい自分を迎え入れることができるかもしれません。
それは自分に何ができても、できなくてもよいのだとゆるすことでもあるでしょう。
自分のなかに生じる、さまざまな感情を見つめる行為は、まるでコロコロと変わる赤ちゃんの表情を、ただただ愛おしく見つめる母親のようです。
ですから私たちは"私"に見られて、知られることで、ものすごく安心します。赤ちゃんが母親に見つめられることで愛をおぼえるように。そして同時に「私は私であるのだ」と、深く、強く、自身を実感することにもなるでしょう。
そうして誰もが自分自身と深くつながりを持つことができれば、外側の誰かに愛や評価や承認をそれほどたくさん求めなくてもよくなるかもしれません。
誰よりも私を知って、その心を深く理解する。
知的な好奇心を、自分の内側に、その心のなかに向けて、探求する。
私が吞み込んでいるものは何だろう?
自分に無自覚のうちに課しているものは?
私は私に何をあきらめさせている?
本当の望みは何?
深い心の奥に沈んでいる、苔むした石ころをひっくり返してみると、そこにきらきらと光る金のカケラが見つかるかもしれません。
闇に沈む夜に、外だけでなく、内側にも好奇心を抱いて、心のなかを覗いてみたい、双子座の新月です。